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113 図書館にて聖兄妹へのネタばらし

 

「はい、伊織君」

「ありがとう、さくらさん」


 伊織に連れてこられたのは図書館の一室だった。

 どうやら伊織は生徒会イベントの一つでもある図書館整理の手伝いをしたのだろう。この場所が使える上に、司書のさくら瑠絵るえさんからコーヒーを出してもらえるというのは、そういうことだ。伊織は伊織でしっかりイベントを進めているらしい。

 俺もうかうかしていられない。


「はい、瀧音君……噂は聞いたわ。式部会は大変だろうけど、がんばってね。私に出来ることがあれば」

 ぐっとファイティングポーズをして、にこりと笑う。

「お手伝いするから」

「ありがとうございます」

 そう言って桜さんは退室していった。学園の教師達はもちろん式部会の活動内容を知っている。それは司書の桜さんも同様だ。

 だからこそ桜さんはこの場所を提供してくれたのだろう。


 ただ伊織はまだ知らないはずだ。一応それらしき根回しはしたから入会発表と併せてある程度察したと思う。そして今真意を聞こうとしている、と。そしてそれが一般生徒には内緒にされていることを理解している。だから桜さんに頼んでここを使わせて貰ったのであろう。

 

「砂糖足りるか? ななみから分けて貰ってたんだ」

 少しだけむすっとした伊織だったが、葛藤し、不承不承といった様子で彼は頷いた。砂糖は欲しいようだ。

 

 俺は収納袋から様々な形の砂糖が入った瓶を取り出し、伊織の前に出す。

 普段なら、ななみが何も言わずに用意してくれそうだが、色々考えて家に帰らせたため居ない。今頃はスキル取得の準備をしてくれているはず。してるよな?

 

 伊織は蓋を外すと星、月、ハート、正方形等々、かわいらしい砂糖をこれでもかと入れていた。

 面白いことに義妹である結花もその様子には引き気味だった。


「わ、わあ、かわいらしい砂糖ですね」

 伊織が使い終わったのを確認して、今度は伊織に引いている結花へ砂糖を渡す。

 彼女は「もースティックシュガー入れちゃいましたよ!」なんて言いながらも1つだけ入れるとスプーンで軽くかき混ぜた。


 スティックシュガーあるなら同じく十分だと思う。でもさ、お前の兄貴はスティックシュガー入れた上で数倍は砂糖入れてるんだぜ。

 

「かわいいだろ? ななみから貰ってな。少しなら分けてやれるぞ。聖家ではそれで足りるかは知らないが……」

 俺と結花の視線が伊織に向く。伊織は何事もなかったように砂糖が大量に入ったコーヒーを口につけた。5個から先は数えてない。糖尿病にならなければ良いのだが、まあ魔法でなんとかなるのかもしれないが。

 

「…………あとでこっそり頂けますか。どうせ私たち寮ですし会わなければ使われないです」

 目に付く場所にあれば使うのだろうか。もしかして直で食べるとか? いやさすがにそれはないか。ないよな……?

「聖家の日常が気になるぜ……」

 ゲームじゃ伊織も結花も基本寮暮らしだからな。そのあたりの描写はほとんどない。


 俺がそう言うと結花は表情をぱっと明るくした。

「え、もしかして私のこと気になるんですか?」

 そういう意味で言った訳ではないことを、結花自身が知っているだろうに。にこぉぉぉっ、とかわいらしい笑顔を浮かべながら少し身を寄せ……それどころか椅子を寄せて結花はツンツンと俺の腕をつついてくる。


 そういうのマジやめて欲しい。可愛すぎてニヤニヤしちゃうから。

 まあ、聖家のことは気になるか気にならないかで言ったら、とてつもなく気になります。

「気になるけれど、今はそれ以上に気になるのがあるからなぁ」

 

 そう言ってはぐらかす。

 結花はわざとらしくキャ♪なんて言うと、

「しょうがないですね、なにから聞きたいですか? 私のーー」

「結花」

 だけどそれ以上話すことはなかった。見かねた伊織が注意すると、渋々ちょっかいをやめ俺の隣に座った。結花さん、なんか距離近づいてない?


 結花が座るのを見て、伊織はため息を吐くとようやく本題を切り出す。

「瀧音君はどうして式部会へ?」

「まあ察してんだろ。そのとおりだよ。それともなんだ、未だに式部会が悪の組織だなんて思っているのか?」

 そんなわけがない。明らかに伊織は確信を持ってる。だからこれだけで分かるはずだ。


「やっぱり……」

「おう、すまんな心配かけちまって。まあ本来は言っちゃだめだから詳しくは言えないな。だから濁す程度で我慢してくれ」

 まあ、実情を知ってる人は三会以外にもいくらか居るんだけど。ツクヨミ新聞関係者とか。

「やっぱりそうだったんだね……」

 もぉー! と怒っているような安心しているような声を出し、俺と目が合うとはははと二人で笑う。


「やっぱ一部の奴にはバレバレだよな……」

「もちろんだよ。そもそも幸助君ってば、僕やオレンジ君達に『無視か仲が悪いフリをしてくれないか』って頼んでるんだよ?」

 クラスメイトなどに最低限の根回しは必要だったからな。オレンジとか「式部会? お前はお前だろ」だなんて俺に声かけてくるのは予想できたし。あいつ人妻趣味以外はいいやつなんだよな。


「まあ俺が言わなくてもすぐ詳しく知ることになるさ」

「えっ? どうして?」

「生徒会、狙ってるんだろ?」


 伊織は真剣な表情で頷く。

「入会できるかは分からないけど、頑張ってる」

「入れるさ、入れないわけがない。それは俺が保証する」

「そう、かな?」

「ああ。三会については入会後にモニカ会長やフラン副会長に聞くと良いぜ」


 伊織は分かったと頷くと大きなため息をつく。そして急に脱力して椅子に寄りかかった。


「……どうした? もしかして会長達と何かあったのか?」

「ううん、ちがうんだ。会長も副会長も優しくていい人だよ。そのことじゃないんだ」

 そう言いながら、少しだけ姿勢をただす。

 

「なんだか安心したんだ」

「安心?」

「幸助君がそういう人じゃないのは分かってはいたから」

 伊織は頬を緩ませにっこり笑う。


「幸助君から直接聞けてすっごく安心したんだ」


「…………すまん。また心配かけちまったな」

「ホント、よかったよ。まあ前回に比べたら手順踏んでたから許してあげる」

「おいおい、許してあげる、だって。なかなか言うようになったじゃねえか」

 最初は何でも伺ってばかりの受け身だったんだけどなぁ。


 伊織はえへへっと笑うと。

「まあね、僕だって成長してるんだから」

 そう言って胸を張った。

--


 それから少し談笑していたが、どうやら生徒会から呼び出しがあったらしい。伊織は僕が呼び止めたのにゴメンネ、と言い残し慌てた様子で部屋から出て行った。残ったのは

「そろそろ帰るか」

「そうですね」

 俺と結花である。二人でコーヒーカップを片付け、桜さんにお礼を言うと一緒に図書館から出る。そして、じゃあなと言おうとしたときにふと思った。


 そういえば彼女の初期イベントは終わっているのかと。彼女の行動を見るにもしかしたら。


「そうだ。結花」

「? どうしたんですか? そんな真剣な表情で見つめて?」

「もし、だ。もし困ってるなら俺の名前を出すといい。最悪、毬乃さん……学園長の名前を出していい。後で俺がなんとかするから」


 そう言った瞬間。一瞬笑顔がしぼんだのを俺は見逃さなかった。多分まだ終わっていない。

「…………ほんと、一体どうしたんですか?」

「まあ、とりあえず頭の隅にでも入れておいてくれ」

 イベントは伊織が解決するだろうが、一応予防線を張っておこう。序盤のイベントだから苦労することはなかったし、すぐ解決するんだよな。


 大変さで言えば聖女やエッロサイエンティストなんかの方がヤバイ。片方はいろんな意味でヤバイ。

 とりあえず、毬乃さんに話を通しておこう。

 

「じゃあ、俺は帰るぜ」

 そう言って結花に背を向け転移魔方陣へ向かって進む。そして門まで転移しようと思ったときだった。


 ぐっとストールを引っ張られたのは

「待ってください」

 陰りのある笑顔の結花からは、ほんの少しのためらいもうかがえた。

「知って、るんですか?」

「いや、なんか抱えてそうだなって思っただけだ。でなければこんな俺にアプローチする奴なんていないだろ?」

 もちろん全部知ってます。ゲーム通りならではあるが。

「その、ですね?」

 と結花が話を切りだそうとした瞬間だった。


「み、見つけましたわっ!」

 叫び声が聞こえたのは。

 

「やっとやっと、み、見つけましたわっ!」

 ………………ついに来たか。もう、姿を見なくても良かった。その声だけで彼女が誰か理解した。

 来ると思っていたさ。エロゲの幼なじみヒロインが実は処女であるくらいの確信があった。


 結花と一緒に振り向くと、そこに居たのは案の定彼女だった。

 リュディよりさらに黄色みがかった金髪。それをまるでクロワッサンのようにぐるぐると巻いた特徴的な髪。成金を思わせる高そうなアクセサリー。

 また手には彼女の得意武器である日傘が握られていて、わなわなと小刻みに震えていた。


「探しましたわ……とても探しましたわ!」

彼女のことは、好きか嫌いかで言ったら嫁である。そもそも彼女みたいなお嬢様キャラはゲームが違えど全員大好きだった。


「ぅぅぅぅ、いつ訪ねても学園にはいない……いつもいつも居ない。学園に来たと聞いて教室に行ってみればいない!」

 それに関してはすまない。元々学園に来ないのもあったけど、ベニート卿に根回し終えるまで実はなるべく避けて行動していた。

 でもちょっとストーカー入ってないですかね?


「テストに全く出ないのに学年一位だなんて……」

 まあ、総合評価はそういう仕組みだから仕方がないんだが。

 

「それに学年一位の後は式部会入りだなんてっ! 姑息な真似をしたに違いありません!」


 なんだろう、来ると分かっていたからだろうか。すごい言いがかりをつけられてるんだがストレスを感じず、心が落ち着いている。


「あろうことかお兄様まで…………キィィィ! 言っ語道断っですわっ! あなたは私をこれ以上ないくらいに怒らせましたっ!」

 ……あ、これベニート卿が下手打ったパターンだ。さらに怒らせたまである。あとで『ゴメン、だめだった!』なんてメッセージが飛んできそうだ。せっかく今日もお願いしたというのに。

 

「私は……そのようなこと、断じて、断じて許せませんわ!」

「いや、ズルはしてないんだが……」

「嘘をおっしゃい!」


 あ、こりゃだめだと心の中でため息をつくと、激高する彼女から視線を外し結花の様子を見る。

 彼女は普段の笑みが消失していて、あっけにとられているようだった。まあ、ギャビーのインパクトは強いから仕方がないな。


 …………それにしても面白い状況だよな。

 

 式部会メンバーの俺『瀧音幸助』。

 式部会へ入会する可能性があるベニート卿の妹『ギャビー』。

 そしてイベント次第ではあるが、三会どれにでも入会することが可能なヒロインであり聖伊織の妹『結花』。


 まさか式部会に関連するキャラがそろってるだなんて。


「瀧音幸助っ! わたくし、ガブリエッラ・エヴァンジェリスタと正々堂々勝負なさいっ!!」


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