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99 可能性の種④(リュディ)

2019/05/11 更新2回目

「どうしたのよ、こんな時間に?」

「いやぁ、ちょっとね」

 リュディに座るよう促され、緑色のソファーに腰を落とす。

 リュディの部屋は、大体のものが彼女の好きな緑色に統一されている。カーテンも、ソファーも布団も。


 部屋でくつろいでいたのであろう、リュディはそういって本にしおりを挟み横へ置く。シンプルでありながら、フリルがかわいらしい白いネグリジェ姿のリュディは、なんだか妙に色っぽいのと同時に麗しさもある。

 

「渡したい物があって」

「渡したい物?」


「そう、渡したい物」

 俺は手に持っていた袋から三つの金色に光る小さな種を取り出した。

「なに、これ?」

「ええと、食べるとおいしいお菓子……ごめん」

 言っている自分自身で、それには無理があると思った。だんだんジト目になっていくリュディも同じ思いだろう。

「……そんなわけないでしょ?」

「そうなんだよなぁ」

 

「で、何なのよ。これ」

 そういってひょいと種をつまむと、小さく息をつく。

「可能性の種っていうんだけど……」

 光に当て反射する種を見ていたリュディは、俺が驚くぐらい、ビクリとはねた。そして両目を見開きながら、まるで生まれたての赤子を抱えているかのように、優しく丁寧にテーブルの上に置いた。

「ちょっと、何持たせてるのよ!?」

「いや、持たせてはいないんだが……」

 

 持ったのは自分なはずだ。

 

「本物なのコレ? 偽物をつかまされたとか?」

「ななみや毬乃さんがボケをやめて真剣になるぐらいには、信ぴょう性があるよ」

 リュディの目が、いっそう険しくなる。

 俺が続きを話そうとすると、彼女は手で俺を制止させる。

「……待って。少し落ち着かせて」


 そういってリュディは目を閉じて深呼吸する。そして椅子の横に置いてあった本を目を閉じたままどけると、姿勢を正しながら座りなおす。彼女の一つ一つの行動が、どことなく気品があり、彼女が高貴な身分なんだなと再認識させてくれる。


 リュディはゆっくり目を開く。

「いいわ、お願い」


「これ、リュディに貰ってほしいんだ」


「えっ?」

 彼女は驚いて目を見開く。

「ちょっと待って! 幸助が使用するのではなくて、売るのでもなくて、私に!?」

 『何考えてるのよ、馬鹿じゃないの!?』だなんて幻聴が聞こえる顔だ。

「俺はもう飲んだ。実は5個手に入れてな。世話になった人たちにあげたいなと思って」


「まって、理解力が追い付かない」

「リュディに貰ってほしいんだ」

 俺はもう一度同じ言葉をリュディに伝える。


「お願い。まって。こんなの受け取れないわよ!? コレ一つに一体どれだけの価値があると思っているのよ。そもそも私なんて貰ってばかりなのに、こんな値段のつけられないものを受け取れないわ」


「でも、俺も値段のつけられないものをリュディから貰っていて、だな。それのお返しには全然足りないんだけど……」

「…………あげたかしら」



「貰ったんだよな。しかもすごく役立ってくれて……。いや、なんだか面と向かって言うのは恥ずかしいんだけど、やっぱ四十層って結構きつくて……」

「当然よっ! 雪音さんたちも言ってたわよ、普通は無理だって」

 まるで俺は普通じゃないみたいな言い方だが、まあ、普通ではないか。

 

「いやぁ……実はさ、キッツいなぁと思ってる時にだな……。貰ったお守り見たら、なんだかよく分からん力が湧いて。これがなかったら三十層後半であきらめてたなぁと。大事な時に支えてくれた俺の宝物なんだ」

 そういって少しだけ不格好なリュディのお守りを取り出した。

 そしてリュディの前で見せびらかすように、プラプラと揺らす。

 

「ちょ、ちょっと……まって。まってまって。な、なに言ってるのよ。とにかくしまって。すごく恥ずかしい!」

 リュディは慌てて身を乗り出し、お守りを取ろうとする。しかし俺は宝物を渡すつもりはない。すぐさまリュディの手から逃れ、届かないところで見せびらかした。


「実は俺も恥ずかしい」

「馬鹿っ。なら、しまいなさいよ。そもそもだけど、それにそんな価値なんてないわ! 生地とかは雪音さんからもらったものだし、原価にしたら高いラーメン1杯にも及ばないわよ!」

「いや、そのだな、確かに元値は安いのかもしれないけれど……物の価値ってそういうのじゃないだろ。だから、俺にとってはこの種より大切なものなんだ」

 彼女は顔が真っ赤だ。でも俺も赤くなってると思う。

 

「だから、こんな種でしか返せなくて悪いんだけど、もらってくれないか?」

「こんな種ってあなたねぇ……私は指輪のお礼だってできてないのに」

 未だ顔を赤くしたリュディは、まだ種を受け取ることを渋っている。

 

「なあ、リュディ?」

「なによ?」

「俺さ、学園ダンジョン行く前にさ、言ったじゃん」

「何を?」

「これから先一緒に来てほしいって。それでさ……ちょっと反論とかいったん置いておいて、最後まで俺の話を聞いてほしいんだけど、いいか?」

「なんだか不安になるようなことを言うわね。いいわよ」


「それでさ、俺の目標の一つに学園ダンジョンの完全制覇があって」

 リュディは何も言わずにうなずいた。

「完全制覇にあたって絶対に必要だと思っているのが、みんなの力だと思ってる」

 探索面でのトラップ検知だとか、戦闘面での遠距離魔法、援助魔法、回復魔法はもちろんだ。でも、それだけではない。精神的な面でもだ。

 

「それで、申し訳ないんだがリュディには、その、できればずっといっしょに来てほしいんだ」

「申し訳なく、ないわよ。ついて、行くわよ」

「ありがとう。まあ、もう少し話を聞いてくれ。それでな、確かにリュディは種なんかなくても強いし、今後さらに強くなれると思う」


 実力をどんどん上げていくリュディを見て、よりそう思う。だけどもし模擬戦とかで戦うことになったら負けるつもりはないが。

「でもさ、俺はやっぱ皆でダンジョンを攻略するんだからさ、やっぱり皆が少しでも強くなってくれればいいなって思うんだ。それは先輩とか、ななみとかもなんだけど」


 リュディが可能性の種を使用することによってでる効果は、能力値の限界を取り払うだけではない。回復魔法、補助魔法にも適性が生まれるし、それ以外にも使えるようになる魔法が増える。

 より強くなることは間違いない。

「こういうのって持ちつ持たれつだろ。それにさ、なによりさ……」

「なにより?」

「…………リュディと一緒に可能性を得て、一緒に強くなりたいなって。ダンジョンの最深部を一緒に行けたらなって」

「……バカ、分かったわよ」


 そういって、彼女は種を手に取ると俺を見る。

「私も幸助ほどじゃないけど強くなりたいとは思っていたし、何より」


 何らかの魔法をかけられたかと思った。

 リュディは目を少しだけ細くして、優しい微笑を浮かべていただけだった。

 でもその彼女は、自分しか愛せない呪いを受けたナルキッソスでさえ恋に落ちるような、不思議な魅力にあふれていた。


「一緒に見てみたいから」


 リュディは種を飲み込んだ。

 心臓がこれ以上ないぐらいドキドキしていた。ただ、なんだか恥ずかしくて、とりあえず何事もなかったかのように装い「これからも、よろしくな」という事しかできなかった。


 リュディも恥ずかしかったのだろうか、視線を外し、未だ赤い顔をそらした。

 

 いまだ暴れる心臓を悟られぬよう平静を装いながら、少しうつむき気味のリュディを見つつ、そういえばと話を切り出す。

「……リュディ」

「……なによ?」


「週末、ラーメン食べに行こうぜ。駅のとこ」

「…………そうね、幸助のおごりよ」


「あとさ、明日訓練終わったらさ、リュディにマッサージしてもらいたいな。もちろんタダで。ラーメンおごるからいいだろ?」

「ふふん、私のマッサージね」

 少し得意げにそういうと満面の笑みを浮かべながら俺を見る。

「してあげてもいいけどね。それはそれ、これはこれよ。ちゃんとカップラーメン一個出しなさい」


 どんだけラーメン好きなんだよ、と思わず吹き出してしまった。それを見たリュディも、なによと笑い、しばらく二人で笑っていた。


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