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31 告白②

あまーい

「……あなたが一人悩まれていたというのに、気遣えないどころか勝手な行動ばかり取ってしまい、すみません」

「いいえ、あなたは私の婚約者として、夫として当然の行いをしたのみですよ。むしろ、過去の私と今の私で異性のタイプが真反対だからこそあなたを苦しめてきたのですし」

「思い出しちゃったものは仕方ないでしょう! ……それにしても、これからどうしましょうか? やっぱり……り、離婚ですか?」


 さっと横を見ると、エドウィンは灰色の目を揺るがすことなく私を見つめていた。でも「離婚」と発したときの声は裏返っていたし、グラスを持つ手も震えている。


 私は目を伏せ、エドウィンの手からグラスをそっと奪ってテーブルに置くと、体の向きを変えた。

 ソファの上で彼と隣り合わせで向き合う形になり、すっと息を吸う。


「……離婚はしません」

「あ、あの。以前俺が我が儘言ったやつ、あれはもうなかったことにしてくれていいんで! あなたがやっぱりジルベール殿下のことが好きなら、俺もいろいろ工面して――」

「確かにジルベール様のことは憧れています」


 はっきりと述べると、エドウィンの灰色の目が微かに陰った。彼は私のことを「分かりやすい」と言っていたけれど、エドウィンも同じだ。私たち、似たもの夫婦なんだろうな。


 目線を落とし、血管が浮かび上がるほどきつく固められていたエドウィンの手の甲にそっと触れる。それはびくっと震えたけれど、頑なに閉じられた手のひらを開くように指先で触れていると、おずおずと拳を開いてくれた。


「でも、憧れと結婚は必ずしも直線上にあるわけじゃないでしょう。それに、『加藤れな』だった頃の記憶を取り戻してはいるけれど同時に、『カトレア』としてあなたに恋をした記憶もちゃんと残っている」


 ……今なら、なんとなく分かるかも。

 毎日疲れ果てていた私は、ゲームの世界に癒しを求めた。となると必然的に、私の推しとなるのは穏やかで優しいキャラになる。

 でも今はクソ社長のもとでヒイヒイ言いながら働く必要はないし、私を庇護してくれる親戚や優しい人たちに囲まれている。今の私と過去の私では、恋をする相手に求めているものが違うんだ。


「絶対に離婚はしない。あなたは私を愛してくれているし、かつての『カトレア』もあなたを愛していた。だから私も……すぐに前の通りにはいかないだろうけど、あなたのことをよく見て、触れあって、好きになっていきたいの」


 許しを求めるように彼の手のひらに指を滑らせると、彼はごく優しい力で握り返してくれた。私のそれより一回り大きくて、あちこちささくれていて、タコができていて硬い手のひらは私とほぼ同じ熱を持って私に応え、温もりを分け合ってくれる。


 でもエドウィンはきゅっと唇を噛みしめ、イヤイヤするように首を横に振った。


「そんなの……あなたがお辛いでしょう。正直……俺って、あなたのタイプじゃないんですよね?」

「うーん……明るい人は好きよ。前世ではちょっと嫌な思いをすることがあったから声の大きな男の人が苦手だったけど、あなたは私を傷つけるために大きな声を上げるわけじゃないって分かっているから大丈夫」

「と、年下はダメっすか? 前世のあなたは二十五歳くらいで亡くなったと――」

「別に年齢はそこまで頓着しないわ。そもそもあなたは『カトレア』より年下だし、十分大人びていると思うもの」


 そっと手を握ると、その都度彼は握り返すことで応えてくれる。


「弟のように見えることはあるけれど、あなたはいつも私のことを思ってくれて、気遣ってくれて、真っ直ぐな愛情をぶつけてくれる。だから私もあなたの気持ちに応えたいし、『れな』だった頃の感覚に引きずられず、あなたをあなたとして見つめていきたいの」


 だから――


「ペットでもいい、なんて言わないで」

「カトレア様……」

「時間は掛かるかもしれないけれど、もう一度チャンスをほしいの。あなたのいいところをたくさん見つけて、あなたの素敵なところをたくさん知って、あなたの妻として生きていきたいから」


 私が言い切ると、エドウィンは顔をくしゃりと歪め、空いている方の手を伸ばしてきた。

 おそるおそるといったように伸ばされた指が、私の頬に触れる。


「……こうしても、嫌じゃないですか?」

「全く」

「……もうちょっと触れても、いいですか」

「もちろんよ」


 私の許可を取って事を進めるエドウィンは、本当に真面目な人だ。

 私の視線の先にある彼の喉仏が動き、ぎこちなく頬に触れていた指先が顎のラインをなぞり、やがて指先だけでなく手のひら全体で私の頬を撫でてきた。


 嫌だと思うどころか、彼に触れられると不思議と安心できる。目を閉じて彼の手のひらの感触を享受していると、くっ、と小さく息を呑む音がしたのですぐに目を開けた。


「……う、嬉しいです。その……いろいろモヤモヤしていたことも解決したし、あなたの素直な気持ちも聞けたし、離婚もしないし……俺、もう十分嬉しいし幸せです……!」

「え、あの、でももっと我が儘とか、私にやってほしいこととか言ってもいいのよ?」

「とんでもない! 前世のあなたが――『れな』さんが俺のことを受け入れてくれたってだけで、十分ですよ! ああもう、愛してます――っと」


 感極まった彼は私をハグしようとしたんだろうけれど、大きく腕を広げたところでぴたっと止まり、一つ咳払いして腕を下ろした。


「……あー、その、すみません。調子乗りました」

「気にしないで。……ねえ、エディ。もっともっと我が儘になってもいいのよ?」

「そ、そんなの恐れ多いです!」

「それじゃあ……ぎゅってして?」


 はい、と腕を広げて彼を招こうとすると、とうとうエドウィンは固まった。胸の高さにある彼の手が小刻みに揺れていて、ちょっと怪しげに手が開いたり閉じたりしている。顔は真っ赤で、「あ」とか「え」という短い母音だけが連続して発される様は――正直言って、すごく可愛い。


「い、いいんですか? 俺、ジルベール殿下じゃないですよ?」

「見れば分かるわ。……ね、エディ。ぎゅーってして?」

「っ……よ、喜んで!」


 小首を傾げて「お願い」すると、エドウィンは声を裏返らせて勢いよく私に抱きついてきた。ここまで全力でぶつかられるとは思っていなかったので体がぐらついたけれど、私の腰をガッチリとガードする彼の腕が抱き留めてくれる。


 ふわっと目の前で揺れる栗色の髪からは、男性用シャンプーと彼が紳士の嗜みとして身につけている香水、そしてほんのちょっとの土の匂いがした。

「カトレア」の――私の大好きな匂い。


「ああ、もう、本当に大好きです! 本当に本当に、ありがとうございます、カトレア様!」

「……ふふ。こっちこそ。これから改めて……よろしくお願いします、エドウィン」

「はい! ……俺の忠誠と愛情をあなたに捧げます。愛しています、カトレア様」


 ぎゅうぎゅう抱きしめられた状態で言われてもロマンスもへったくれもないけれど、彼らしくて私は思わず笑ってしまう。


 うん、私は心から笑える。

 いきなりべたべたイチャイチャするのは難しいかもしれないけれど、「れな」だった頃の感覚とちゃんと折り合いを付けて、「カトレア」として生きていける。


 私を慕い、愛し、守ってくれる、この人と一緒に。

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