古代魔導技術《ロストマナ》
夕陽が差した路地、一人取り残されたエリンスは辺りを見渡してから考えた。
路地でいつまでも、立ち止まっているわけにはいかない。
アグルエは城へ侵入するために、無茶をしたのだから。
兵士らが引き上げたのは、アメリアを攫うことに成功したからだ。
やつらの目的は、命を奪うことではない。
ならばアグルエの身に、すぐに危険が及ぶということもないはずだ。
現に隙だらけであったはずのエリンス自身は、傷一つ負っていない。
「だったら」と考えて――
エリンスはウィンダンハの潜んでいた地下水道の隠れ家を目指すことにする。
路地まで地下水道をどう辿って来たかは覚えていない。
だが、勇者協会脇道の入口からならば道順がわかる。
決断したエリンスは一人、路地を飛び出して勇者協会を目指した。
エリンスが勇者協会のある南通りに辿り着いた頃には、辺りは既に暗くなりはじめていた。
路地裏の入口にある酒場は、陽気な客で溢れていて温かい光が漏れ出している。
道に備えつけられた街灯が光を発し、エリンスの行く先を照らしてくれた。
そうして、一人で地下水道を進んだエリンスは、蹴破られたドアの部屋へと立ち入った。
流れるような視認できた魔素は消失しており、部屋を包んでいた温かい空気も消えている。
倒された棚に、戦いの後がうかがえる綿が飛び出した凹んだソファー。
その脇に、うつ伏せで倒れて震えているローブを纏った人の姿が見える。
「ウィンダンハさん!」
エリンスは目に入るや否や、すぐさまに駆け寄った。
身体を起こすのを手伝って、仰向けにして腰を支えた。
「うぅ、エリンスくんか」
剣を手にした腕からはすっかり力が抜けてしまっている。
世界に名を残した剣士の一人と言えど、年齢が年齢だ。無茶をさせてしまったようだ。
「これは情けないところを見せてしまったようです」
「いえ、そんな!」
エリンスはウィンダンハの身体を支えて立ち上がり、近くの椅子へと腰掛けさせた。
「兵士らは、この部屋の結界装置を破壊したらすぐに出ていきました……。
やつらの目的は、そちらだったようです」
ウィンダンハが指差した部屋の隅には、宝石の嵌っている綺麗なオブジェがあった。
最初部屋を訪れたときには気づかなかったものだが、今は二つに両断されるよう剣で斬られて壊されていた。
石より光が失われている――そういった印象をエリンスは覚える。
「アメリアは……連れ去られましたか」
一人で帰って来たエリンスを見て、察するところがあったのだろう。
「はい……」
エリンスは肩を落として返事をした。
「……あの魔族の子はどうしました?」
「無茶をさせてしまいました。城へ侵入するため、アメリアと一緒に……」
「なんて、ことだ……」
その返事を聞いて、ウィンダンハも驚いていた。
と、そこでエリンスは近づく足音に気がついた。
「ウィン先生! 無事か!」
慌てて入口のほうへと目を向けた瞬間、その声を聞いたエリンスは自然と近寄っていた。
「アーキス! 無事だったのか!」
隠れ家の部屋の入口、近づいてきた足音は二つ。
エリンスが追い求めた友アーキスと、路地裏にて出会った女騎士ラージェスが並ぶようにして立っていた。
「帰ってきましたか……」
ウィンダンハはまだ少し苦しそうにしていたが、その二人の姿を見て安心したようだった。
「エリンス! 来てたのか!」
エリンスに駆け寄ったアーキスは拳を前に出す。
それに合わせて、エリンスも拳をぶつけて返事をした。
「あぁ! 街の事情は聞いた。
でもごめん。アメリアのこと、守れなかった」
肩を落とすエリンスに、アーキスは声を掛ける。
「いや……仕方がない。きみが気にするな。やつらの狙いはこの天剣だ」
アーキスは腰に差した剣を指差して言葉を続ける。
「こいつを奪われない限り、アメリアは無事であるはずだ」
エリンスはそれを聞いて少し安心した。
どうも街を覆った事情の中心に、アーキスもいるようだ。
「ところで、アグルエはいないのか?」
そう聞かれて一瞬、エリンスは言葉を詰まらせた。
だが、今は――アグルエのことを信じよう。少し考えて返事をする。
「アグルエは、アメリアと一緒に捕まった。城へ侵入するために」
それを聞いてアーキスは驚くようにしてから、顎へと手を当てて考えるようにする。
「彼女も無茶をするな……」
どこか少し笑ったようにも見えた。
アーキスがアグルエの実力を認めているからこそなのだろう。
「アメリア救出の際、俺とラージェスを逃がすために、メルトシスが捕まった」
アーキスの後ろでラージェスがコクッと頷いた。
「まあすぐに二人に危険が及ぶとも思えん。どうせ街の中には期限がある」
ファーラスを包んだ結界によって拡散された幻術。
それに掛かる期限――三日間。
この部屋の結界装置を破壊する理由は、敵もそれを知っているからだ。
「それにやつらの目的は、もっと大きなところにある」
「アーキスは、何か掴んでいるのか?」
「あぁ、じいさんが言った通りかもしれない」
アーキスはそこで、ウィンダンハのほうへと顔を向けて頷いた。
「やはり、そうか……」
ウィンダンハは力を抜いて、背もたれに身体を預けて返事をする。
エリンスには話の全貌がまだ見えない。
「エリンス、きみも知っておいたほうがいい」
アーキスの言葉にウィンダンハとラージェスが頷いた。
「どうして、天剣が狙われているんだ?」
「あぁ、やつらはこれを『鍵』と呼んでいた」
アーキスがそうこたえた言葉につけ足すようにして、ウィンダンハが口を開いた。
「天剣グランシエル、数千年前、人々が生まれる前より存在すると言われる神々の時代の剣。
天を統べる朽ちることのない聖剣には、人知では計り知れないほどの魔素が含まれているとされている」
エリンスはその力を目にしたことがある。
使用者であるアーキスが空を翔る姿を。
「天剣が『鍵』、おそらく、そこに秘められた魔素を使って何かを起動しようとしている」
「何かって……」
エリンスには考えも及ばない話に、ふいに言葉が漏れ出てしまった。
ウィンダンハはそれにこたえるように説明を続ける。
「古代魔導技術――そう呼ばれる、太古の魔導技術です」
エリンスはその言葉を昔、父レイナルの書庫の本で目にしたことがあった。
古代魔導技術。
かつて、人々が辿り着いた魔導技術の栄光。
街にある『結界装置』、海をゆく『魔導船』。
それらも古代魔導技術の技術を引き継いで、現代に残されたものの一つ。
「そんなものが、残っているんですか?」
エリンスは絵空事のような話に驚いた。
「残っておる。古代魔導技術は今の魔法とは少し規模が違うものでしてな。
魔法とは違う、『魔術』と呼ばれるものが根本にあるのです。
魔術とは、魔術式と呼ばれる魔素による計算式が組み込まれたもののことを指します。
現代には普及しておらず、読み解けるものも限られるのです。わしは読むことができません」
「どうして、そんなものを?」
エリンスは想像を超える話の大きさに驚いて、そう聞くことしかできなかった。
それにこたえたのはアーキスだった。
「国を大きくするため。力で国の威厳を守るため、だ」
そう聞いて、エリンスにも話が見えてきた。
結界装置や魔導船――大きすぎる力である。
古代魔導技術は、それだけ強大だ。
上辺だけの話を聞くのならば、いい話にも思える。
だが、そうではないことがエリンスにも察せられる。
「どうしてそんな魔導技術が滅びたか、わかりますか?」
ウィンダンハは、エリンスの目を見つめながらそう聞いた。
「本で読んだことがあります。200年前、魔王との戦いの際に、そのほとんどが失われたって」
「うむ、それもそうであったらしいですがの……」
そこで一拍間を置いたウィンダンハは、語気を強めて続きを言った。
「大きすぎた力は、単純に人の世には余るもの――だったのです」
街を襲った思惑に縺れる事情――古代魔導技術。
敵の狙いを知ったエリンスは、想像できない話の規模に――ただ拳を握りしめる。
そのような強大な力の中心に、アグルエを放っておくわけにはいかない。
ただ、この状況を一人でどうにかできるとも思っていない。
焦る気持ちはあるものの、自分自身を落ち着かせるよう一つ深呼吸をして、話を飲み込んだ。




