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【本編完結】勇者と魔王の歪んだ世界~落ちこぼれ勇者候補生が救ったはらぺこは最強の魔王候補生!?二人はリバースワールドの果てに真実を探究する~【ぺこリバ】  作者: よるか
第6章、赤の軌跡編――迫る剣客、巡る世界

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次なる目的地、旅立ちの王国


 赤の軌跡を越えた翌日――

 エリンスとアグルエの姿はファーラス王国の南東を流れ海まで続くファーラス運河の上にあった。

 魔導小船ボートと呼ばれる小さな魔導船が、水を切り、風を切り、猛スピードで河を下って突き進む。


「しっかり掴まりな!」


 体格がよく日焼け跡が目立つ筋肉質でノリのいいお兄さんが操作する魔導小船ボートは、そんじょそこらの馬よりも早く、エリンスが体感したことのないスピードを発揮する。


「うわああ……」

「きゃーー!」

「楽しいのう!」


 青い顔でボートの手すりにしがみついたエリンスとは正反対に、アグルエとツキノはスピードに乗ってはしゃいでいた。

 吹き飛ばされないようにアグルエの腕の中で丸くなるツキノの毛並みはびゅんびゅんと過ぎていく風によってぐちゃぐちゃになでられる。

 アグルエの綺麗な金髪も水飛沫を浴びながら、風の中を踊っている。

 エリンスはさっぱり、ノリについていけなかった。



◇◇◇



 あれから――キャンプでひと眠りした後、エリンスとアグルエは再びマリーの出したゲートにてファーラスへ帰還した。

 勇者協会でたまたま空き時間が重なったリィナーサに出会い、礼を伝えることができて、「マリーに連れられて赤の軌跡を突破したことは内緒にしてほしい」と告げられた。

 エリンスとアグルエは黙って頷き返事をして、そのままマリーとも勇者協会で別れることになった。


『縁があるからまた出会うでしょう。最初に言ったでしょ? わたしはきみを応援しているって』


 マリーの言葉はどこか頼もしく、エリンスの胸に響く。

 シスターマリー、鍛冶師リアリス・マリーとしての人の顔。

 魔王五刃将まおうごじんしょう剣刃けんじんのルマリアとしての魔族の顔。

 不思議な空気を持つ人だが、彼女の言葉はいつだって真っすぐ鋭く心へ通る。

 別れ惜しかったが、エリンスとアグルエはその足でファーラス城へと向かった。


 しかし二人はファーラス城で目的の人物と会うことができなかった。

 メルトシスは国のごたごたに出張っていて、滞在していないとのことだ。

 心配にもなったが、もう一人の友、アーキスとは会うことができた。

 旅立つことを伝え、東へ向かうことを伝えるとアーキスは笑顔でこたえてくれた。


『大丈夫さ、こっちが片付いたら俺たちもすぐ追う!』


 手を上げてそう言ったアーキスに、エリンスも手を上げ叩き、笑顔で「また!」と返す。

 アグルエはどこか心配そうな表情をしていたが、今はアーキスの言葉を信じるほかない。

 国を覆う問題は勇者協会が間に入っているというのだから、今は待つしかないだろう。

 ファーラス城を後にした二人はそのまま旅立ちの準備をはじめた。


 東といえば、東の国『セレロニア公国』が名高く、『青の軌跡』もその近くに存在する。

 本来であるならば、ファーラス王国を出て、ミルレリア大陸を北東に進み、ラーデスア帝国との国境を越え、北にある港町から魔導船にて外海を通り、東の国へ入るのが一般的なルートであろう。

 ファーラスからラーデスアへ国境を越えることが困難である今は、一旦ルスプンテルに戻って別の船に乗り東へ進むことも視野に入る。

 だが、今回エリンスたちはミルレリア大陸とセレロニア公国の間に存在する『ランデリア大陸』にある『霊峰シムシール』を目指す。

 そのためにはファーラスの東にある港町レンタラスより船に乗る必要があるのだ。


 レンタラスへ向かうにはファーラス運河を下るのが一番早い。

 そう聞いたエリンスは、ファーラスへ訪れた際に出会った行商人のペーカリーを頼ることにした。

 ペーカリーに運河を運航する魔導小船ボートを持つ男を紹介してもらい、そして――今に至る。



◇◇◇



――気持ちが悪い。


 猛スピードで走り続けた魔導小船ボートがようやく止まり、青ざめた顔をしたままエリンスは地に降り立つ。

 近づいた港町を見て、胸に込み上げて口から飛び出しそうになるものをグッとこらえた。


「達者でな!」


 サングラス片手にニッとする笑顔を向けた魔導小船ボートの持ち主は、エリンスの返事も待たずに船を走らせファーラスのほうへと戻っていく。


「ありがとうございましたー!」


 その後ろ姿へと元気な調子で手を上げ振るアグルエ。

 ぶんぶんと振られる大きな動作につられて湿った金髪が風に揺れている。

 アグルエの肩の上、尻尾を揺らすツキノは、器用に前足で顔を洗うよう毛づくろいしているが、こちらもまたその毛並みはボサボサだ。


 徒歩であれば二日を要する距離を数刻で辿れたことには感謝をしたい。

 しかし、その代償は大きかった。体調が最悪だ。

 港町レンタラスを前にして、動くことのできなくなったエリンスは膝に手をついたまま立ち尽くす。


「大丈夫?」


 心配そうにのぞくアグルエは相変わらず元気そうだった。


「……少し休めば」


 情けなくもなったが、我慢できないものは仕方がない。

 そうしてエリンスはフラフラとした足取りのまま、アグルエに支えられてレンタラスへ足を踏み入れた。


 港町レンタラスはファーラスへ繋がる行商の玄関口。その利用者はほとんどが商人だ。

 皆大きな荷物を抱え、せわしなく、厳しい目をして道をゆく。

 ファーラス運河を運航する船に乗り継ぐものが多いのだろう。

 そのため勇者候補生や同盟パーティーの姿はほとんど見えない。


 広い表通りをすぎて、商人が露店を開くマーケット広場を抜け、港へと辿り着くと、埠頭には二隻の魔導船が泊まっていた。

 今しがた到着したばかりなのであろう。

 やはり商人と思われる大荷物を背負った者たちが船から降りて来るところだった。


 時刻は16時(じゅうろくのこく)をちょっとすぎた頃。

 落ちてきた日がオレンジ色に海を染めはじめる頃合い。

 エリンスは港で乗船の手続きを済ませ、埠頭にあるベンチへ腰掛けた。

 体調はやや元に戻ってきたが、未だ本調子とはいかない。

 立ったままでいるアグルエの顔を見上げて、エリンスは笑って見せた。


「だいぶマシ、だけどちょっと休む」

「うん」と一言だけ頷くアグルエ。


 目の前に泊まっている大きな船が、エリンスたちの乗り込む予定の港町タンタラカゆきの魔導船だ。

 アグルエはベンチに腰掛けず船体を見上げている。


 出港予定時刻は18時(じゅうはちのこく)

 それまでまだ時間はあるだろう。


――タンタラカまでは魔導船で五日の距離。船に乗れば五日間はまた狭い船室暮らしが待っている。


 エリンスは退屈そうにする横顔へと声を掛ける。


「アグルエ、港町を見てきてもいいぞ」

「え?」


 アグルエの肩の上に乗ったツキノが期待するかのように尻尾を揺らす。


「1時間くらいで帰って来るなら、大丈夫だ」


 この小さな港町で特段何か起こりはしないだろうとエリンスは考えた。

 ツキノがついていてくれれば心配も少ない。


「……うん、そうする!」


 少し悩むようにしたアグルエだったが、肩の上のツキノを腕の中へと抱えなおして笑顔で頷いた。


わらわに任せろ」


 ツキノも嬉しそうに返事をしてくれた。

 本当は自分も町を見回りたいのだろうと思わなくもないが。


 そうして足早に歩いていくアグルエの背中を見送って、エリンスは一人、夕焼けに染まりはじめた空を見上げた。


――全く、情けない。


 まさか自分が乗り物で酔うとは思っていなかった。

 ようやく落ち着きはじめた胸をなでおろして、エリンスはふと、これから乗船する船の甲板へと目を向ける。


 視界の隅で――ピンク色の髪が風になびいた。


 甲板の手すりにつかまって顔をのぞかせたのは、エリンスが見覚えある勇者候補生だった。

 ふんわりとウェーブ掛かった長めの薄いピンク色の髪。

 おだやかな表情をした優しい目つき。丸い頬は女性らしく、上品に微笑む口元が彼女の奥深さを表すようだ。

 白色のローブを身に纏い、背丈ほどある大きな黒い杖を背負った姿。

 髪の隙間よりのぞく金色のサークレットが夕陽を浴びて光る。


 甲板より港町を一望して頬を緩ませる彼女は一人のようだった。

 ただ、ベンチに腰掛けるエリンスのことには気づかない。


『のろま』『グズ』『どんくさい』


 勇者候補生の試験の際に、そう言われていた悪口が頭をよぎる。

 彼女の名は――メイルム・ミシロウル。

 エリンスが勇者候補生の試験の際に知り合った、『のろま』の勇者候補生。

『落ちこぼれ』と呼ばれたエリンスと肩を並べた、最下位に近い扱いを受けていた同志だ。

 魔力量は優秀。しかし戦闘試験や知識試験の点数があまり評価されていなかった。


――どうして、彼女がこんなところに一人で?


 エリンスはメイルムが旅を続けていたことが嬉しくなった反面、妙な違和感を覚えてしまった。

 すると、メイルムの横に並ぶように甲板に姿を見せた一人の男が目に入った。


「げっ……」


 エリンスは思わず誰にも届かぬ言葉を零す。


 くすんだ長めの灰色の髪、メイルムを見つめる眼光は金色。

 整った顔立ちに、何よりもエリンスと同い年だという年齢を感じさせぬその鋭い目つきが高圧的だ。

 口元を隠すように巻いた黒いマフラーに、同じく黒色のマントを翻す。

 身につけているのは軽鎧ライトアーマー、腰にはやや大振りな片手剣を携えている。


 権威を身体で表すようなオーラを身に纏っているのは、勇者候補生第3位。

 シドゥ・ラースア・レンムドル。

 二つ名は、冷渦れいかのシドゥ。

 ラーデスア帝国、皇帝の血を引くれっきとした皇族だ。


 何やらメイルムに声を掛けたシドゥは頷いて返事をしているようだ。

 ただエリンスのいるところからは、彼らが何を話しているのかがわからない。


――どうして、シドゥとメイルムが一緒にいるんだ?


 疑問に思わざるを得ないエリンス。

 そこにははっきりとした理由がある。


『この、落ちこぼれが……』


 冷たい眼差しで、エリンスの前に立ち塞がった冷たい男の姿。

 エリンスのことを初めて(・・・)落ちこぼれと呼んだその低い声には、恐怖すら覚えている。


――あいつは慣れ合うことが嫌いで、下位の候補生を見下していたはず……。


 胸騒ぎが治まらない。

 船内へと戻っていくシドゥに続くようにして、メイルムが視界から姿を消した。


 呆然と誰も居なくなった甲板を見上げたエリンスは、漠然とした嫌な予感を抱えたまま、これから乗る船を――その先に続く旅路を見据えていた。



『霊峰』――『聖域』――『魔竜まりゅう』――『刃雷じんらい』――『冷渦れいか』。


 エリンスとアグルエの旅路にそびえ立つ、『霊峰シムシール』。

 寒気を伴う戦慄が、二人を迎え撃つ――。


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