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23 裏切りの恋①

 ……酔いました。


「ちょっと、カトレア、大丈夫?」

「だ、大丈夫じゃないかもです……」


 場所は、豪華な馬車。

 向かいの席にはサイネリアとジルベール様が並んで座っていて、どちらも心配そうに私を見てきている。


 なぜ、なぜ!

「れな」のときも「カトレア」になってからも一度も乗り物酔いしたことがなかった私が、今になって馬車の揺れで酔う!?


 いきなりリバースするほどの酷さじゃないけど、今の自分は相当顔色が悪いはずだ。胸がむかむかして、背筋を伸ばして座るのが難しいのでクッションにもたれかかることでなんとか保っている状態。


「すみません、サイネリア様、ジルベール様……」

「まあ、何を言うの。その日その日で体調は変わるのだから、あなたが謝ることではないのよ! ……どうしましょうか、お兄様。カトレアを連れて行くのは難しそうですね」

「少なくとも、サイネリアは視察に行かなければならないだろう。カトレアも、風通しのいい場所でゆっくり休めば少しは体調がよくなるはずだろうから、私が側に付いていよう」

「そ、そんな……悪いです」

「あら、何を言っているの。お兄様のおっしゃるとおり、あなたはお兄様と一緒に外で休んでなさいな。そうね……わたくしがオペラハウス内を歩いて回り、あなたとお兄様が外観を観察していた、といくらでも言い訳はできるわ」


 サイネリアはこんなときもはきはきしていて、私を責めることなく次の対策を打って出てくれる。本当に……優しくて機転の利く方だ。

 ジルベール様もまた、サイネリアの隣で微笑んだ。あっ、笑顔が素敵。


「サイネリアの言うとおりだ。馬車を降りたら一緒に休憩しよう。サイネリアなら一人でも大丈夫だろうけど、君を一人にさせるわけにはいかないからね。エドウィンも心配するだろう」


 ……ああ、私の推しはとても素敵だ。エドウィンのことも考えてくださるなんて。


「分かりました。ありがとうございます、サイネリア様、ジルベール様……ん?」

「どうかしたのかい?」

「あ、いえ。なんでもありません」


 ジルベール様に問われたので、私は急ぎ首を横に振った。


 ――体調を崩したヒロインが、ジルベール様と一緒に風通しのいい場所でお喋りをする。

 これもジルベールイベントじゃん! しかも、一つ前のオペラハウス視察イベントよりも糖度の高いことで有名な、べたべた溺愛イベントだ!


 なんということだ……一つ前のイベントがおじゃんになったから、怒濤の連続イベントによって否が応でもジルベール様との接点を増やそうとしているのか!? これはもはや運命とか偶然とかじゃない、呪いだ! 私を浮気女に仕立てようという、何者かによる呪いだぁっ!


 馬車がオペラハウス前に到着し、サイネリアとジルベール様が馬車の窓からお付きの騎士や官僚と話をしている間に、私は必死で「シークレット・プリンセス」のジルベールルートイベント内容を思い出す。


 あれは……そう、共通イベント二つ目。早ければゲーム内時間一週間程度で起こせるイベントだ。

 連日の淑女教育に疲れたヒロインが城の中庭で休憩していると、ジルベール様がやってくる。そうしてお喋りをしているうちに、互いを異性として意識し始めるという流れだった。


「あなたは可愛い人だ。でも、少しは私たちを頼っていいのですよ」と美麗スチルと共にジルベール様役の声優がでろでろ激甘ボイスを聞かせてくれる。イヤホン必須、顔がにやけるので電車の中で見ることなかれのイベントだ。


「……それでは行って参ります。また後で合流しましょう」


 私が悩んでいる間にサイネリアたちは打ち合わせを終えたようで、彼女は一足先に馬車を降りていった。騎士たちも連れているから、きっと大丈夫だろう。


 ……大丈夫じゃないのは、私の方だからね!


「それでは私たちも降りよう。オペラハウス前の庭園も改装にあわせて植え替えをしたようなので、楽しみだね」


 そう言ってジルベール様は、薄暗い馬車の中が眩しくなるくらいの素敵笑顔で私に手を差し伸べてきた。


 んんん……! 体調の悪い従妹を気遣っているのだと分かっていても、本当に心臓に悪い! 白手袋に包まれた手は男性らしく大きいけれど、エドウィンよりは華奢だなぁ、なんて思ってしまう。


 ……うん、そうだ。私には夫がいる。浮気ダメ、絶対!


「ありがとうございます、ジルベール様」


 私は不自然にならないよう気を付けながらジルベール様の手を取り、馬車を降りた。推しの手――だめだだめだ! 去れ、煩悩!


 屋外は風通しがよく、緑や土の匂いがする。人工的な匂いのするものが存在しない広場に降りるだけで、車酔いした私も気分はだいぶ楽になった。

 そのまま私はジルベール様に手を引かれ、オペラハウス前の庭園に移動した。ジルベール様の言っていたとおり庭園も模様替えをしたばかりのようで、蔦の絡まる銀のアーチはまだつやつやしているし、何かの模様を描くように敷き詰められた煉瓦も汚れが少ない。


 ジルベール様が私を案内した先にあったのは、金属製の瀟洒なガーデンベンチ。彼は自分の胸元から引き抜いたハンカチを敷き、「どうぞ」と私を座らせた。うーん……この仕草一つに関しても本当に、恋愛イベント通りだ。


「なんだかいろいろすみません、ジルベール様」


 まず謝罪の言葉を口にすると、隣に座ったジルベール様は笑顔で首を横に振った。


「先ほどサイネリアも言っていたけれど、君は気にしなくていいんだよ。それに、君はエドウィンと結婚してまだ日が浅い。緊張などで疲れが出たのだろう」


 ……ここ、確かゲームでは「君は城に来てまだ日が浅い」だったと思うけれど、細かな修正が加えられている……ゲームの強制力、怖い……。

 いや、ここでめげていたらダメだ!


 恋愛イベントでは主人公の台詞の選択肢があり、正しい方を選べば例のスチルとボイスがお目にかかれる。今回の場合、確か選択肢は――いろいろ雑談をした末、「ジルベール様はとてもお優しいですね」か「サイネリア様たちのおかげです」の二択になったはずだ。どちらも好感度は上がるけど、スチルとボイスが付くのは前者の方だ。

 つまりあのでろでろボイスで撃沈しないためには、ジルベール様一人を褒めなければいいんだ。話の随所随所でエドウィンのことなどにも触れれば完璧だろう!


 私がそわそわしているのを見てどう思ったのか、ジルベール様は私を見てふわっと微笑んだ。


「……結婚生活はどうかな? エドウィンと仲よくやっている?」


 おお、ここもゲームでは「……王城での生活はどうかな? 城の皆とは仲よくやっている?」だったはずだ。

 私は返事の内容をまとめるために一呼吸置いた後、頷いた。


「はい。エドウィンはいつも私のことを気遣ってくれて、愛してくれます。彼と結婚できたのが、今でも夢のようで……」

「それは嬉しいことだね。きっとフリージア伯母上も、君が一番愛する人と結ばれたことを神の御許で喜んでいらっしゃることだろう」


 ジルベール様は本当に嬉しそうに言う。最初に公式サイトでキャラ紹介ページができたとき、「これは王子様のフリをした腹黒キャラだ」なんて噂も掲示板に書き込まれたけれど、全くの杞憂だった。

 彼はどこまでも王子様で、紳士で、ジルベールルート以外を進もうと変わらずヒロインのことを可愛がってくれる完璧イケメンだった。ジルベール腹黒キャラ堕ちR18展開は、二次創作でこっそりやりたまえ。


「私はエドウィンとはあまり話をしたことがないのだが……アルジャーノン曰く、訓練中は大変勇ましいのだが人当たりがよく、騎士仲間や使用人たちから好かれる青年だそうだな。そういうところも、君が彼に恋をしたきっかけなのだろうか?」


 ジルベール様のこの発言は、ゲームには全く存在しなかった。よかった、エドウィン関連なら私も警戒せずに話ができそうだ。

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