46 瀧音幸助の特異性
先輩視点
こんな人間がいるのかと、私が初めて思ったのは実の姉に対してだった。
姉は魔法使いとして一流で、武人としては化け物だった。それで、いつも、いつも負けてばかりだった。年は二歳離れてはいたが、私は二年後にこの強さになれるかと問われれば懐疑的で、そして自分の成長以上に姉は成長しているように見え、これから先姉には一生追いつけないんじゃ無いかとさえ思った。
「雪音は天才だよ、私が保証する」
姉はいつもそう言っていた。でも私は幼いながらも察していた。父や母が私ではなく姉に心血を注いでいたから。理由は分かる。父も母も姉の振るう刀に恋してしまったのだろう。私に構わなくなる気持ちも痛い程わかる。なによりその刀技に一番魅入られていたのは私自身だったから。
姉は天才だ。
一部の魔法ならまだしも、私が刀で姉を超すことは一生無いと言えた。私に才能が無かったわけでは無いと思う。でも、だからこそ私は薙刀を手に持った。なまじ刀に対して微妙な才能があったばかりに、姉のすごさがより強調されて、私に伝わった。私が初めて逃げたのはこの時だ。
さて、こんな人間が居るのかと驚いた最初は姉で、それの四人目は瀧音だった。学園に来て生徒会長という人の皮を被ったナニカに驚き、もはや歴史に残るであろう学園長なんかを見て、これ以上驚くことはないだろうと思っていた。それでも私は驚愕した。
彼は異常である。肉体的にも精神的にも。
瀧音は自虐的に魔法タンクだなんて言って居たけれど、そんなものではない。未だ増え続けるその魔力はタンクなんかではなく、魔力の供給源である『龍脈』と言い換えても良いだろう。正直に言えば、彼が遠距離魔法を使えないと知ったとき、ホッとした。今にしては彼が心底悩んでいることを知っているから、悪いと思っているし、なんとか手助け出来れば良いなとも思う。しかし、時たま思うのだ。学園長以上の魔力で魔法を放出されたら、この学園がどうなるだろうか、と。仮に彼が遠距離魔法を使えたとしても、絶対にそんな事をしないというのに。
瀧音の魔力は化け物だとして、武器の扱いはどうだろうか。彼が振るう刀は、はっきり言って才能は微塵も感じられなかった。それは他の武器を使ってもそうだった。ごくありふれた、一般的な初心者の剣筋だった。
でも、彼には他の人にはない能力があった。それは効率化、最適化の能力と、異常とも言える胆力だ。
あの日のことは今でも思い出せる。木刀を貸して欲しいといわれ、渡して素振りを何度か見た時だ。ああ、才能は無いな。そう思った。
しかし次の日に彼を見て驚愕した。まるで何年も素振りをしてきたような、そんな素振りに変わって居たのだ。しかし武器を打ち合わせてみれば分かる、彼にはやっぱり才能は無い。
私は驚いて彼にどうしてそんなに扱いがうまくなったのかを聞いた。
「え、素振りしてただけなんですけど?」
とキョトンとして、さも当然とばかりにそう言った。
そんなわけ無いだろう。
私は頭を抱えた。普段は頭が回るくせに、変なとこで鈍感になる奴だ。彼の異様な習得速度については、学園長が教えてくれた。
「一日中同じ形で刀を振ってたわよ。ああ、たまに自分を撮影して姿勢の微調整も行ってたわ」
思わず、それだけですか? なんて尋ねてしまった。
「それだけって言っても、幸助ったら暇さえ有れば振っていたし、寝るまで振ってたわよ? それも身体強化を一切切らずに」
と、話を聞いて驚き呆れた。
身体強化なんてずっと使えるものではない。私だって使い続けることは困難だし、毬乃さんだって不可能だろう。それでいて素振りをし続けると。おかしい。常に全力疾走しているようなものだ。それを一日中?
しかし、と私は思う。
普通に素振りするのと、身体強化して素振りするのは後者の方が経験が多いとされている。それは以前までは伝承みたいなものだったが、今ではしっかり証明されている事柄だ。
私はふと思った。
もしこれをずっと続けていれば?
ブルリ、と体が震える。彼は京八流究極奥義の一つを習得できるかもしれない。技の特殊性故に、あの姉ですら習得は不可能だろうと言われたあの技を。
それから私は必死に瀧音に刀を勧めた。彼が若干引きつっていたのは気のせいだと思いたい。いや現実を見よう。少し引いただろう。しかし引かれたのだとしても、勧めて良かったと思っている。
彼はストールを自在に操り、振り下ろされた棍棒を弾く。そして、ストール右側で盾を、左側で剣を弾き、がら空きの胴体に刀を抜きはなつ。
『居合い』
刀術において基本にして奥義とも言われる技だ。この技は大抵誰にでも使える。だけど初心者と熟練者では威力が全くもって違う。鉄すら斬れない初心者も居れば、ドラゴンの鱗やミスリルすら斬る刀術使いもいる。木の棒で鉄を切り裂く達人もいたそうだ。
本当に刀を振り始めたばかりなのか? 姉の師匠をよく見ていた私がこの距離で、なんとか目で追える? やっぱり瀧音はおかしい。
「え、嘘? 一撃?」
取り巻きのゴブリンを危なげなく狩っていたリュディが驚きの声を上げる。綺麗に真っ二つにされたホブゴブリンは痛みを感じるまもなく、粒子と魔石になって消えていく。
乾いた笑いが口元に浮かぶ。私や紫苑が苦戦した10層の階層主、ホブゴブリンは一撃らしい。しかも彼は初回のダンジョン攻略でこれを成し遂げたのだ。とはいえ五層の階層主ですら圧倒していた時点で、この結果は簡単に予想できていたが。
さて、褒め称えられる出来事であるはずなのに、リュディは不機嫌な様子で瀧音の元へ向う。
「私の分も残しなさいよ?」
「いや、お菓子じゃないんだからさ……」
どうやらリュディは消化不良のようだ。確かにあれだけ戦闘前に気合いを入れていたというのに、瀧音が一撃で倒してしまったのだから仕方ないのかもしれない。とはいえ、リュディのストームハンマーでも直撃なら一撃だと思う。
それを考えればリュディも学園一年生では凄まじい能力を持っている。こちらは生徒会長や学園長がいるから、あまり大きな驚きをうけないが。
なぜかリュディにラーメンをおごることになった瀧音に私は声をかける。
「ラーメンは私が二人におごろう。いや、素晴らしい攻略だった」
「本当ですか先輩。いや、さすがです。どこぞのエルフとは違う。これからは女神先輩とお呼びしますね!」
と、瀧音が言うとリュディは満面の笑みを浮かべ、思い切り彼の足を踏みつけた。私はリュディをたしなめて、奥に進む。その先にあったのは一つの木箱だ。リュディはそれを開け、中に入っていた魔石を手に取ると瀧音に確認後、自身の袋にしまった。
私たちはそのまま帰還用の転移装置に向う途中、瀧音がスマホを手に変なつぶやきを漏らす。
「……どこまで縮めれるか分からないけど、RTAしてみますか」
彼の言っていたことは理解できなかったが、とりあえず何も聞かず魔法陣の中に入った。まあ出た後にラーメン屋ででも聞いてみれば良いだろう。
帰還した私たちはやけにそわそわした様子の教師に報告を行う。話しながら辺りの様子を見ればおかしな行動をしているのは彼だけではない。教師と上級生達もだ。
「――であり十層まで攻略いたしました。報告は以上です。……それと皆さん慌てた様子ですが、何かございましたか?」
教師は風紀会副会長のアナタなら、とこっそり教えてくれた。
「それが……ダンジョンに魔人が出現したらしいんです」
ラーメンをおごるのはまたの機会になりそうだ。





