Part5
墓参りから戻ってきて、すぐの事。
私は店を休みにしていた間に届いた郵便物を確認していた。
大体ポストに入っているのはチラシやイベントのお知らせが多いのだが、今回はその中に何やら気になるものが入っていた。
店宛に届いた一通の手紙。
差出人はブルーノ・ロージャー
私はこの名前に心当たりがあった。
ブルーノ・ロージャー、もといブルーノさんは私がパンに使っている小麦粉を納品してくれている農家の主人だ。
私はパンに使う素材は自分のこだわりをもって選んでいるが、小麦粉はよりこだわって選んだ物だ。
母が残したパンのレシピ。これを再現して作ったものがPariaに並ぶパンなのだが、母の味に最も近く作れる物がブルーノさんの所の小麦粉だった。
以来、個人的に契約を結び、ずっと小麦粉を納品してもらっている。
そんなブルーノさんからの手紙。もう3年以上の付き合いになるがこんな事は初めてだ。
私は何事だろうとヒヤヒヤしながら、封を切った。
手紙に書かれていた内容はこうだ。
どうやらブルーノさんが病に臥せってしまったらしい。
小麦粉はブルーノさんが直々に運んで納品していたが、病のせいでそれが出来なくなった。
奥さんが運び屋に頼んだらどうかと提案してもまるで聞く耳を持たないのだとか。
このままでは話が進まないので、馬車を自由に使ってくれていいから、当分は小麦粉を取りに来て貰えないかということだった。
なるほど。そういうことか。
ブルーノさんと契約した際、契約の条件として提示されたのは小麦粉を自分の手で納品させてほしいとの事だった。
曰く、第三者に自分の作った小麦粉を任せたくないのだとか。
パンには小麦粉は欠かせない。
それに小麦粉はあまり変えたくないので取りに行くしかない。
そうなると選択肢は1つしかなかった。
小麦粉の納品量は多く、とても私1人では難しいのでブランに手伝ってもらうことになるが。
早速この話をブランにするとまた店を休むことになるねと笑いながら承諾してくれた。
しかしこの輸送作業が後に私たちにトラブルを引き起こすことになる。
この時はそんなことになるとは予想だにしていなかった。
翌朝、早速馬車に乗り、ブルーノさんのもとに向かった。
半日かかったラウドとは違い、大体2時間ほどで着くので馬車も然程苦ではなかった。
馬車を降りた私たち2人を迎えてくれたのは奥さんだ。
「すいません、わざわざ来てくださって」
「いえ、構いませんよ。普段お世話になってますから。それでご主人はどちらに?」
とりあえず、ブルーノさんに挨拶と見舞いもしておきたいので、案内してもらう。
家の中に通され、廊下を少し歩いたところでこの部屋です、と奥さんが教えてくれた。
その後、奥さんは使ってもらう馬車を確認してもらたいということでそっちはブランに任せることにした。
「ブルーノさん。おはようございます。カリン・リアースです」
「おお、よく来てくれたな。入ってくれ」
そう促されて、私は襖を開ける。
そこには床に臥せったブルーノさんがいた。
「すまんな。こんな所まで呼びつけて」
「いえいえ。それでお身体の方は大丈夫ですか?」
「実際はそこまで悪い訳じゃないんだが、 医者がうるさくてな。病気が治るまでは安静にしろと言われておる」
「そうですか。お大事になさって下さいね」
「ありがとう。それで小麦粉の事だが....」
「そちらはご心配なく。従業員が1人増えたので搬入はなんとかなりそうです」
「そうかそうか、それは良かった」
「また具合が良くなったら儂が運ぶのでな。それまではよろしく頼む」
「分かりました。またその時は知らせて頂ければ」
軽く会釈をしてブルーノさんの部屋を退室する。
思いのほか、元気だったことに私は胸を撫で下ろす。
そこまで容態が悪い訳じゃなくて良かった。
何とか一安心といったところか。
玄関から家を出ると、ブランと奥さんが荷台に小麦粉を運んでいる最中だった。
手伝いを申し出たもののもう既に8割近くが運び込まれており、待っててくれと言われてしまった。
待つ事10分程。
ブランが終わったから、と私を呼びに来たので馬車の元へと向かう。
そしてそのまま、馬車の側で待つ奥さんに挨拶をしレイアロンへの帰路につくのだった。
馬車に揺られる事1時間弱。
問題が起きたのはそのぐらいの頃だった。
御者をしているブランが前方に何かを捉えた。
その知らせを聞いて外を覗いて見ると、何か人だかりのようなものがみえる。
丁度、私たちの進行方向に立ち塞がる感じで。
このままではぶつかってしまう。
そう判断したブランは速度を徐々に落としていった。
だが、突然。
その速度を急に上げた。
「カリン!まずい、盗賊だ!」
そう叫び、勢いよく馬を走らせる。
激しく揺れ、何とか身を守るために座席にしがみ付いた。
盗賊を蹴ちらす勢いで走る馬車。
しかし盗賊は勢いよく迫ってくる馬車を前にしても進路を開けることはなかった。
先頭に立つリーダーらしき男が手を挙げると後ろに控えた仲間達は揃って弓を構える。
そして合図した瞬間、馬車に対して無数の矢が飛んでいく。
その矢は馬車に遍く降り注ぎ、馬は足を射られ瞬く間にその体制を崩していった。
同時にバランスを崩す馬車。
そのまま制御が出来なくなり、地面を抉り始める。
その瞬間、私は激しい衝撃に襲われた。
天地がひっくり返るほどの衝撃に襲われた後。
私は何とか馬車から這い出す。
そして這い出した私の前に広がっていったのは、ブランと盗賊達が戦いを繰り広げる光景だった。
「ちっ、この野郎。なかなかの手練れだ」
盗賊のリーダーらしき男は、ブランから少し距離をを取る。
周りには仲間と思われる盗賊が倒れていて、おそらくブランにやられたのだろう。
「頼む。引いてくれ。目当ての金目の物なら持ってないぞ」
ブランが必死に呼びかける。
だが、リーダーは聞く耳を持たず、下卑た笑みを浮かべている。
その時、私はリーダーの男と目が合ってしまった。
「それはどうかなぁ?」
私は背筋に寒気が走った。
そしてそれも束の間、私の背後から声がする。
「おい、兄さんよぉ。こいつを殺したくなけりゃ剣を置きな」
ハッと後ろを振り返ると私に向けて弓を構える盗賊たちがいた。
「何!?」
ブランは盗賊を睨みつける。
だが盗賊は怯みもしない。
飄々と態度を崩さないまま、ブランを脅迫する。
「おいおい、何て目をしやがる。そんな怖い目してると怖くて手が滑っちまうかもなぁ!」
逡巡するブラン。
やがて、少しの間を置いた後。
とうとうブランは手に持っていた剣を捨てた。
「これでいいだろう。カリンを狙うのはもう辞めろ」
もはやブランに抵抗する力はない。
「そうだな。おい、その弓を下ろせ」
リーダーの指示で仲間達は次々に私に向けられていた弓を下ろす。
「本当に僕らは何も持ってない。ただ小麦粉を運んでいただけだ。早く解放してくれないか」
必死にブランは訴える。
しかし次にリーダーが発した言葉はブランの訴えを聞くほど都合のいいものではなく。
実に盗賊らしいものだった。
「何も持ってない、だと?冗談キツイぜ、お兄さん。
実に良いもん持ってんじゃねえか」
そうしてある方向に向かって指を指す。
「ほら、あそこによぉ」
その指を指した方向にあるものは。
私だった。




