俺の愛を受けてみろ
妾の必殺技『七色禰射屡』は胸に七つの穴を空ける。なぜ指は五本しかないのに七つもの穴が空くのか。そんなことは妾に聞かれてもわからぬ。兎にも角にも目の前のオトコはボロボロじゃ。黒い学生服は七つ並んだ穴だらけ。今にも砂の上に膝をつきそうで、しかしつかぬ。
校庭を晩秋の風が吹き抜ける。全校生徒が我らを囲み見守る中、くふふ、と嘲笑を浮かべ、見下しながら、妾は奴に言葉をかけてやった。
「悪あがきはよさんかえ。さっさと敗北を認めたほうが楽じゃろう。早う膝をついてしまえ」
風に靡く妾の黒髪とセーラー服を睨むように見上げ、くずおれかけていた体をオトコは持ち上げ、また立ち上がった。見上げた根性じゃ。今時のオトコにしては珍しい、その根性だけは褒めてつかわそう。根性『だけ』、の(笑)。他に褒めるべきところは塵ほどにも見当たらぬ。奴の繰り出した必殺技はすべて力任せの、いかにも馬鹿なオトコらしい、粗雑なものじゃった。すべて妾には通じんかった。カウンターで悉く我が力に変えさせて貰ったわ。
生徒会長、燃アキラ。ようやく此奴を葬れる。屈強な肉体のオトコが妾の前で息も絶え絶えになっておる。あっはあん……たまらぬ。
「風紀委員長、水星ヒミコ……」
血で汚れた奴の唇が妾の名を呼んだ。
「まだだ……。まだ、俺は倒れん」
汚らしいその口が名を呼ぶことを妾は許してやった。優しいのじゃ。粗暴なオトコなどとは違っての。というより、一体、女子に敵う部分など、オトコなんぞに何があろう?
「ふん。負け惜しみはよせ」
妾は腕を組み、奴を見下ろしてやった。
「貴様にもう力が残っておらんのは一目瞭然じゃ。デコピン一発で倒せるわ」
そう言いながら、妾は奴の攻撃を待った。
女子最大の弱点は腕力。それだけはオトコにはどうしても勝てぬ。妾の握力は21.5kgしかない。それでどうやって敵を倒すか? カウンターじゃ。相手の力をすべて我が力に変換する。弱点を克服した女子は完璧じゃ。くふふ。負ける理由がどこにもないのう。
生徒会長、燃アキラは言った。
「俺は……まだ、とっておきの……最後の必殺技を残している」
「ほう?」
その言葉に、妾の女子としての優しさがつい、発動してしもうた。
「ならば慈悲じゃ。見せてみよ。無抵抗で受けてやるわ。貴様の最期の攻撃、妾は避けずに一発だけ喰らってやろう」
まあ、どんな攻撃が来ようと、すべてこの柔らかい身体で吸収してやるだけじゃ。傷一つない、この身体での。この闘いの中、ずっとそうして来たように。そして絶望に満ちた奴の顔を、カウンターの掌打で砕いてやろう。
奴を倒したら、妾は生徒会長と風紀委員長を兼任し、この学園を支配する。やっと念願の時が訪れるのじゃ。女尊男卑の学園社会をこの世にもたらすのじゃ!
楽しみじゃのう。
「なん……だと……?」
生徒会長、燃アキラが笑ったように見えた。
「俺の攻撃をすべて……無抵抗で受けると言うのか……時間が停まったようにか」
「慈悲じゃ」
妾も余裕で笑い返してやった。
「嘘は言わん。ただし、一発じゃ。二発目を繰り出した時、貴様の生命は終わり、グラウンドの上の屍となっておることじゃろう」
「ならば……」
奴が妾に向かって、歩き出した。
「俺の愛を受けてみろ」
奴はヘロヘロだった筈じゃ。気力満々で歩いて来る姿に少々気圧されはしたが、恐れるに足りぬ。
『俺の愛を受けてみろ』じゃと? オトコに愛などあるものか。あるのは暴力と肉欲のみじゃ。愛とは崇高なもの。それは女子にしかわからぬものじゃ。オトコなんぞにわかってたまるか。笑わせる。
奴の乱暴な腕が腰に回って来た。ほほう、鯖折りか? 妾の柔らかい身体で吸収してやるわ、そんなもの。
奴の唇が妾の唇を塞いだ。
意外に優しかったが、ふん、屁ほどにも効かぬわ、こんなもの。言っておくが妾のこのツルッツルに磨いた唇は、貴様ごときのためのものではない。貴様はよく戦った。これから死に逝く者への最期の褒美じゃ。この世の別れに世界一輝く宝石に触れさせて貰ったとでも思って感謝するがよい。
妾は待った。奴の手が動き、破廉恥な部位へ伸びて来るのを。そこにカウンターの掌打を顔面にくれてやろう。それで終わりじゃ。
しかし奴は唇を離すと、妾の身体を強く抱いたままじゃ。炎のように熱い眼差しでじっと顔を覗き込んで来る。焦れて妾は思わず聞いた。
「オイ……。それで終わりか?」
奴はフッと笑い、優しい目をして答えた。
「これで終わりだ」
そんな……!
そんな筈はない!
オトコは火が点いたら止まらなくなるものの筈じゃ!
自分勝手な欲望のままに、女子の柔肌を一方的に穢すのがオトコの言い張る『愛』であろうが!
これで終わりだなんてあんまりだ!
もっと……して欲しい……!
熱く濡れてしまったこの身体の火照りをどうしてくれる!
責任をとれ!
つい、後ろへ飛び退ってしまった。
「貴様は……妾の大親友、織田わにゃにゃを泣かした、にっくきオトコじゃ!」
距離をとって、涙を目に溜めて罵声を浴びせてやった。
「わにゃにゃは可愛い! あんな可愛いわにゃにゃの告白を、貴様はなぜ断った!? 妾の親友をよくも傷つけおって……!」
「まだ……わからんのか」
そう言いながら、生徒会長、燃アキラは、妾にゆっくりと近づいて来る。
「俺が愛するのは貴様だからだ、風紀委員長、水星ヒミコ」
「なん……じゃと……?」
「織田わにゃにゃの告白を断ったのも、それに怒った貴様の勝負の申し出を受けたのも、すべてそれゆえだ」
「まっ……待て……!」
「俺は貴様を愛しているのだ、水星ヒミコーーーッ!!!」
「やっ……」やめてという言葉は、奴の再びの口づけで塞がれた。
硬い、逞しい胸が妾の柔らかい胸を締めつける。やはり暴力じゃ。オトコの言う『愛』など、暴力じゃ。
二発目の攻撃を甘んじて受けてしまった。三度目はない。三度目の正直、カウンターでねじ伏せてやるっ。
「立てるか?」
奴が優しい目をして、手を差し伸べて来た。
戦慄した。いつの間にか地に膝をついていた。
この妾が……。この妾が……。
膝をついたほうが敗北。そういうルールじゃった。
「ふえぇん……」
妾は泣いた。
「俺の勝ちだ」
奴は言った。
「約束だ。貴様が勝ったら生徒会長の座をやる。俺が勝ったら……」
奴は言った。
「お前を俺の好きにする」
奴の言葉を妾は聞いた。
「結婚してくれ」
妾はその言葉を聞いた。
「俺は、生涯、お前しか愛さない!」
取り囲んでいた群衆が騒ぎはじめた。ハッピーエンドを祝福するような、明るい声が妾達を包み込んだ。
ーー 七年後 ーー
もう、許さぬ。奴はまたパチンコじゃ。妊娠5ヶ月を過ぎた妾をほったらかしにして。帰って来たら必殺の『七色禰射屡』で胸に七つの穴を空けてやる。
「ただいまー」と、アホ声が玄関でしたので、居間のパソコンデスクに向かっていた妾は般若の顔でくるりと椅子ごと振り返った。恨み晴らさでおくべきか。
「今日は6万勝ったぞ」
妾の攻撃を胸で受け止めると、アキラは言った。
「焼肉でも食べに行こう」
「この前は7万負けたであろうが! マイナス1万でどうやったら焼肉が食べられるのじゃ!」
妾は歯を剥いてもう片方の手で必殺技を繰り出す。
「貴様は本当に家庭のことを考えてくれておるのか燃アキラーーッ!!!」
もう堪忍袋の緒が切れたわ。貴様をこの場で血祭りに上げて、家庭に女尊男卑の理想社会を実現してくれる。幸い腹におる赤も女児じゃ。産まれ来る赤よ、共にこのオトコという名のくだらぬものを虐げようぞ。
アキラは妾の攻撃をすべて受け切ると、穴だらけになった胸に妾の頭を抱き、髪をぽんぽんと優しく叩いた。
「燃ヒミコ、我が妻よ!」
そう言いながら、熱い眼差しで顔を覗き込み、
「俺の愛を受けてみろ!」
腹の赤ごと妾を口づけで押し倒した。
ああ……。なぜじゃ。妾はなぜ、奴のこの最終奥義を破れぬのじゃ……。




