87 学園ダンジョン⑤
「ノーッカノッカノッカノノノノッカノーン♪」
拝啓、リュディさん。
皆さんお元気でしょうか。私はもう壊れそうです。いえ壊れてしまっています。凄く面倒な仕事をして一徹した後のようなテンションです。
音の陣刻魔石を消費することはあるけど、あどけない見た目で僕を癒やしてくれたインプちゃんはいません。槍でちくちくしてくるあのインプちゃんがいません。『ナニ、ここが凝ってるの? 仕方ないわねぇ』と背中をフミフミして欲しいモンスターNo.1のインプちゃんがいません。
ここに出現するのは体感2割ぐらいで出現するホブゴブリン君達と、体感4割くらいで出現する泡吹くヤドカリと、そしてロリショタノッカーです。男か女か未だに分かっておりませんので敬称は「たん」とします。
最初はノッカーたんが可愛いし動きがスタイリッシュでカッコイイなんて思っていました。でも頑なに魔石を落としてくれないノッカーたんにはもう、怒りを通り越してナニも感じなくなりました。ただし、たまにその体をまさぐって、持ち物を全てさらけ出させたい衝動に駆られることもあります。
「ノーッカノカノー……はぁぁぁぁ」
一体ナニを書いているんだろうか。すぐさまそれをグチャグチャにしてダンジョンにポイ捨てしたものの、なんだか咎められた気分になってそれを回収する。ほんっとうに何やってるんだろうな。
三つめまではなんとか精神を保つことができた。片目を押さえて「確率は……収束するッ……!」だなんて言って遊ぶ余裕もあった。
今思えばこの時点で壊れてたかもしれない。
四つめが出てきたときは非常に安堵した。三つめと四つめ間が異様に長かったせいで、ここでは三つしかドロップしないのでは? なんて思いに押しつぶされそうだった。しかし。
「後一個、後一個なんだよなぁ」
一日以上ここで費やすと踏んでいたから、まだ予定の範囲内ではある。しかし、本当に落とさないなお前。
「そろそろ行くかあ……」
休憩を終えて狩りの続きを行う。
狂喜乱舞したのはそれから2時間後だった。
----
陣刻魔石を入手し終えたら、することは三十層ボスまでランニングである。
二十八層以降からはホブゴブリン達が消え『ペリュトン』と呼ばれる鹿に羽を生やした飛行モンスターが出現する。
もちろんガン逃げである。しかし。
「なんだか逃げるのも戦うのも大変になってきたなぁ……」
それの理由は純粋にモンスターの速度含む能力が向上していることもある。しかし、一番の原因はモンスターの思考がより狡猾になってきたからだろう。
ノッカーと戦っている最中に、空から突撃してくるペリュトンなんてまさにそうだ。とっさに第四の手で防御したが、危険極まりない。
さっき出会ったノッカーは、逃げる俺を追いかけてこなかった。不思議に思っていたら、近くにトラバサミ系の罠があったりもした。
まだモンスターの対処が比較的楽な階層であるものの、三十一層以降は少しまずいかもしれない。三十一層からは俺の実力並かそれ以上のモンスターばかりになるだろうから。
とりあえず、今は目の前にいるペリュトンに、光の陣刻魔石(下級)を使用して即離脱である。
「金が湯水のように消費されていく……でも余らせすぎてもそれはそれでダメなんだよな」
余らせすぎることは、冒険の見通しをしっかり立てる事ができなかったに他ならない。
それは事前調査がしっかり行われなかったのだろう。まあ今回の俺の場合、事前調査の為にこのダンジョンへ来ることができなかった。そのため先輩への質問と知識だけで見通しを立てたのだから、甘いのも仕方ないだろう。
光の陣刻魔石を消費しきってたどり着いた三十層は、これまでの切りのいい階層と同じようにボスがいる。まあ当たり前であるが。
フロアは楕円形のフィールドと言えば良いだろうか。陸上競技場を小さくして、観客席を水路に変えたような、そんなフロアだった。
俺がフロア中心へ歩いて行くと、前方の水路から、ざぁざぁと水をかき分ける音が聞こえる。
そこに現れたのはこげ茶色の甲殻だった。水を割りながら凸凹とした甲殻はゆっくり浮上し、そしてこちらへ近づいてくる。
次に水中から現れたのは、大きなハサミだった。しかしそれは、つい先ほどまで十時間以上戦ってきたあのヤドカリではない。それよりも大きく太いハサミだった。またコイツにはヤドカリにあった特徴的な貝殻が無く、体全体が甲殻に覆われている。
「でてきたな、クラムボン」
クラムボンは蟹のモンスターである。見た目は完全に蟹であるがその大きさは普通の蟹の比じゃない。そもそもハサミで俺を簡単につまみ上げる……いや引きちぎられてもおかしくない、それくらいの大きさだった。そんな蟹が両方のハサミを上げて威嚇している様は……。
「なんて隙だらけなんだ……」
俺は用意していた火属性の中級陣刻魔石を取り出すと、クラムボンに向って使った。両手を挙げてドヤ顔しているクラムボンに、下級とは比べものにならないぐらいの熱量を持つ火炎が、勢いよく飛んでいく。
蟹にぶつかった瞬間、凄まじい爆発音が辺りに轟いた。ななみのエクスプロードアローをさらに強くした感じだろうか? ななみも魔素を取り込んだり訓練することでいずれこれくらいはやってくれそうだ。というかななみの成長速度が、一番異常なんだよな……。
オレンジ色の火が辺りいっぱいに広がると、爆風と一緒に香ばしい蟹の香りがする。お腹が空いてきたので少し早い夕食にしたいところだが、残念なことにコイツは魔石一個では倒せない。
辺りには残り火があるが、両ハサミを掲げたままの蟹に向って走り出す。そして刀を抜き、関節を切ろうとするも、それはハサミに阻まれた。
すぐさまクラムボンから距離を取ると、刀をしまい、抜刀準備を行う。そして第三の手、第四の手で左右を守りながら、クラムボンの様子をうかがった。
どうやらクラムボンは怒っているようだった。甲殻を赤く染め、まるで高速設定のミシンみたいに足踏みを行っていた。まあ赤いのは俺が火炎を浴びせたからだろうが。
足踏みしていたクラムボンは、ハサミを俺に向けて縦方向にぶんぶんとふる。そしていきなり大量の泡を俺に向って吹き出したかと思えば、その場から居なくなっていた。
「は?」
俺は泡らしき何かを払いながら、クラムボンを視界に入れる。
早すぎて乾いた笑いが漏れた。まるでスナガニを超巨大化させたようだった。しかし迫り来るハサミの威力は笑い事では済まされなかった。
第四の手でそれを受け止めるも、叩きつけられた衝撃は大きかった。勢いを殺しきれず吹き飛びそうになるのを第三の手でブレーキをかけることでなんとか防ぐ。
攻撃はそれだけでは無かった。そのミシン並の早さで動かす足で、俺の体を踏みつぶそうとしてきた。
第四の手で身を守りながら、その場から移動する。するとクラムボンは俺の居たところを通り過ぎ、半円を描くようにぐるりと移動し俺の前に立つ。今度は俺に向ってハサミを上下に振る。
俺は第三の手と第四の手を構え、刀に手を添える。
クラムボンが動き出したのは、ハサミを上下に4、5回ほど振ってすぐだった。
今度はハサミを大きく広げ、こちらに向けて迫ってくる。挟まれたら不味い、なんて直観的に判断し、すぐさま横っ飛びをする。
クラムボンは俺の居たところを通り過ぎ、少し進んだところで制止し、威嚇するように両腕を上げた。
チャンスである。今度はクラムボンに向って走りながら火の陣刻魔石を使用する。そして爆発して火が燃えさかっているが、お構いなしに飛び込んだ。
体が焼けるように熱い。いや、本当に焼けているのだろう。しかし、今はそれを無視だ。クラムボンが硬直している間に、足をもぎ取ってしまうべきだ。
熱さで目を閉じているせいで、視界は不良のはずだった。しかし、心眼の効果だろう。集中すればするほど、クラムボンの姿がはっきり見えた。それと同時にクラムボンの行動も普段よりかはゆっくりに見える。
俺はその関節に向って刀を抜いた。
足を数本もいでからは早かった。バランスを崩した蟹の足を一本ずつ狩っていく簡単な作業である。クラムボンはたまにハサミで殴りかかってくるが、足が無いせいか踏ん張れないのだろう、楽にガードできるどころか隙を晒す結果になっていた。
回復ポーションを飲み込みながら、小さくため息をつく。
「中級の陣刻魔石が無かったら、かなり苦戦してただろうなぁ……先は大丈夫かなぁ」
前途多難である。この先はモンスターが急激に強くなる階層の一つだ。
「31から40、51から60、そして65層以降が強くなるんだよな」
とはいえ、急激に強くなると言っても、敵は倒せないわけではない。それにしっかり対策考えてきたし、問題ないだろう。
「よし、モンスターになるべく出会わないことを祈りながら、逃げるとしますか!」
RTAにおいて基本技にして最終奥義『祈る』





