Part8
「これが僕の全てで.....僕の罪だ。僕は君に愛してもらう資格なんかなかったんだ」
ブランは俯いたままそう呟いた。
私はその衝撃的な事実に言葉を失った。
まさか両親と一緒によくお祈りしに行ったあの土地神様がブランだったなんて。
誰が想像出来ただろうか。
「カリン、僕は君に2つの罪を犯した。一つは君の両親を見殺しにしたこと。そしてもう一つは君に謝りに来たことを差し置いて自分の感情を優先したことだ」
ブランは尚も俯いている。
きっと彼はずっとこの事を抱えてきたのだろう。
真実を語る彼の表情が悲痛に満ちているのがその証拠だ。
「許してほしいとは言わない。ただ身勝手は承知の上でこれだけは言っておきたい。僕が君を大切に思っていたのは紛れもない真実だ。僕は君と出会えて幸せだった」
ブランがそう言うと同時にシューゴさんがブランの前に立つ。イーリスさんもそれに続く。
「おい、もういいだろ。上の奴等もお待ちかねなんでな。これ以上のとばっちりは勘弁だ」
「よし、じゃあこれよりラウドを移送する。それでいいな?」
「........はい」
項垂れたままのブランは2人に両脇を抱えられ、立ち上がる。
そしてイーリスさんが何かを唱え、瞬く間に足元に魔法陣が形成された。
光を次第に増す魔法陣。
おそらく、もうすぐ起動し3人は消えてしまうのだろう。
ということはブランが行ってしまう。
ブランが私の前から消えてしまう。
イーリスさんやシューゴさんはブランが重罪を犯したと言っていた。
だったら消えてしまった後ブランが戻ってくることはほぼ無いのだろう。
それは凄く嫌だった。
そう思った瞬間、動かなかった身体は咄嗟に動き、出なかった声も出るようになった。
「ブラン!!」
私は魔法陣に向かって駆け出し、彼の名前を叫ぶ。
しかし魔法陣の手前にはさっきと同じような壁が張られており、私の身体が彼に辿り着くことはなかった。
彼に触れられないなら、何かを彼に伝えなければ。
そう思った私は、必死に思考を巡らせる。
さっき彼は自分に罪があると言った。
しかしそれは彼が負わなくてはいけない責任ではないように私は思う。
確かに彼は私の両親を守ることが出来たのかもしれない。でもそれは規則違反だったのだ。しかも1度は守ろうとしてくれた。それだけでも私は嬉しかった。
それにきっと私の両親は規則違反をしてまでも生きたいとは思わなかっただろうし、ブランのことを知ってもおそらく恨みもしないだろう。
また、自分の感情を優先したことも罪だと言うが、それは仕方のないことだとも思う。
さらに彼の場合は、謝る必要のないことを謝ろうとしていたのだから本当なら優先しても何ら問題はないはずなのだ。
でもきっと彼はこれらを自分の罪であるとずっと背負い続けるだろう。
謂れのない罪を背負い、ずっと苦しみ続けるだろう。
なら私の伝える言葉は決まっている。
「ブラン、聞いて!」
私は魔法陣の中のブランに必死に叫ぶ。
「あなたが罪を犯したという話は分かった!あなたの中ではそれは許しがたい行為なのかもしれない。けど!私がそれを許すわ!」
魔法陣の光は留まることを知らずさら増していく。
もはやブランの姿はほとんど見えない。
だけど、届いてなかったとしてもこれだけは言っておかなければならない。
「あなたは私に愛してもらう資格なんか無いと言った!でもあなたの今の話を聞いた後でも私の気持ちは変わらないわ!私は!それでも!あなたを愛しています!!」
私は自分の精一杯の声を使って叫びきった。
その叫びが終わると同時に輝きが頂点に達した魔法陣はその場から消えて無くなるのだった。
地上から3人を乗せた魔法陣が消え去ってから少し経った後。
ブランの姿は天界にあった。
そして天界ではブランもといラウドの罪を裁く審問会が行われていた。
「被告人、エリアE10756の管理者、ラウド。
汝は禁忌とされる地上への下界、個人としての生命体に対する干渉及び殺害を行った。これに間違いはないな?」
この審問会を取り仕切る最高神が問いかける。
これは審問会であり裁判。
ここでラウドの全てが決まる。
「はい、間違いありません」
そう答えるラウドに周りがざわめく。
信じられないものを見る目を向けてくるものや野次を飛ばすものまで様々だ。
「静粛に!!」
最高神の一声で静寂が戻る。
「汝が行ったことは神界規定第4条及び第7条に違反するものである。故に有罪は免れない。これに異論は?」
「ありません」
「よろしい。それでは被告人ラウドは有罪とする」
これで有罪は確定。
元より言い逃れるつもりはないし、言い逃れできるともラウドは思っていない。
「それでは最後に被告人。言い残すことはないか」
そう問われてようやくラウドは俯いている顔を上げた。
彼は魔法陣が起動するギリギリでカリンの言葉を聞いていた。
カリンの叫びは彼に届いていたのである。
そしてラウドは何よりその言葉に救われたのだ。
ずっとずっと罪悪感を抱えてきた。
彼女に恋をしてからも、想いを伝えてからもひた隠しにはしてきたもののそれは決して消えず彼の中でずっと燻っていた。
だが、他でもない当人である彼女が許すと言ってくれた。
それでもあなたを愛しているとまで言ってくれた。
それは彼にとってこれ以上ないほど嬉しい言葉だったのだ。
であるならば彼もまたその想いは曲げられない。
曲げてはいけない。
「自分が行ったことは紛れもない罪なのでしょう。それは自分自身がよくわかっていることです。ですがそれが罪であるとしても間違ったことであったとは思いません。例え罪だと咎められても、罪であるが故に罰されても私の気持ちは変わりません。私はあの少女を、カリンをそれでも愛しているのです」
最高神を真っすぐに見て彼は自分の思いの丈を告げた。
なんと不遜な態度かと野次が飛んだが再び最高神に諫められる。
「以上だな?」
「はい」
「それでは被告人ラウドの処遇を言い渡す」
この瞬間、ラウドは愛する彼女の事を想い目をとじるのだった。
ブランが天界に去って地上では数年が経った。
あの事件があってから数日、泣いてはいたけれどその後はベーカリーの業務を再開した。
ここは彼が帰ってくる場所。ずっと泣いていては彼が帰る場所を無くしてしまう。
そう思ってずっと業務をこなして来た。
直後はやっぱり顔に出てしまうことが多くて、お客さんに顔色を心配されてしまうことがあったけど、今ではそれもなくちゃんとやれていると思う。
でもやっぱりブランのいないお店は少し広く感じてしまって気持ちが落ちてしまうことはある。
そんな感じで業務を続けていたある日の昼下がり。
私はロールパンの焼き上がりを待つ間、カウンターに座って午前の疲れを癒していた。
ブランがいなくなってからも変わらずロールパンは焼き続けている。
案の定と言うべきかよく買ってくれたブランがいないので売れ残ることが多くなったのにも関わらずだ。
未練たらたらだなぁと自虐しつつもやめられないのは経営者としてどうかと思うが仕方がない。
もう数年が経ってしまった今も彼を待ち続けているのだから。
その時、1人のお客さんがお店に入ってきた。
いらっしゃいませーと声を掛けつつその姿を見ると少し驚いた。
その人は深くフードを被っていたからだ。
どこか不気味なその人は入店するや否や売り場のある1点を見つめ続けている。
ますます不気味なんですけど。
そう思って、その売り場を見てみるとそこにはロールパンの文字。
当然今焼いているのでロールパンは一つもない。
「ロールパンお好きなんですか?」
ずっと売り場を見ているので私は声をかける。
「ええ、そうなんですよ」
返ってきた答えを聞いて私は最愛の人を思い出す。
きっと彼もそう答えただろうな。
今ロールパンは焼いている最中。
タイマーを見るとあと5分で焼ける。
あと5分待ってもらえたら、焼きたてですけど。
そう伝えようとタイマーから視線を戻すとフードのお客さんと目があった。
その瞬間、私の目からは涙が滲み出す。
私はこの人を知っている。
少し痩せていて、あどけなさが残るその顔は見間違えるはずもない。
そうそこにいたのは。
私の最愛の人だった。
そして彼は私に告げる。
「ただいま」と。
---end---
一応これで完結ですが、後日談を1話程追加する予定です。
ここまでお付き合いして下さりありがとうございました。




