第28−2話 木の上からふわふわと
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「いつからあんな魔術を使えるようになりましたの?」
しばし雑談を挟んだ後、私の方から気になって尋ねる事にした。
「確か十歳くらいだったかな? 親に何度も空中を飛ばされて、無理やり慣れさせられた」
「それはまた斬新な教育ですこと」
「ありゃ教育でもなんでもねえ」
魔法、とくに特殊魔法はその家系に代々伝わるものが多い。そういう風にできている、そういう風にできていると思われているものが多い。何せ、今はどうか分からないが昔、魔法は一部の貴族や王族にしか使えないものとして扱われていたくらいなのである。
ユリスもまた、そういう家で育った一人だろう。親の期待とか、周りの目線とか、そういうものが色々あったのだろう、とメリダ家のことを思い出しつつ同情した。
「まったく、俺なんかに期待すんなっての。俺なんかを持ち上げんなっての」
下で捜索を続けている人らを眺めつつ、ユリスは悪態をつく。
「それで、こんなところでサボっていらっしゃるのですね、サボり魔ユリスさん」
「お前そのあだ名知ってんのかよ……」
「やっぱりおサボリさんなんですね」
「そもそも、いやに決まってんだろ。会場に行くとよくわかんねえけど俺に期待しているお偉いさんにペコペコ頭下げなきゃならねえ」
「確かにあれは本当に面倒……そうですわよね」
見習いの時からから変わっていないなあ、と呆れつつ、されども少し安心する。安心のせいか、ついつい自分の思いが漏れてしまったので、なんとか誤魔化しておく。
「でもここにいるってことは、一応行く気はあるのでしょう? ただ逃げたいだけなら、街にでもなんでも逃げればいいんですから」
「うっせえなあ、ガキ。あんまり調子に乗ってんなよ、まじで落とすぞ」
ユリスはそう言って、前動作なしにこちらに手を伸ばす。そして、私は足を掴まれ、頭が下に、足が上に。
なるほど、図星か。行く気はあるけれど、でもやっぱり期待されるのは怖くて。いつもみたいに逃げれば楽だって、そうやって隠れて。でも、やっぱり罪悪感はあるから、ここでタイミングを測っている。
「脅迫して人も自分も誤魔化そうなんて情けないですわよ」
でも、こうやって無理やりに誤魔化そうとするのは弱い人間のすることだ。ユリスみたいな人間がすることではない。
しばらくの硬直が続く。
ここで折れてなるものかと、私はそのままの姿勢、すなわち逆さ吊りの状態でじっとユリスを眺め続ける。
「……スカートくらい隠せよ」
「あら失礼、逆さになるなんてはじめての経験なもので」
「すまん、ちょっとやりすぎた」
先に折れたのはユリスであった。もっとも、私は逆さ吊りにされようとも十時間くらいなら耐え切る予定だったので、私が先折れるはずはないのだが。
ユリスは手を離し、またも空間操作で私を正方向で木の上に戻す。
「ちっ、分かってはいるんだよ俺だって。こうやって逃げるのは無責任だってことくらい」
「あら、別に逃げてもいいじゃありませんか、たかがパーティなんて」
「別に普通の人間が逃げるのは構わねえよ。ただ俺は、俺たち勇者は、そうじゃいけねーんだよ。お前らと一緒にするな」
「そんなものなんですかね」
そうなのだろうか。誰だって、人ならば逃げたい時があって然るべきだ。それは誰も変わらないはずだ。
まあ、かつて最強の勇者である私が言っても説得力がないけれど。
そんなことを考えているときに、空から水が降ってきた事に気づく。
「やっぱ雨かよ、ったりーなー」
先ほどから、天気が少し悪くなってはいたのだが、ついに雨が降り始めたのだ。木の上に隠れていても、雨を避けることはできない。
雨はきっとこれから強くなる。もうここには逃げられない。
「まあそうだな、そろそろ顔を出さなきゃいけないだろうしな。手を貸せ、降ろしてやるから」
「ありがとう、ユリスさん」
私はユリスに手を差し伸べ、そして飛ばされ木の麓へ。ユリスも遅れてやってくる。
「じゃあ行きましょう?」
でもまだ、これで終わりというわけではないわけで。
「行くってどこにだよ。てか手を離せよ」
「手を離したら隠密魔術の効果が薄れるでしょう? ところでこの屋敷で人がいないところはどこかしらね」
「何言ってんだ? お前」
まだ、悩み、恐れ、いやになる時間はたくさんあるのだから。
「まだ隠れていてもいいじゃありませんの」
だからね、もう少し逃避行を続けましょう?
お読みいただきありがとうございます。




