48 初心者ダンジョンRTA
個人的な意見では有るが、何かを得るためには何らかの代償を払う必要があると思う。それは基本等価交換ではないかも知れない。より多くの代償を払って、得るものが少ない可能性もある。
しかしその代償が自分にとってちっぽけなものだったなら、それを払うことをいとわない。
だからこそ俺は先生からの評価と数学等の一般科目の授業を捨て、初心者ダンジョンの前に来ている。本来ならば授業の時間だからか、学生達は居ない。午前の授業を捨ててまでダンジョンに潜る切羽詰まった生徒もまだ現れるころでもないし、妥当といえる。
俺が学生証を手に取り、魔力を込めて文字を実現化する。それを受付の男性に見せると、彼は口を一文字に結び、むむ、と何かを言いたそうな顔で学生証から表示された文字を凝視した。
彼がそんな顔をしているのは、一応の安全が確認されたとはいえ、ダンジョンに一年生を一人で送って良いものだろうかという葛藤だろうか。それとも、もうすでに10層を攻略していると言うのに、なぜ初心者ダンジョンに潜るのか、と言う疑問だろうか。
どちらもあったかもしれない。相変わらず魚の小骨がノドに引っかかったような顔をしていたが、何も言わずに通してくれた。
俺は魔法陣の中に足を踏み入れる前に、スマホを用意する。そしてストップウォッチのアプリを起動すると、転移魔法陣の起動と共にスタートボタンを押した。
タイムアタックにおいて重要なことは、いかにして無駄を省くかである。ゲームでのタイムアタックで大抵無駄になることの一つは、ザコとの戦闘である。もちろん経験値が必要な場合は狩ることもあるが、基本は無視だ。そして効率よく経験値を貯められる場所で戦闘を行う。
今回の場合は道中の経験値稼ぎ(LV上げ)は一切必要が無いため、俺は敵を全無視して、次の層へ行くことになる。
「ギョギョッ!」
勢いよく走り去る俺を見て驚くギョブリンを尻目に、俺は深層へと潜っていく。ただ、道中のアイテムはひろいながら。
さて、ゲームでは休憩など挟まずにダンジョンを駆け抜けることが出来るが、現実では無理だ。何キロも休憩なしに走るなんて、無理に決まってる。呼吸は乱れ、足は棒になり挙げ句の果てに注意力の散漫で奇襲をうける可能性すらある。だからこそ休憩は必要だ。ではどこで休憩するか? 以前三人で雑談しながら食事を取った場所? いや違う。あそこは少し回り道をしなければならない。ならば。
「やっぱボス戦だよなぁ」
5層のボスである剣と盾を持ったゴブリン(ゴブリンナイト)をあしらいながら、俺は呼吸を整える。第三の手と第四の手を適当に動かしてれば倒せる上に、しばらくするとモンスターが再召喚され、魔素(経験値)ももらえる上に、ドロップアイテムも拾える。魔素(経験値)は必要ないが、どこかで休憩を入れなければならないのなら、こうするのが良いだろう。休んでるだけで移動できる乗り物があれば話は別だが、そんなものは現時点ではない。
6層からはザコ敵の面倒さが一段上がる。それは飛行モンスターである。先輩やリュディが居るならまだしも、俺には相性が悪い。相手の攻撃が俺に通らないため、負けることはまずないが、無駄は省くべきだ。もちろん全逃げである。
そのまま6、7、8、9層を通り過ぎ、ようやく10層にたどり着く。そこはリュディ達と一緒にホブゴブリンと戦った場所ではなかった。
俺はスマホを取り出すとストップウォッチを止める。
「一時間二十六分ね、二時間切りは余裕そうだな」
ある時間よりも早く到着することで、行くことが出来る特殊階層。どうやら俺はそこに入ることが出来たようだ。
さて、十層通常階はボス部屋であるのに対し、特殊階は迷路になっている。これがまた非常に面倒な作りとなっていて、初めてプレイする紳士は、紙を片手にメモを残しながら攻略したことだろう。しかし情報が出そろい、RTAされるようになれば、決まったパターンしかない迷路なんて、ただの一本道である。
今回の初心者ダンジョン特殊十層は八つのマップパターンがある。どれもこれも分岐が多くいくつかのマップには無限ループが仕込まれるなど、非常に凶悪な作りになっている。俺も攻略データの出そろっていない初見時には非常に苦労した。唯一の救いはこの階層にモンスターが出ない事だろう。
俺が目指す十一層は、この一層から十層特殊部屋を超えて十一層ボスまでを、ゲーム時間の二時間で攻略しなければならなかった。それはもちろんダンジョンに入ってからである。ちなみに十層特殊部屋到達には一時間四十分以内の制約があり、それよりも遅いとホブゴブリンのボス部屋に転移する。
俺は息を整えると、まっすぐ走り出した。
最初の分岐は丁字路だった。俺は迷うことなく東に進んで行くと今度は十字路が。そこを北に進んで今度も十字路にぶつかる。よし確定、パターンD。で有ればだ。ここからは東南西南南東北。
俺は分岐を迷わず駆け抜けると、先の行き止まりには転移魔法陣が置かれていた。
「アタリ、だな」
俺は時間を確認すると、魔法陣の中に入ってく。
転移した先に居たのはウッドゴーレムだった。そいつは俺の身長を超え三メートルはあろう巨体で、幾つもの丸太が寄り集まって、人の形をしていた。巨人の子供が丸太で人間を作ったらこうなりそうだ。また髪の部分には茶色い葉っぱがもっさりと生えて居るおかげで、より人の形に見える一因となっていた。
さて、どうやって攻略するか。それはもちろんアイテムを使う。
俺は以前手に入れた火の陣刻魔石を取り出すと、ウッドゴーレムに狙いを定めて発動する。以前リュディ達と手に入れたもの、今回手に入れたもの。惜しみなく使う。
すると二つの魔石が光り輝くと、魔法陣が生まれ、火球二つがウッドゴーレムに向って勢いよく飛んでいく。そして着弾と同時に、体中に火が付いた。
ウッドゴーレムには三種類あり、枯れ木ベースの茶葉っぱウッドゴーレムと、緑葉っぱのウッドゴーレム、そして髪の毛(葉っぱ)のないウッドゴーレムだ。このうち茶葉っぱのウッドゴーレムは異様に火に弱く、初級火魔法を連打しているだけで簡単に勝つことができる。
無論俺は使えないし、RTA勢の主人公もまだ使えないだろう。しかしこのダンジョンには、隠しボスに使ってくださいとばかりに陣刻魔石が置いてあるのだ。もちろん利用しない手はない。
俺は燃えさかるウッドゴーレムに、第三の手に土属性のエンチャントを施し、ぶん殴る。そしてたった一度のパンチでウッドゴーレムは地面に倒れ込んだ。そして火を消そうとのたうち回るそいつに何度も何度も何度も攻撃を加えていく。
討伐まで一分とかからなかった。
俺は現れた魔石を回収すると、奥へ進む。そこには翼の生えた女の像があった。俺はその像の前に立つと、頭の中に声が響いた。
-汝、よくぞここまでたどり着いた その偉業を称え汝にスキルを与えよう-
すると俺の体がゆっくり光り出す。
-高速思考のスキルだ。では、励めよ-
と声が響くと同時に足下に魔法陣が浮かび上がる。そして気が付けば初心者ダンジョンの入り口に戻されていた。
「よしっっ!」
俺は握り拳を作り、空へ突き上げる。絶対に欲しかったスキルの一つを得たことで、目標に一歩近づいた。
鞄からスマホを取り出し時計を見る。八時にダンジョンに潜って現在九時四十分という事はだ。一周約百分かかったことになる。まあ上々の記録だろう。
「さてっ」
初心者ダンジョンの11層も攻略したことだし、
「もう一回初心者ダンジョンに潜りますか!」





