Part7
カリン・リアースが生まれた町、ラウド。
そこにはほんの小さな祠があった。
そしてこの祠にはこの町の土地神が祀られていた。
その土地神の正体こそが町と同じ名前をもつ人物。
後にブラン・レクリアスと名乗ることになる青年だった。
ラウドは土地神として町に恵みを与え、人の生活を助けていた。
神の力は信仰の量によって変化する。
ただでさえ小さな町で人もそんなに多くないことに加え、近年は神に祈るものも少なくなってきた。
そんな状況下では神としての力はほんの少ししかない。
それでも彼は、住民の生活を良くしようと少ないながらも恵みを与え、町を維持してきた。
ある日、気ままに町を天から見ていた彼は自分が祀られた祠に熱心に祈りを捧げる家族を見つける。
なんと珍しいものだ。
そう思った彼はその家族をしばらく見守っていた。
彼が気に留めたその家族はまさに円満そのもの。
こっちまで心が温かくなるような、とても幸せに満ちた家族だった。
その家族の笑顔を見ることは、これまで人間に興味を持たなかったラウドの数少ない楽しみになった。
しかし、その家族に悲劇が襲う。
子供を置いて出かけた夫婦の乗る馬車がモンスターに襲われたのだ。
高原のど真ん中で周りは隠れる場所すらない。
もちろん近くに助けを求めるところなど無くもはや絶望的という状況。
このままでは間違いなくあの夫婦は死ぬ。
あの夫婦が死ねば、残されることになる少女はきっと悲しむことになるだろう。
だからこそ、ラウドは助けようとした。
幾ら、信仰量の乏しい神とはいえモンスターを追い払うくらいは造作もない。
彼は自らの力を魔法にしてモンスターに向け、撃ち放った。
結果として彼は夫婦を助けられなかった。
彼の魔法は他の神によって打ち消されたのである。
それもそのはず。
個人的な感情で神が介入することは禁じられているのだ。
本来、神の役目とは人が住む地域の管理であり、そこに住む人々の管理ではない。
それでも人が飢える様であれば恵みを与える。災害が起こったのであればそれを取り除く。
しかしそれは決して個人の危機に対する干渉ではない。
管理する地域の人間が、最低限の生活が送れるようにするため、或いはどうしようもない危機に直面した時にのみその力を行使する。
この夫婦の場合はただ運が無かっただけだった。
本来ならモンスターなど出ないであろう高原にモンスターが現れてしまったこと。
そしてその不慮の出現による問題を取り除く為に配置された守備隊が監視を怠っていたこと。
この2つが重なって起きた不運だった。
この場合、神は力を行使してはならない。
個人への肩入れは地上のバランスを崩しかねないからだ。
それはラウドもよく分かっていた。
長く管理者として人間の生活を見てきた彼。
もちろん人間の死の間際も多く見てきた。
しかし彼はそれを助けようとはしなかった。
禁忌であり、人の領域の範疇で人が死ぬのは仕方がないとそう思っていたからである。
だがこの時は違った。
目の前の人を助けられなくて何が神だ。
彼は激しく抗議した。
神を信じなくなったこの時代、そんな中でもあの家族は自分に祈りを捧げてくれた。
今更、多くの人の死を見過ごしてきた自分が言うのもおかしな話ではあるが。
それでもあの温かな家族を失わせる訳にはいかないと感じていたのだ。
暴れる彼に魔法を阻んだ神の長たる最高神はこう返す。
「神は正義の味方では無い。そんなに人を助けたいなら神などやめて冒険者にでもなったらどうだ」と。
嘲笑うかのように冷静に返された言葉にラウドはそれ以上何もいえなかった。
魔法を打ち消されたラウドはすぐに取り押さえられた。
これ以上魔法が撃てないように厳重に拘束される。
拘束され身動きが取れなくなったラウドが目にしたのは先程の夫婦がモンスターに蹂躙されているところだった。
その後、モンスターの目撃情報を聞いた守備隊が慌てて駆けつけ、モンスターを駆除。
重症の夫婦と御者を発見し、町へと運び込んだ。
しかし、シスター達の尽力も虚しく3人は程なくして亡くなった。
天にまで届くかの如く響くのは亡くなった夫婦の亡骸のそばで泣く少女の声。
ラウドは胸を引き裂かれる思いだった。
ラウドは頭を冷やせと暫くの間牢獄へと閉じ込められた。
時が経ち、牢獄から出たラウドはすぐさま夫婦の子供を探した。
だが町にその姿は見つけられなかった。
神である彼は天からどこまでも見渡せる。
その利点を使って、懸命に探し、そしてその姿をレイアロンに見つけた。
ラウドはただ一言、夫婦の子供である少女に謝りたかった。
もちろん、ただの管理者である彼に夫婦の死の責はない。
しかしラウドは自分の責任であると感じずにはいられなかったのである。
そしてラウドはかの日の最高神の言葉を思い出す。
そんなに人を助けたいなら冒険者にでもなればいい、と。
ならなってやろうじゃないか。
そう息巻いて、彼は地上へと向かうのだった。
レイアロンに降り立ったラウドは身分を確立する為に冒険者ギルドへと向かった。
ギルドに登録する際、名前を聞かれラウドと答えそうになったが思い留まる。
実は冒険者ギルドの名簿は冒険者関連の事象を管理する神によって時折閲覧されている。
地上への下界という禁忌を犯しているため、バレる訳にはいかないので危険度が高い本名は使えない。
故にとっさに考えた「ブラン・レクリアス」という名前を使った。
冒険者としての籍を得た彼はすぐに少女の元へと向かった。
ラウドが少女を見つけた時、彼女は自分の店であるベーカリー「Paria」をオープンするところであった。
開店前に店に入るわけにもいかないのでそれまで待った。
幾ばくかの時が経ち、店がオープンする。
彼は同じように外で待っていた数人の客とともに入店した。
入店した彼を含めた数人を迎えたのはとびきりの笑顔を見せる少女。
ラウドは自分がやってきた目的も忘れて、一瞬で心を奪われた。
なんて素敵な笑顔なのだろう、と。
同時に疑問が生じた。
あの日、気を失うまで泣いていた少女。
両親を失った悲しみは確実に少女の心に影を落としたはず。
なのにどうしてそんなに屈託なく笑えるのか。
多くの人間を見てきた彼はそう思わずにはいられなかった。
ラウドはもっと彼女のことを知りたいと思うようになった。
しかし、彼には神としての役目があるため、ずっと地上にはいられない。
それを考慮した上で彼は3日に1度のペースで地上に降り、彼女の店に通うようになった。
神力を使いさえしなければ地上に降りることは容易だった。
しかしここで問題が一つ浮上したのである。
それは彼女の店に通う以上は何かを買わなければならないということ。
ラウドは神であり地上の通貨など持ってはいない。
それに冒険者として活動しようにも力を使ってしまえばすぐに神力を感知され、連れ戻される。
故に彼が出来るのは遺跡内の採集クエストが精々でその稼ぎは僅かなものだった。
そんな経済状況で買えるものは店の中で一番安いロールパン。
救いだったのは神である為に生命の概念がないラウドはたった1個のロールパンであっても活動に支障はないということ。
何はともあれ、彼女の店に行った時、彼は決まってロールパンを買った。
まさかそれが彼女との距離を縮めることに一役買うとはこの時の彼は想像もしていなかったが。
奇しくもそれがきっかけでラウドはカリンと話すようになり、どんどん関わりを持つようになる。
そして彼女の話を聞いたり、店の手伝いをして彼女の力になれることが何よりの幸せだと感じるようになっていった。
そんなある日、レイアロンで創立記念の祭りが開かれることを知る。
これを聞いたラウドはすぐにカリンを誘おうと決めた。
何とか誘うことには成功した......が櫓の通行証の一件で手間取り約束に遅れた挙句、言い繕いがボロが出てバレるという大失態を犯す。
そしてなし崩し的に祭りへ繰り出し、花火の打ち上げを待つ櫓の上でお互いが気まずい雰囲気の中、ラウドは怒っているかと聞いた。
しかし返ってきたのは意外な言葉だった。
来てくれて安心した。
そうカリンは彼に告げたのだ。
それは両親を失った時のことに起因するものだとカリンは言う。
その瞬間、自分は何のために地上へと降りてきたのかを思い出す。
そうだ、自分はこの少女に謝りに来たのだと。
ラウドはあの時の謝罪を今この時告げようかと悩んだ。
だが同時に思ってしまった。
これを伝えてしまえば、自分はこの少女に嫌われてしまうのではないかと。
それは嫌だ。ラウドはそう感じていた。
そして両親のことを話しながら涙を流すカリンを見て気づく。
この少女に恋をしていることに。
それに気づいた時、自分の中に何かが猛烈に溢れ、勢いのままに言葉を紡いだ。
彼女を離したくない。
そう自分に言い聞かせるかの如く。
唖然とする彼女。
それでも彼の言葉は止まらない。
貴女のことが好きです。
最終的に放った言葉はラウドの今の気持ちそのものだった。
結果的にラウドの恋は見事成就した。
カリンと付き合うようになってからは毎日が薔薇色のようだった。
彼女のベーカリーを手伝い、共に笑い合う日々。
このまま彼女と笑い合いながら毎日が過ぎていくのだろうとその将来すら夢想した。
しかしそんな幸せは唐突に終わりを迎える。
彼は彼女との幸せを放棄することを決意したのだ。
何よりも大切な彼女を守るために。




