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かつて最強と呼ばれた男は前世の知識と共にTSお嬢様を満喫するようで  作者: 赤木林檎
第1章 幼児編

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第29−1話 もう少しの逃避行

お読みいただきありがとうございます。

 外の天気はしだいに悪化して、ザアザアと雨の音が廊下に響き渡る。

 私とユリスの足音も当然響き渡ってはいるのだが、雨音に比べれば些細な音だろう。そもそも隠密魔法で多少の音は聞こえまい。


「すれ違いでもしない限りバレないぜ、なんせ隠密魔術のプロフェッショナルだ」

「自慢できることではありませんわよ」


 私は雨が降った今もなお、ユリスとパーティから逃げている。ユリスは、隠密魔法もさることながら人間を感知する嗅覚がずば抜けて高く、そのおかげで人がいない道を選んでテクテク歩いている。


「ここはなんのお部屋ですの?」

「知らねえ、使ったこともねえ」

「ここはどういう?」

「昔誰かが使っていた。俺は使ったこともねえ」

「ここ?」「知らん」

「?」「知らん、次もその次も知らん」

「この屋敷どうなっておりますの!?」


 ありがたいことに広大な屋敷であるため、人とすれ違わない道を選ぶのも非常に楽である。


「ところでよ、別にお前も逃げなくてもよかったんじゃないか」

「暇だから付き合えと言ったのはあなたでしょう? 一度乗りかかった遊覧船ですからね」


 それが泥舟だろうと沈没船だろうと、降りるまでは楽しみますわ。


「ま、別にいいけどよ。どうせお前も付き添いから隠れて逃げているんだろうからな」

「ただの迷子ですわよ」「白々しい……」

「安心してくださいませ。怒られるのには慣れていますわ」

「それも自慢できることじゃねえよ」


 実を言うと、私はこの状況をかなり楽しんでいる。

 生まれて今まで、外で付き添いがいなかったことはほとんどなく、適当なことをできずにいた。だから、こうやって呑気に道草を食べられるのはすごく嬉しい。それに、相手は勇者だ。さっきからの雑談で、ところどころ最近の勇者事情を聞くことができるのも非常に嬉しい。


 だからもう少しは楽しむことにしよう。


「ところであなた、自分は逃げちゃダメだって言ってたわよね」

「それがどうかしたのか」


 ユリスは話を聞く限り案外真面目である。真面目だから勇者という役目を背負っている。

 私もそうだった。わたし(グラン)も、あの時は律儀にしたがっていた。


「でも、それは少し違うと思いますのよ」


 四年間という少しの間、ゆっくり窓を眺めていて、少し考えが変わった。


「逃げることじゃなくて、逃げ続けることが悪いことだと思いますの。ずっとずっと逃げ続けて、うやむやにして、なかったことにする、そんなことが卑怯だと思いますのよ。貴方は違う。貴方は逃げるけれど、決して逃げ続けはしない。ちゃんと向き合おうとしている。それだけで十分じゃありませんか」

「それは、勇気のある人間に対しての言い訳にしかすぎない。最強、グラン様とか、正しく人間に対しての良い言い訳だ」


 勇者グランは決して逃げなかった、となっている。その最強は、どのような難しい任務であろうとも、こなして帰ってくると、もっぱらの噂なのであった。


「ああ、あれはずっと逃げていましたわ」

「どういうことだ?」

「っと失礼、子どもの戯言ですわ。聞き流してくださいませ」


 しかし、そんなのは見た目だけだ。グラン(わたし)はずっと逃げていた。いやな現実、いやな過去から。ずっとずうっと、それも死ぬまで。


 もちろん、それはわたし(グラン)しか知らない話。ユリスも私も知る話ではない。


「とりあえず、私の言いたいのは一つよ。逃げられなくなる時、逃げなくてもよくなる時は、きちんとやってくるのですから、それまでは逃げてもいいんじゃありませんこと?」

「まあ、そんな言い訳もありなのかも知れねーな」


 手を繋いだユリスから、肩の力を抜けたことを感じる。

 そう、逃げられない時なんて、そう多くないんだ。いつかきっと向き合うのならば、ちょっとの間くらい逃げたっていい。お菓子休憩を挟んだって、誰も責められないはずだから。


「じゃ、お嬢様のいう通り、もー少し逃げるか。この部屋で遊んでいくぞ」

「わーい嬉しい、ですわ」

「思ってないだろお前」


 まあ、だから肩の荷を下ろしてやっていきましょう。


――――――――

お読みいただきありがとうございます。


無責任ではありますが、逃げても案外どうにかなるんじゃないでしょうか。そういうことを言いたかったこの話。


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