第8話 お茶飲んで帰るわけにもいかず
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お庭で優雅にテーブルに座ってお菓子と共に紅茶を一杯、するのはメイドのアルカである。私にはお菓子とオレンジジュースがチャラ男から振るまわれていた。
「どうぞ、ゆっくりしていってくださいね」
「あるがとうございますー!」
「かんしゃします」
不平不満に文句や愚痴、言いたいことは山ほどあるが、ひとまずお菓子を口に入れる。なんだかんだ、人間甘いものには勝てない。
「伝え遅れました。あの方はメリダ家で執事兼ノルン様の指導をされております、カルトラ様です。かっこいいでしょう?」
「うげぇ」
「ああ見えて腕っぷしは一人前だそうですよ」
「うそだー」
「ほんとですって」
そう言われてノルンと遊んでいる彼を確認する。確かに、ちゃんと筋肉がついているのが服の上からでも見てとれる。さらに、よくよく見ないと気づかないが、彼の動きにはほとんどの無駄がない。動きが相当に洗練されており、子どもと遊んでいるはずなのに、まるで一種のトレーニングをしている様にも見えてしまう。
「たしかに、すごい」
「でしょう? かっこいいでしょう?」
カルトラの顔面のことはともかくとして、ノルンに関しては非常に残念な体と言わざるを得ない。筋肉はろくについておらず、体の軸はぶれっぶれ、おまけに動きには無駄しかない。しかしそれも仕方のないことだろう。俺、つまりグランの時と同じならば、ノルンが体のトレーニングを始めたのは5歳になってからである。つまり、訓練歴もほとんどなく、今はまだ体を動かす中で鍛えていくといった段階に違いない。
「あれは、くんれんをされているの?」
「いえ、ただ遊んでいるだけかと。確か、メリダ家が訓練を始めるのは6歳からだったと聞いております」
そんなことはなかった。ただ遊んでいるだけかよ。男なら体を鍛えろ。女の私だって鍛えようとしているんだぞ。本当にメリダ家も堕落の一途を辿っているのかもしれない。
「お菓子を食べ終わったら帰りますよ。そろそろお母様も帰ってこられます」
「うん、そうするー」
しかし、本当にノルンの動きは不安しかない。今にもこけそうでたまらない。あぁ、右足と左足が絡まりそうだ。今度は軸がやばいって。
「ステラ様、今度はノルン様を凝視してどうされたのですか。一目惚れか何かですか?」
「そういうわけでは、だんじてな……」
ノルンの体勢はついに限界を超えてしまった。体の軸、足の向き、体重の方向、全てがバラバラだ。あの体勢では並の人間は転んでしまう。あぁ、残念残念。
――ふと、かつての記憶がフラッシュバックした。
――あの日、手を伸ばせていれば…………
その瞬間、私は無意識のうちに重心を前に動かしていた。そして――
「ステラ様!?」
気がつけば私は勢いよくその場から飛び出していた。それも、転けつつあるノルンの方向に向かって。
アルカの驚く声が聞こえるが、最も驚いているのは当の本人だった。
しかし、それは私が動いてしまったことに驚いていただけではなかった。私は自分自身の動きに驚いていたのだ。
「あきらかに……はやい!」
私の体はステラに出せる最高速度で進んでいたのだ。
それは自分ですら認知しない一瞬のうちに最高速度に達したことを意味するが、私が無意識下に行動した時間の短さを考慮すると、その短時間で最高速度に達するのは肉体の動きだけではあり得ない。
これはおそらく……
無詠唱魔法!
その瞬間、まるで泳ぎ方を理解した魚の如く、私は無詠唱魔法を思い出した。どうしてそれが出来たのかはわからない。ただ、確実に使えると理解していた。
そうなれば、今の状況でするべきことは一つ。
「たすける!」
情けないノルンを助けることだ。
今の速度だとまだ間に合わない。私が筋肉によって現在出せる最高速度では届かない。
だから、まだ加速する。最高速を超えて、限界を超えて。
魔法さえあれば、多少の限界なら超えられる。いつだってそうしてきた!
「もうすこし……とどけ!」
背中から強い風を感じる。本来三歳児が出せる速度を大きく超えた私の体は、倒れゆくノルン近づいていき……
「とどいた!!」
「!?」
こける前にノルンに接触することに成功した。
当然ながらノルンの顔が驚愕の表情に変わった。そりゃそうだ。こけそうになった時に人見知りの三歳児に支えられたら誰だって驚くだろう。
でもそれは彼を助ける上で問題ではない。今からすることはたった一つ。ノルンを支えることだ。
「むー。ふぬー」
「!!?」
ただ誤算があったとすれば、やはりステラの体の筋肉は三歳の少女程度であるということだった。
倒れゆくノルンを支えたのはいいものの、当然支えきれず。もちろん、二人を支えるだけの魔法はまだ生成できるはずもなく――
――――――――
「……むぅ」
助けに行ったはずの私はノルンと共に、その場でこけることになった。
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