125 黄昏の道②
2019/10/15 更新2回目
ギャビーは顔を蒼白にしていた。
無理もない。意気揚々とダンジョン攻略をしようとしたら自分のミスで奇跡を起こして、何があるか分からない隠し階層に転移させてしまったからであろう。それにあの高さから落下したら普通は死ぬと思うし。
正直に申し上げれば、今すぐに彼女を抱きしめて大丈夫だと耳元でささやきたくなるも、もちろんそんなの出来るはずもなく、場合によっては結花にボコボコにされる案件である。
未だに動揺しているギャビーを座らせると「さっきのことは気にするな」と言って落ち着かせ、結花と二人フロアの様子を探る。
ダンジョン『黄昏の道』はゲームと同じくオーソドックスな洞窟型ダンジョンのようだ。壁、天井、足下、すべてが石で出来ており、場所によっては足場に注意しないといけない。
またいつも通りよく分からない光源でフロアが照らされているから、灯りの心配は無い。
通路の先をぼうっと見ながら、腕の中で暴れていたギャビーを思い出す。
彼女のあだ名がギャビーに定着したのは、なぜか叫び声が「ギャー」と聞こえるからが一番の理由であった。もちろんガブリエッラが英語圏であだ名にするときギャビーになるから、という理由もあるが。
「うーん。先に進むしか無さそうですねぇ……脱出アイテムも反応しないですし」
ぼうっと次のフロアへ進むための通路を見ていると、落下したフロアを調べていた結花がそんなことを言いながら近づいてくる。
「特殊な階層なんだろうな」
一部ダンジョンや特殊な階層では脱出アイテムが無効化される事がある。
「前のフロアは駄目ですね。あんなの登れないです。このあたりがセーフティーゾーンになっているぽいのが不幸中の幸いですね」
まあ登れたところで、ここへ来れたのは転移魔法陣のおかげで、穴から落ちるだけの落とし穴では無い。よって出口がある確証も無いのだが。
「大変申し訳ございませんわ……」
俺と結花が話していると、先ほどの威勢が完全に失われたギャビーが、しょんぼりとした様子でそう言った。
「さっきから言ってるだろう。気にするなって、こういったことは起こりえるんだから」
ギャビーは見た目とは裏腹というべきか、かなり真面目で責任感が強い。
だからこそ式部会には合わないとも言えるが。
「ポジティブに考えよう、ガブリエッラさんは多分誰も知らない隠し部屋を見つけた。まだ見ぬ宝があるかもしれないぞ」
「そ、そうですわね。私は隠し部屋を見つけたんですわ……」
だめだ。言葉とは裏腹にめっちゃ動揺してる。てか言葉も震えてる。
結花は心からギャビーが謝っているのが分かっているのだろう。今の彼女を責めるべきでないことも理解している。だから普段の笑顔のまま口を閉じ何も言わない。ただし苛立っているのは確実で、先ほどからギャビーのフォローをする度にこっそり俺の体をつねってくるのはやめて欲しい。
ただ意外なことに、結花はギャビーのように意気消沈したり慌てている様子はない。慌てられるよりかはもちろんよいのだが、なぜこんなに彼女は落ち着いていられるのだろうか? 俺はこの先を知っているからともかくだが、彼女には何も伝えていないのだから不安がってもおかしくは無い。
「結花を見てみろって、最後は結花がとどめのキー踏んでたのにこんな態度だし」
「っはぁーっ? 瀧音さん何言ってるんですかー?」
あの、ギャビーの罪の意識を軽減させるためにわざと言ってるだけです。貶めるつもりは全くございません。お願いですからあまり怒らないで。てかお前空気読めるだろ!
「……まあ確かにそーですけどっ!」
「そ、そうですわよね! 結花さんが踏まなければ発動しませんでしたもの!」
やめてっ、背中つねらないで、ねじらないで!?
「そっ、そうそう! とりあえず、さっさとこんな所脱出しようぜ。ななみ達も心配してるだろうし」
「そーですねぇ。はー、さっさと脱出しましょう」
プリプリしながら歩き始める結花を追いかけ、先へと進む。
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「なーんか変な気分ですね」
「何がだ?」
「このメンバーでチームを組んで戦闘していることが、ですよ」
そう言って彼女は『砂かけ婆』の懐に入り込むと光属性をまとったガントレットで腹パンする。そして体が少し宙にういた砂かけ婆に、格ゲーみたいな超人的な動きで連続攻撃をたたき込む。
ただ、砂かけ婆を攻撃するのをモンスター達が黙って見ているわけでは無い。同時に現れたモンスターであるインプは結花を狙い、下級の闇魔法を唱えていた。
「瀧音さん」
もちろん言葉を全部聞く前にもう動いていた。ストールを展開し魔法を弾くと、かわいらしく憤慨するインプに近づこうと足を前に出そうとしたが、後ろから追い越すように飛んで行く光槍を見て足を止める。
「変な気分ですって? それはわたくしのセリフですわ」
光属性中級魔法『光槍』は術者の能力によって、飛んでいく槍の数が変わる。まだ1本だけとはいえ、この時点で中級魔法が使えることはエリートの証である……らしい。ギャビーがそう言っていたからそうなのだろう。
光槍を受けたインプは壁に激突すると、体がゆっくりと魔素に変わっていく。
弱点で攻撃されたインプを見て思わずため息をつく。……これ、どう考えても俺へのハンデだろうな。
『砂かけ婆』『インプ』さらにはここの奥にいるボスさえも光魔法が弱点のモンスターであるときた。そして普通に黄昏の道5層まで潜る場合でも、登場するモンスターは全員光魔法が弱点である。
それはもろに光魔法が得意な結花とガブリエッラが輝くダンジョンということである。まあ接近が得意な結花、遠距離が得意なギャビーと、得意な距離に違いがあるが。
「おーほっほっほ! 見ましたか、私の力を!」
「あーはいはい、すごいですねぇ」
ったくこの先何があるか分からないのに中級魔法なんて使って。何考えてんですか? なんて隣でつぶやくのを聞いて思わず苦笑する。個人的にはだんだんと普段のギャビーらしさが戻ってきて安心しているのだが。それに魔力不足になったら俺が魔力を譲渡すれば良いだけでもある。
言い争いに発展しなさそうなのを見て、魔素となって消えていく砂かけ婆のそばへ移動する。
初めてゲームでこのモンスターを見たときは、これが砂かけ婆とは思わなかった。普通は名前から見た目はしわくちゃの婆を連想するだろう。
まあ、ボロボロの白く長い髪に、深い皺が刻まれた顔は老人っぽさがある。しかし口がやけに大きい上に、牙が生えているし、頭には小さな角も生えている。
こんなの鬼にしか見えない。
小さな魔石を拾うと二人と一緒に先へと進む。
それから数十分探索をした頃だろうか、やけに大きな扉とセーフティルームを発見したのは。
「ボスフロアですか。思ったよりも短いですね」
「そうですわね。初心者ダンジョンに比べても短いですわ」
探索を始めてから1時間もせずにボス部屋の前にたどりついたからだろう、結花もギャビーも驚いている。
「転移型のトラップにはよくある傾向の一つらしいぜ」
転移トラップにはいくつか種類がある。
一番多いのが、同じ階層のどこかに飛ばし迷わせるトラップだ。これは単純に同フロアであるから脱出用アイテムを使って脱出できる。
二番目に多いのが、このような独立したイベント階層や、モンスターフロア等に飛ばされることだ。イベントフロアやモンスターフロアではそのフロアをクリアすることで元の階層や転移した階層よりも深い階層に進むことが出来る。
もし元いた層に戻る場合はその場所が狭く作られていることが多く、そして深い階層へ進むことが出来る場合はかなり広めに作られていたり、モンスターの出現量がおかしかったりする。
多分ゲームのバランス調整の結果そうなったんだろう。
このイベント階層は転移した層に戻るタイプで、例に漏れず狭い。
「この先何がいるんでしょうね……」
「何が現れても大丈夫ですわ、この私がいるんですもの! おーほっほっほ!」
「まあ、このメンバーなら大丈夫だろうが……。気を引き締めていこうぜ」
そう言って俺は、ストールに光属性のエンチャントを施した。そして扉を第3の手で押す。大きい扉の割にはあまり力は入れなくて良かった。むしろ自動で開いたような感触さえあった。
開いた扉の先には広い空間が見える。それは小学校のグラウンドくらいか。
魔力を活性化させ扉に入り、数歩進んだところで上空から雄叫びが聞こえた。
「ォォオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオン!!」
体を突き抜けるような声だった。心臓から爪の先まで同時に電気を浴びせられたような、そんな錯覚を覚えた。
まもなくして空から黒い炎の玉が降ってくるのが見え、すぐさまストールを展開する。そして呆然と空をみていたギャビーと、腕に魔力を込めていた結花を両腕で引き寄せた。
しっかり光属性でエンチャントを施したことがよかったのだろう。ストールに当たる度、火に水をかけたようにジュワジュワと音を立てながら消え、1つだけギャビーの目の前に落ちた。
そしてギャビーの目の前に黒炎が落ちると同時に、1体のモンスターが空から降り立つ。
「……っ! くっさぁーっ!」
結花が鼻に手を添えながら、表情をゆがめる。
あたりに立ちこめるは腐乱臭、目の前に四肢を下ろすは漆黒の犬、瞳孔も、虹彩も見受けられない灰色の目。これが。
「朽ちた……ヘルハウンドか」
ご褒美はボス戦後です





