第56話 タルトで湧く食欲、沸くな歓声の腹音
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本来の道を大きく外れ、しばらく進んで車は停まった。
アルカに連れられて車を降りて、車が通れないような人だかりの市場を進んでいく。
「では行きましょうか」
「行くってどちらに?」
「決まっているでしょう? 寄り道ですよ」
「でもアルカ? 寄り道はお母様から強く禁止されているはずでは?」
「されてますね、それがどうしましたか?」
「されてますわよね!?」
アルカは止まることを知らず、ぐんぐんと進んでいく。何かにつられるようにぐんぐんと。
しだいに人がわんさかにぎわう下町までやってきた。周りがガヤガヤと騒がしい。匂いと臭いが交差して、なんだかいいのか悪いのか、よく分からない環境に包まれる。
私やアルカがこのあたりに来るのはお母様に禁止されている。お母様のお言葉を借りて言葉をクッションで包んだ言い方をするならば、ここはお嬢様らしからぬ場所だと言われている。まあ悪く言えばお下品な場所だと言われている。
さりとて、さすがにアルカを引き剥がして戻るわけにもいかず。私は引き連れられるがままに下町を歩いた。
「よっす、アルカちゃん」「どうも、カルカさん。今日パンの耳、余ってませんか?」
「おーい、アルカ! 今日は寄ってくか?」「ソンヌさん、お久しぶりです。腰治ったんですね」
「アルカばーちゃん!!」「コラ、私はまだ若い!」
下町を進むアルカに、次々と周りが声をかけ、それに彼女は応答していた。会話を聞くに、アルカと面識があるようだ。
「アルカ、ここにはよく来ますの?」
「ええ、たまに」
「禁止されていませんこと?」
「されてますね。でもバレませんよ」
「そういう問題なのかしら?」
メイドとして完璧だと思っていたアルカの像が揺らぐ。私の知らない、メイドらしからぬアルカがそこにはいた。
「さて、着きましたよ」
「フビャア」
店舗すら構えていない、屋台の前でアルカは止まった。あっはい、もちろん周りを見ていた私は急に止まったアルカにぶつかったわけですが。ふびゃあってなんだよ。
「まったく、急につれてきてなんですのよ、ていうかどこですのよここ!」
「見ての通りタルトのお店です。無花果が美味しい季節ですから無花果タルトを食べないといけません」
「それは義務なのかしら?」「義務かと」
彼女は捨て台詞のようにそれを言っては店へと寄っていった。
――――――――
「おう、アルカちゃん、いらっしゃい。今日も休憩かしらね?」
店に近づくなり、そこにいるおばあさんに声を掛けられる。このお婆さんもどうやら知り合いのようで。
「もう、アグラさん、私はいつもサボっているわけではありませんよ。ちょっと時間を潰しているだけです」
「ははっ、そうかいそうかい」
「おー、アルカじゃねえか。なんだ、こんな時間に。って、うん? そこの女の子は誰だい?」
奥からおじいさんがやってくる。どうやらこちらもアルカの知り合いのようだ。というより、アルカは結構この店にくるらしい。
「イコラさん、どうも。この子ですね。この子がステラ様です。私が仕える女の子の」
「ステラと言います、ど――」
「そうかい、よく来たねえ。甘いものは好きかい?」
「ええっと、あま――」
「へえ、この子がステラちゃんなんね。 あ、そうだ、アルカちゃんっていつもどんな感じなのかしら?」「ところで今日は学校かいな?」「こんな細くて大丈夫なの?」
「……ご、ごきげんよう??」
一度に二人からたくさん質問されるものだから、返事に困り挨拶だけすることにした。なんか四個くらい聞かれたけどほんとに二人だよね?
しかしまあ、この慌ただしさというのは、まさに下町のいいところでもあり悪いところだ。
今の私にとって、立場を意識せずに言いたいことをそのまま話してくれるこの話し方は心地の良いものだし、貴族からすればこのように考えなしに話す話し方はひどく無礼に見えるだろうし。
それはそうと、この周りのガヤガヤも相まって、こうやって下町の話し方をされるのは久しぶりで、前世の懐かしい記憶が思い出されるものであった。
「それで、今日は何だい?」
「先週言ってた無花果のタルトはありますか?」
「おう、ちょうど焼き上がったところだ。何個食べる?」
「そうですね、ステラ様と私とで丸々一ホールお願いします。余った分は持ち帰るとしましょう」
「はいよ。なら箱も入れんといかんね」
私の困惑をよそに、また私が文句を言う隙間すら与えられずに、とんとん拍子にどんどんと話は進んでいく。なので仕方なくアルカとアグラさんの話に耳を傾けて、しばらくすると奥から無花果のタルトが運ばれてきた。
「……おおー」
まったりと芳香な無花果の香りが一面に広がる。無花果は、あまりに濃厚なので、夏にたくさん食べるのはしんどいが、少し冷えてきた今ならばたくさん食べられる。こんな時期に実るこの果実はなんて人思いなのだろうか、とさえ思ってしまう。
「ステラちゃんのお口に合うかしらねえ」
グゥゥゥ!
声を出そうとするも、代わりに私のお腹が大きな唸りを上げて返事をしてくれた。というかしやがった。
ここまでお腹を鳴らしてしまったのは、お嬢様を気取ってお昼ご飯を少ししか食べていないことが原因だろう。
「ふふ、ステラちゃん、お腹空いたんだね」
「……もう、アグラさん。よしてくださいな。私は淑女なのですわよ」
「可愛いねえ、ステラちゃん」「もっ……もう! やめてくださいませ」
ここが学校でなかったことに安心する。学校でこんなところを見られたらたまったものじゃない。
「ではステラ様、座って食べましょうか」
恥ずかしく思いながら、机にタルトを持っていきつつ。
……子ども扱いされるのって地味に恥ずかしいですわね、まったくもう。
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