90 学園ダンジョン⑧
エネルギー注入回です。超注入されます。
三十四、三十五層を突破しての感想は、比較的マシだった、であろうか。
ハルピュイアが出た時だけはどうしても苦戦必至であったが、見かけた瞬間に逃げて進んでいくことで、ある程度は良かった。
しかし三十六層からは、ハルピュイアほどではないが面倒な敵が出現する。
三十六層でいの一番に出会ったのは、ハルピュイアだった。木に寄りかかってひなたぼっこしているハルピュイアを、後ろから襲いかかってボコボコにしようとしていた自分をすんでの所で抑え、少し離れて走って行く。
ぶん殴る事でストレス解消にはなるだろうが、途中で気が付かれて仲間でも呼ばれたら目も当てられない。
それから少し進んで現れたのは三十六層からの登場モンスター、トウテツである。
トウテツは体の大部分が羊ではあるが、顔は狛犬とかシーサーのようで、口には白く鋭い牙が生えている。噛まれたら大きな穴が開きそうだし、最悪食いちぎられそうだ。またその頭には巻角が生えており、狛犬と羊のキメラとでも言えば良いのだろうか。
トウテツの厄介なところはいくつかあるが、一番は速さである。マジエロのゲーム内では、ケンタウロス並に速度の数値があった。羊の体が大半なくせに、よくもまあそんなスピードが出せたものだと感心する。
残念な事に逃げるのに手間取りそうだ。
トウテツはこちらに気が付き、横歩きをしながらグルグルと喉を鳴らし、こちらを威嚇する。俺が第三の手に魔力を込めて近づくと、トウテツはこちらに向って火を吐いてきた。
トウテツの厄介さは速さだけではない、遠距離もできることである。
第三の手で身を守りながら、すぐにそこから移動する。トウテツも俺の動きに合わせ、火炎の向きを変えてくる。
トウテツの吐く火の威力は下級の陣刻魔石よりかは上だが、中級に比べれば全然であり、たいしたことは無い。ただ。
「ケンタウロスとハルピュイアと一緒に出現されたらまずい」
近距離も火属性遠距離攻撃も可能なコイツに、ハルピュイアやケンタウロスなんかがそろうと、四方八方から攻撃が飛んできそうだ。
それを考えたらこの層と次層はすぐさま突破しなければならない。
だから決断しよう。厄介なモンスターが重なるこの辺りで、ほとんどの陣刻魔石を消費することを。
第三の手に水属性を付与し、火をかき分け前へ前へと進む。火炎を止めて、引っ掻こうと飛びかかってきたトウテツを第四の手ではたき落とし、距離を詰める。そして抜刀した。
トウテツ単体は狩り。ケンタウロス単体も狩り。二体以上は辺りを見渡し戦闘か離脱の選択。ハルピュイアがいたら、アイテムをバカ消費してでも離脱。
なんて行動指針を考えながら、魔素を吸収し魔石を回収する。
そして走り出してすぐに新たなモンスターを見つけた。見つけてしまった。残念な事に次のお相手はハルピュイアのようだ。
「ゲームじゃ超簡単、とまでは行かないけれど普通に逃げられたんだがな」
目の前のハルピュイアはあろうことかトウテツを二匹もつれているじゃないか。
散歩かな?
ずいぶん厄介なモンスターを散歩しているんだな。トウテツが雄雌だったらいずれ子だくさんで散歩が大変そうだ。
なんてアホなこと考えながら、道をそれていく。残念な事にこっち側ではケンタウロスを発見してしまった。
立ったままどうしようか考えたのがいけなかったのだろう、ハルピュイア達が、こちらに近づいている。
トウテツたちはその場で固まっていればいいものを、綺麗に二手に分かれるときたもんだ。獲物の追い込み方を分かってるじゃないか。
すぐさま音の陣刻魔石を握り、発動の準備をする。ケンタウロスが来る前に、逃げ出すか片付けるか決めなければならない。
急降下するハルピュイアに向って音の陣刻魔石と火の陣刻魔石を発動させた。
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「いやぁ、やられたなぁ」
三十六層がこれほどつらいと思っていなかった。毬乃さんがノリノリで特注してくれた高性能制服もボッロボロだ。
体の傷はさっぱりだが、それは回復アイテムのおかげで癒えてるだけで、心の方は服と同じような感じだった。
「どうするかなぁ……」
体を動かすのが億劫だった。しなければならないのに、体を動かしたくなかった。本当にマズイと理解しているのに、それでも体は動かしたくなかった。
なんとか三十六層までを突破できたものの、後は三十七、三十八、三十九、四十層と先は長い。だと言うのにもう体、というより精神が疲れ切っている。時間も時間だから、そろそろご飯を食べて寝た方が良いだろう。
しかし寝たら寝たで、今度は一日で残りの四層とボスを倒さなければならない。
明日から速度アップできるか? 陣刻魔石が無限にあればできることだろう。現実はそんな事できるはずも無い。
この三十六層で、かなりの陣刻魔石を使ってしまったから、用意していた物は四十層前に尽きるだろう。三十七層も魔石を取っておくとか甘い考えは捨てるべきだ。ハルピュイアとトウテツのコンボにケンタウロスのフォローは凄まじく嫌らしい。
唯一の救いは三十八からケンタウロスが出現しなくなり、亀以下の鈍足モンスターが現れることか。
ああ、こういうときこそ、簡単にでも料理をして美味しい物を食べなければならない。気分を変えるためにも。
しかし、なんにもする気分じゃなかった。
まったく、やっべぇ兆候だ。
腹持ちの良いクッキーを何枚か手に取ると、封を開け口に入れる。
単純に辛かった。精神が摩耗して、感情が無くなりそうだった。
普段だったら元気の出るエロゲソングでも歌って気分を変えようとするのだが、一フレーズ歌ってすぐに果てた。そんな余裕もなかった。
気持ちの持ちようが一番大切だって事は理解しているけど、なんだか気分を上げられない。
あと三層、されど三層。
あと一日で四十層まで行けるのだろうか?
四十層にはボスがいるのだ。こんな調子で、ボスに勝てるのだろうか?
食べているクッキーのような食料を見つめる。
それは粉っぽくてパサパサだった。全然美味しくない。コーヒーで飲み干すも、満足感は無かった。
風呂に、入りたかった。熱いシャワーを浴びて、毬乃さん宅の豪華な湯船につかって、ゆっくり背筋を伸ばしたかった。
もうこのまま地上に戻ろうか?
そんな考えが頭をよぎった。
もう十分やったでは無いか? そう思った。今帰れば確実に学年一位は取れるだろうし、三会入会も果たせるだろう。初回攻略特典は取れないかもしれないが、一応他の場所でも取れるっちゃあ取れる。ここが一番速く、条件が比較的楽なだけで。
考えれば考えるほど、それでいいような気もしてきた。無理をするのが一番危険なのでは無いかと。
挑戦はいつでもできる。死んでしまうのが、一番してはいけないことだ。
俺はポケットに手を突っ込むと、そこには帰還魔石の他に、二つの四角い物が入っていた。
俺はその二つの物を引き抜く。
それはお守りだった。
一つは凄く縫い目が綺麗で、まるで機械でやったかのように美しかった。そこには小さい滝と、それを受け止める小川が縫われていた。
もう一つのお守りは縫い目は、あまり良いとは言えなかった。だけど壊れないよう二重で縫われており、右下にはクローバーが縫われていた。
不意に花邑家での出来事を思い出した。
俺がななみと一緒に亀狩りから帰ると、先輩とリュディとクラリスさんが慌てて部屋を片付けていた。そしてなんだかよそよそしくて、まるで俺に隠し事をしているかのようだった。
それを見たななみは、なんだかちょっとだけ不機嫌そうに「果報者!」だなんて言いながら俺の脇腹を小突いてきた。「私も時間があれば……」なんて呟いていたから、俺は言ってやったんだ。
「だから休みを取ってくれ、お前は働き過ぎだ」
「ご主人様は私から至高の時間を奪ってしまうおつもりなのですか!?」
「仕事が至高の時間ってどういうことだよ!?」
そこからななみと漫才が始まって、それを見ていたクラリスさんが最初に吹き出して、いつの間にか帰ってきていた毬乃さんが茶々を入れて、姉さんは黙って聞いてるんだけど、どこか楽しそうで、先輩とリュディがいつの間にかこっちに来て笑っていた。
その次の日。先輩がはにかんだ笑顔でお守りを渡してくれた。
「成功を祈っている」といって。
リュディは心配そうで少し泣きそうな顔をしていた。
そして……体に巻き付いた腕に、俺が添えた手。
手に持ったお守りを、ぎゅっと握りしめる。
もう少しだけ、頑張ってみようと思った。
ゲームなどでヒロインから貰う、全能力アップみたいな超性能アイテムってあるじゃないですか。
こういうことではないかと思っています。





