64 ななみ
MKS73(メイドナイトシキエディションセブンスリー)はマジエロにおいて、非常に使い勝手の良い、店舗特典限定の仲間キャラクターである。
彼女の名前はMKS73と識別名なので、仲間になった時にプレイヤーが決められる。ただ大多数の紳士達は末尾の73から「ななみ」としていた。
また彼女の特徴として、選ぶタイプによって、性格、髪色が変わることがある。タイプ1は桜咲く春を意識したのか桜色の髪色で、タイプ2は緑溢れる夏を意識したのか若緑色の髪色、タイプ3は紅葉を意識したのか紅色、そしてタイプ4は寒々しい冬を意識してか藍色の髪色だった。
では目の前の彼女はどうだろうか?
髪色は美しいプラチナブロンドで、リュディが金ならば、彼女は銀。リュディのように芸術的に美しい、というわけではなく、どことなくかわいさを感じさせる顔。胸は姉さん程大きくは無いが、メイド服から自身の存在を強調しているのを見るに、それなりに大きいだろう。カトリナごときとは比べるまでも無い。
「お名前を頂戴してもよろしいでしょうか」
彼女は俺の探るような熱視線を気にせず、まるでマシーンのように淡々とそう言った。
「瀧音……幸助です」
「瀧音幸助様、登録されました……。瀧音幸助様、メイドナイトシリーズのご契約ありがとうございます。さて申し訳ございませんがダンジョンネットワークとの接続が遮断されているため、現状の確認を行いたいのですが……」
と言われるも、分からない。何が分からないかって、何もかもが分からない。そもそも。
「ええと、ダンジョンネットワークってなんですか?」
マジエロではこんな会話は無かったはずだ。『運命の相手が目の前に現れました』なんて言って、主人公の狭い部屋に居座り、かいがいしく世話をしてくれる。それもいきなり忠誠度が最大どころか限界突破している押しかけメイドだ。
なんでこんな感謝するのかと思いきや、それは「このまま起動すること無く、ずっとダンジョンで置いておかれる可能性もあったから」と彼女は言ってくれる。まあ仲良くなると特殊なサブイベントで「実はあのとき言ったことは建前で……魔力登録をした人に忠誠を誓うふりをするのが義務づけられているんです」と暴露されるのだが。その後の台詞「でも今は貴方のことが……」に落とされる人多数(俺含む)。
「ダンジョンネットワークです……が?」
彼女は少し不安そうにそう言ってきた。
正直に言えば、彼女に関して違和感だらけではあった。そもそもマジエロで彼女が封印されていたのは、魔石に近いクリスタルのような古代魔技術の封印結晶であったはずだ。数千年前に作られた封印結晶は、当時最高の技術で作られたホムンクルス『メイドナイト』を封印していた。
がしかし、今回見た物はなんだ?
アレは羽毛の卵であり、クリスタルではない。そしてこの場所だ。マジエロではこんな草原なんて無かった。
そしてタイプが五種類有るのもまた訳が分からない。
「ダンジョンネットワークはダンジョンネットワークです…………え? 瀧音幸助様、少し失礼いたします」
彼女は浮いたまま俺の側に近づくと、俺の手を取る。
ほんのり冷たい彼女の手から、俺の手を伝ってなにかが入り込み始める。なにかが入り込んでいるにもかかわらず、それは不快では無かった。むしろ元々あった物が戻ってきているような不思議な気分で、安心感があるというか心地よいという気分だった。
「…………」
「あの、大丈夫ですか?」
口を半開きにして絶句する彼女に俺は声をかける。
「し、失礼しました。少し思考を整理する時間を頂けませんか?」
どうやら落ち着いて考えなければならないのは、俺だけではなく彼女もらしい。
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一端落ち着いてから、情報のすりあわせを行い、分かったことは
「つまり、根本的におかしい」
と、いうことである。
「その通りですね」
本来は彼女の「メイドナイトシリーズ」は、ダンジョンの管理者に近しい者などと契約されるはずらしい。それなのに一般的な人間にしか見えない俺が契約できたことは理解不能であるといわれた。また俺の持つ潜在魔力量もまた、理解不能と言われてしまった。
さて、ここで俺の疑問である。ダンジョンマスターとはなんぞや。
「ダンジョンマスターはダンジョン界ではダンジョンの管理者を指します。地上の一部ではダンジョンを多数攻略した者もそう呼ばれることがあるそうですが、今話しているのは前者です」
なんて説明されても困る。マジエロに置いて『ダンジョンマスター』という言葉は、そもそも登場しない。マジエロにおけるダンジョンは、攻略するだけなのだ。管理する者の事なんて、これっぽっちも登場しなかったはずだ。
「ご混乱されるのは分かりますが、余り詳しいお話は、個人的な理由によってためらわれます」
「ええと、どういうことですか?」
「実のところダンジョンマスターに関する情報は、ダンジョン社会においては問題なく話せるのですが、一般人間に公開して良い情報ではありません」
まあそれは。
「世界のダンジョンに関する理解度合いから考えれば、それは理解出来る。『ダンジョンとは何かを考えることは、死とは何かを問うようなものだ』なんて言われてるぐらいだし」
この世界に来てから、ダンジョンに関する本を読みあさった。しかし格言があるくらいダンジョンについては理解出来ていないことの方が多い。
「基本的に接触を断っているから情報が回らないのでしょう。ダンジョン経営者や管理者が6階級の者と接触するのは非常に希です」
また、訳の分からない単語が出てきた。なんとなく察せるが。
「6階級というのは?」
と俺が言うと彼女は少しばつが悪そうに、口を開く。
「ええと……その辺りの話には、先程お話した一般人間に公開してはいけない事項が多数含まれているため、ええと、運が悪ければ私が商会に処分される可能性があります」
「要するに禁則事項って事か……なら、それに関しては話さなくて良い」
処分というのがどういった内容なのかは分からないが、彼女にとってマイナスであることは確実であろう。
彼女は依然としてばつが悪そうな顔で、言葉を濁したりためらいながらも、口を開く。
「いずれ明らかになるであろうことなので、その。先に申し上げておきます。私と瀧音幸助様の魔力パスはすでに開通済であり、私の雇用主は幸助様に設定されてしまっています」
ええと、
「つまり?」
「私は逆らうことが出来ませんので、全て吐けと言われてしまえば、私は全てを申し上げるでしょう」
なるほど。契約とはそれほどまでに重い物なのだな。ダンジョンについて知りたければ、命令次第でイケると。でもなあ。
「いや、そこまでして欲しい情報でもないから。一般人に話せる程度で話してくれれば良いよ」
と俺が言うと
「恐れ入ります」
そう言って礼をした。





