4 エンディング間違いです!
私の名は、カトレア・ハイアット。エルフリーデ王国の姫だ。王女ではなく、あくまでも姫だ。
私は母と一緒に田舎で暮らしていたのだけれど、五年前に母は病気で帰らぬ人となった。そしてその一年後、「マーガレット女王陛下の遣い」という人がやってきて、私が女王陛下の姪であることを告げたのだ。
王城に連れてこられた私は叔母であるマーガレット女王に拝謁し、「フリージアお姉様の忘れ形見であるあなたを保護したい」「お姉様の分も、わたくしがあなたを守る」「どうか、次期女王である娘サイネリアの補佐になってほしい」と言われたのだった。
そう、ここは「シークレット・プリンセス」の世界。
王女フリージアの娘であるヒロインは、十六歳のときに王城に迎えられ、淑女教育を受けながら運命の人と出会い、幸せな結婚をする――私が前世にプレイしていたスマホゲームの世界そのままだった。
今の私は、「二十五歳のOL加藤れな」と「二十歳の姫カトレア」両方の記憶を持っている。二十五歳で死んだ私、加藤れなはカトレアとして転生し、二十歳の今、前世の記憶を思い出したということなのだ。もちろん、自称神様なペンギンとのやり取りも昨日のことのように覚えていた。
ペンギンは、「おしきゃらと共に第二の人生を満喫しろ」って言っていた。あのときはそんな馬鹿な、って思っていたけれど、今私はカトレアとして生きている。地方都市で過ごした十六年間、そして姫として過ごした四年間の記憶を持っているけれど、意識としては加藤れなの人格が強めに出ている感じだ。
まさか本当に転生するとは――となるのは、今はいい。
私は、とんでもないことに気づいてしまった。
「これって、エドウィンルートじゃない――!」
いきなり絶叫を上げた私を心配して侍女たちが右往左往していたけれど、彼女らは一旦下がらせ、私はカーテンを戻したベッドに潜り込んで悶々と考え込んでいた。
ペンギンは、「おしきゃらと共に」って言っていた。だからてっきり私の最推し、最愛のジルベールルートだと思っていたのに、私の――カトレアの記憶がそれを否定する。
私の恋人はジルベールではなく、エドウィン――年下わんこ系騎士だ。
まさか……まさかあのペンギン、最後のデータがエドウィンルートだったから勘違いしたのか!? こっちが私の推しだと思って、エドウィンルートを辿らせたのか!?
掛け布団の中はまだ温かいのに、今の私の体は凍えるように冷たい。隙間なくぴっちり布団の端まで折り込んでも、震えが止まらない。
だって、だって……まさか、あのエドウィンルート!? ヒロインの前ではある程度紳士的になるとはいえ、他の攻略キャラの誰よりガラが悪く、目つきが怖く、声がでかく、戦闘中は不良みたいな口調になるあのチャラチャラした見た目の!?
しかも憎いことに、私は「カトレア」としての記憶だけでなく、感情もしっかり覚えている。この四年間、いかに自分がエドウィンのことを好きだったか、彼のどういうところに惹かれたのか、彼と過ごした日々に幸せを感じていたのかもつぶさに記憶しているというのがなんともたちが悪い。
ゲームではいわゆる「恋人エンド」がゴールだったけど、今の私たちは結婚秒読み状態。叔母様――女王陛下の許しも得ていて、式の準備も着々と進んでいる。だから、ゲームでプレイした中にあったイベントも全てそつなくこなしていたし、エドウィンからの好感度がマックス状態なのは自分が一番よく知っている。
知っているけれど――
今の私は「れな」と「カトレア」だと、「れな」の方が強い。だから、エドウィンを愛し彼に愛された記憶はあっても、私の推しは従兄のジルベールで、エドウィンのことは怖い不良だとしか思えなかった。
そもそも私「れな」は、声の大きな男の人が苦手だった。小学生の頃に声がでかくて口の悪い男子にいじめられたこととか、例のクソ社長が声だけはでかかったこととか、いろいろ要因がある。
エドウィンはそういうキャラ付けだから仕方ないにしてもやっぱりボイスがやたらでかく、ときには不良じみた口調になるため、彼の攻略を始めてからは設定でボリュームを下げ、最後にはボイスオフにしてしまったんだっけ。
「結婚式は……確か、十日後――」
指折り数え、絶望する。
もうここまで来たら、婚約破棄なんてできない。
しかも、エドウィンは攻略対象の中で一番身分が低く、女王陛下の説得にも時間を要するキャラなんだ。女王陛下の大反対を押し切って、いかにお互い愛し合っているか証明し、エドウィンは姫の婿になるための訓練を受け、従妹であるサイネリアの協力も得てやっと結婚にこぎ着けたんだ。今さら「推しじゃないので結婚できません」なんて言えるはずがない!
畜生、あのペンギンめ、「満喫しろ」とか言いながら適当なことをしやがって……! 次に会うことがあったら、ギチギチにシメてやる!
「カトレア様、お体の調子はいかがですか」
遠慮がちに問われ、私はもぞもぞと布団から体を出した。この声は、私が一番頼りにしている侍女だ。
「……ええ、大丈夫。ちょっと、目覚めが悪かったみたいなの」
「左様ですか。あの、カトレア様の悲鳴を聞きつけたようで、エドウィン様がいらっしゃっています」
「マジか」
「カトレア様?」
「あ、いいえ……」
思わず俗な言葉遣いをしてしまう。「十六年間平民として暮らしてきたのは分かるけれど、言葉遣いを直しなさい」と女王陛下にも言われているんだ。前世の癖を出さないようにしないと。
それにしても……エドウィンが、来るの?
ここに?
一番会いたくない人が?
マジか?
でも何にしろ、いつまでも布団にすっ込んでいるわけにはいかない。籠城していればエドウィンは諦めて帰るかもしれないけれど、医者を呼ばれたり皆を心配させてしまったりしてはならない。私はあくまでも、皆の世話になっている身なのだから。
渋々ベッドから上がった私は、黒髪の侍女キティに身仕度を頼んだ。
キティは私と同い年で、ゲームでも専用立ち絵をもらっている脇役の一人だ。いつも「カトレア様」と慕ってくれるし声も可愛いしで、私のお気に入りだった。まさか、そのお気に入りに触れられ、着替えを手伝われる日が来ようとは――
「れな」だったら人前で服を脱いだり誰かに体を拭かれたりするなんて御免被ったけれど、「カトレア」は四年間こういった生活をしていたから、思ったより抵抗感がなかった。体の感覚は「カトレア」寄り、感情は「れな」寄りみたいだ。
キティが持ってきてくれたのは、ラベンダーのドレスだった。それを着た私は鏡台向かい――はっと息を呑んだ。
鏡に映っているカトレアの顔。それは、私がゲームで作っていたアバターの容姿そのまんまだった。
ゲーム「シークレット・プリンセス」では、主人公のアバターをいろいろ変更できた。衣服や装飾品だけでなく髪型、目、リップ、チーク、眉毛まで細かく選べるので、その日の気分によっておしゃれができた。このアバター数の豊富さやドレスデザインの可愛らしさも、私がSPを気に入っている理由の一つだった。
そんな私がとりわけ気に入っていたのは、アッシュブロンドの巻き毛に紫のぱっちりおめめだった。どちらもイベントのランキング上位特典としてもらったもので、それまでのデフォルト黒髪黒目から脱却でき、すごく嬉しかった。
そしてキティが選んでくれたドレスに関しては、ジルベールルートクリア特典のパーティードレスだ。エドウィンルートなのにジルベールルート特典を着るのって、ゲームだとなんとも思わなかったけれどちょっと気まずい……。今は一応エドウィンルートのはずだけど、アバターに関しては私のデータがほぼそのまま反映されているみたい。よく分かんない。




