69 暗影の遺跡(ショーツダンジョン)
昨日踏破した薄明の岫は、記憶にあるフィールドマップと、この世界の地図を照らし合わせることで、ダンジョンを発見することができた。しかし今回のダンジョンは、わざわざ探しに行く必要は無かった。そこはもう発見されていたのだ。ただし、それは『ダンジョン』としてではなく、価値のない小さな『遺跡』としてである。
ダンジョンの資料に一切載っていなかったから、てっきり発見されていないと思っていた。しかしただの地図には、しっかり遺跡としてその場所が記載されていた。
さらに調べたところによると、毬乃さんが生まれる以前に、この遺跡に何か無いか調査を行ったらしい。しかし歴史的な何かが発見されることは無かったそうだ。
またここに到着するために、林の獣道を歩かなければならない上に、一応花邑家の私有地らしいから、人も来なくなってしまったと。うん、花邑家の土地広すぎ!
さて、その場所は発見されていたのだ。しかしダンジョンと推定すらされなかった理由は、なんとなく察せられる。入るための条件が惨すぎるからだ。
「どうやらここのようですね」
地図をしまいながら、ななみはそう言う。
切り立つ崖を削って造られたのだろう。壁には2本の柱が掘られ、その中心には楕円を半分にカットしたような、逆U字形の穴があった。
「ここかぁ……」
中を覗いてみたが、照明がないため、奥を見通すことは出来ない。
「こんな場所に本当にダンジョンがあるのでしょうか。失礼ですが、本当にその資料を見たのですか? 地図にはダンジョンのダの字も書かれておりませんが……」
ななみは非常に訝しげな目でこちらを見ている。
「だから本当に見たんだって。ここが実はダンジョンだって資料を」
と言っておくが、もちろん見ていない。適当にでっち上げた嘘だから、疑われるのは仕方が無い。一応資料は存在しているが。それはどこかの古本屋でいくつかの魔石と交換して貰えるのだが、ゲーム内では会話イベントしか無かったため、どこにその古本屋があるのか分からない。
もしかしたら伊織は手に入れているかも知れないと、メッセージを送ってみたものの、残念な事に古本屋を見つけていないらしい。あの古本屋からは、他の追加パッチで追加されるダンジョンの資料なんかも扱われているから、是非見つけて欲しい。そして俺に見せてくれ。まあ無くても、俺が地図と記憶を照らし合わせて、無理矢理探す事が出来るから、完全に詰んでるわけではないのが救いか。
「実はご主人様の存在自体が間違っているのでは?」
「さりげなく俺を全否定しないでくれるかな」
とツッコミを入れつつ、俺はストールに込める魔力を強めると、穴の中へ入っていった。
人が4人横に並んで歩けるぐらいの幅だろうか。俺とななみはライトの魔法を使いながら、奥へ奥へと進んでいく。そして八十メートルほど進んだところで、開けた空間が現れた。
「アレはなんでしょう?」
ななみが指摘したのは、その空間にある三つの像だ。それは剣と杖を持った女性の像だった。その3つの女性像は三角形になるように配置されており、3つの像の中心にはT字型の台座が、これまた3つ存在していた。またそれらの女性像は右手で剣を掲げており、左手で胸に杖を当てている。
俺はすぐに台座に直行したが、ななみはその像が気になるようで、像を中心にぐるりと見て回っていた。
それぞれの台座の上には逆三角形のくぼみがあって、多分ここにアレを捧げるのであろうと想像出来た。また台座の周りにはよく分からない文字が描かれていたが、ななみ含むヒロインの数人が読めるはずだし、なにより書いてある内容はすでに知っている。
ななみが像を見終わってこちらに来ると、台座の周りにあった古代語を読んでくれた。
「『汝、戦乙女の使用した、身を守る最後の盾を3人分捧げよ』、ですか?」
ななみは後ろを振り返って石像を見つめる。
「最後の盾、ですか……一体何なのでしょう。それも3つ……女性が使用した盾を3つ捧げれば良いのでしょうか?」
確かにそう解釈したくなるのも分かる。むしろここをただの遺跡と定義してしまった人は、ななみと同じ勘違いをしているであろう。
一般的なゲームであっても、『汝、戦乙女の使用した、身を守る最後の盾を3つ捧げよ』ときくと、女神なんかが作っただとか、英雄が使っていた伝説の盾なんかを想像するだろう。現実ならなおさらだ。
しかしエロゲであるマジエロは、そんな解釈をしない。
「ええと、だな。言いにくいんだけど……俺の読んだ資料によると……身を守る盾って言うのは服らしくて……だな。その最後って部分にあたるのが……」
「は?」
「ヒェッ」
ななみは察して、刺すような視線をこちらに向けている。
「その、だな……女性の……ですね。脱いだ時に一番最後に残るであろう服をですね、捧げる必要があると言うことでしてね……ええ、俺が考えたわけじゃ無いんです。決して俺が考えたわけでは無いんです。資料では、そうなっているんです。使用済みショーツを、三つ捧げることで……先へ進めると」
場が凍った。
ななみは無表情だ。無表情だからこそこちらにその呆れと怒りが伝わってきて、ちびりそうだ。しかも瞬きせずにじっとこちらを見ている。
「私に捧げろと……仰るのでしょうか?」
「違うんだ聞いてくれっ!」
いや実は違わない。場合によってはむしろお願いしたいんだけど。ていうか俺のせいじゃないんだけど、なぜか不思議な罪悪感に襲われている。その感情に押され、思わず土下座し、許しを請うてしまった。
誰と来てもこのような事になることが予想できていたから、このダンジョンを現実で攻略するのが嫌だったんだ!
ゲームでこのダンジョンの解放条件を知ったときは、その設定の罪深さと、奥深さと、実用性に思わず頭を垂れたほどだ。
ショーツを捧げるだなんて、ヒロインは普通拒否する。まあエロゲヒロインにおいては確実にそうだとは言えないし、そもそもはいてない場合もある。が、普通は拒否する。しかし「ダンジョンに入るためには仕方ないよね」と言い訳ができるこの設定は、どのヒロインでもショーツを脱がせ、捧げさせることが出来る、究極とも言える設定だった。すぐさまお気に入りの仲間キャラクターをつれて、このダンジョンに突入した。
そしてこの場所で「誰のショーツを捧げますか」という一文と、連れてきたヒロイン達の名が選択肢として出現したのを見た時は、マウスを握る手が震えてしまったのは仕方ないだろう。
選ぶヒロインによっては冷たい視線を向けられ、「ばか、ヘンタイ」だなんて罵詈雑言を浴びせられる。そして「何も起こらなかったら、どうなるか分かっているわよね?」なんて事を言い、怒り恥じらいながら脱いでショーツを捧げると、本当に先へ進めるのだ。進めちゃうのだ。
その際の会話を全員分見るために、何度ロードした事か……!
しかもだ、連れてくるキャラクターの組み合わせによっては、特別な会話が挟まれることもあった。そのため攻略ウィキを編集してくれる紳士達と共に、全てのパターンを試した。あのときは本当に楽しかった。
驚くべき事に、追加パッチで増えたヒロイン達であっても、このシーンではしっかりショーツを脱ぐ上に、選択キャラの組み合わせによっていろんなパターンの会話も見る事が出来た。
天才だと思った。
ほんっっっと天災だよ。
コレを考えたヤツは本当にバカだな。お前どうやって女性に使用済みショーツください、なんて言うんだよ? 言えるわけねぇだろアホか? エロゲだから許されているアホ設定なのであって、現実じゃ常軌を逸したクソ設定にしかならねぇよ。この設定を考えたヤツは、頭の中がエロで乱れ咲きになっているに違いないね。捧げるんだったら剣とか宝玉とか、色々やりようがあっただろ。何より狂ってるのは新品じゃ無くて使用済みって所だ。変態度がさらにアップだよ。新品ショーツなら購買部やコンビニで買えるから、それを捧げても良かったのに。
「……だから、そのですね。このダンジョンが悪いんです」
とりあえず色々な言い訳を述べるも、圧力に屈して土下座をしたままだ。
はぁ、とななみは小さくため息をつくと。立ってと俺の手を取った。
「申し訳ございません、ご主人様が悪いことではないのですが、どうしても抑えきれませんでした」
との言葉に、俺は顔を上げた。ななみはまるで天使のように優しく微笑んでいる。いや、天使だった。
「わたくしは自身のを捧げることは構いません……しかし」
「しかし?」
「ご主人様が……ご自身のパンツを捧げるのも……良いんじゃないんでしょうか?」
ゑ?
「ご主人様ってちょっと中性的なお顔をされてますし、目と鼻と口と耳と輪郭を交換して髪を整えれば、カワイイ男性に見えますし」
それ全くの別人だよな? 目と鼻と口と耳と輪郭交換したら、俺の要素なんてほぼ残んないよな。
「いや、しかしね、あの戦乙女っていう……条件が、その、ありましてですね……」
「試したのでしょうか?」
「試してないです……」
じゃ、脱ぎましょうか? と言われ俺は仕方なくズボンに手をかける。
どうしてこうなった?
せめてもの救いは、姉さん達のようにこちらを見てこないことだろう。なんだか物足りないような不思議な気分になりながら、俺はすぐさまボクサーパンツを脱ぐと、ノーパンのままズボンをはいた。そしてその台座の一つに、俺のボクサーパンツを置いた。
置いてすぐに反応は始まった。
眩い光が像の一つから発せられたかと思うと、その光はやがて一つに集約し、一筋の光となって俺のパンツに照射される。
「う、うそだろ」
光を受けた俺のパンツはゆっくり浮かび上がると徐々に光輝いてく。
その光景はパンツで無ければ、非常に幻想的だった。
そして俺のパンツは光輝いて、光輝いて、そしてやがて……火が付いた。
「えええええええぇぇぇぇぇ!!!!!」
それはひらひらと地面に落ちる。しかし火は消えない。
右往左往している俺の横から水球が飛んできた。どうやらななみが水魔法を使ってくれたらしい。水球が俺の燃えるパンツに直撃し、火は消えるも、隠す場所に大きな穴が開いていた。
もう使い物にならなそうだった。
「も、申し訳ございません」
さすがのななみも、かなりの罪悪感を覚えたらしい。顔に動揺が見られる。
しかしパンツが燃えてしまった反動だろうか、ノーパンですがすがしい気分になっているからだろうか。俺の心は穏やかだった。
「いや、いいんだ。俺がやらせようとしてたのはコレに近いことだからな……そうだ。一緒にダンジョン攻略に来てくれる人には、換えのショーツを持ってきて貰おうか」
俺はノーパンになってしまったけれど、学習した。来てくれる人には換えのショーツ持ってきて貰う。決まりだ。
「ご、ご主人様はお着替えをお持ちでは……?」
「いや俺は何も考えてなかったから、持ってきてなかった。でも何か代わりになるようなものが……あったかな?」
と荷物をあさってみる。そして袋の奥からなんだか黒い紐のようなものが………………紐?
「なんだコレ?」
紐の中心部に薄い布地がついている。これはあれだ。人にとって一番大切な部分を守る為の神聖なる布、ショーツだ。すごく見覚えのある、黒いエッチなショーツだ。クラリスさん達が引っ越し作業をしている際に、入手してしまったショーツだ。
「い、いや。ち、違うんだ! コレは俺のじゃないっっ!」
同情的だったななみの顔が、またもや無表情に戻っている。
「ではどちら様の物でしょうか?」
「く、クラリスさんだ、決して俺のじゃない」
「……なぜクラリス様のショーツをお持ちなんでしょうか?」
「あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛!」





