Part4
お互いに告白し合ったあの祭りからおよそ半年が過ぎた。
この半年で変わったことといえば、私たちが呼び捨てで呼び合うようになったこともあるが、やはりブランが本格的にPariaを手伝うことになったことだろう。
冒険者として生計を立てていたブランだが、前にも聞かされた通り、然程儲かっている訳ではなかった。
それどころか、生活はいつもギリギリで遺跡探索は休むに休めない状況であった。
だから私は給料も出すから店を手伝ってくれないかと申し出たのだ。
時折、タイミングが合えば手伝ってくれていた事もあり仕事の勝手も全くの初心者よりは分かっているだろうし、何より安全である。
命の危険に晒されないというだけでも雇う価値は十分にあると私は思っている。
その話を聞いたブランも快諾してくれた。
ただ給料はいらないと言われたが。
そこは親しき仲にも礼儀あり。
きっちり給料は渡させていただきます。
こうしてブランはPariaで働くこととなった。
正直彼の存在は凄く助かっている。
まず、男手があるだけで力仕事にかかる時間がかなり減った。
そして彼が接客してくれるので、私はパン作りに集中出来る時間が増えた。
これだけでもかなり作業効率が変わる。
そしてそれに加えて新たな試みを打ち出すことが出来た。
それはイベント出店である。
このレイアロンではかの祭りほどではないが度々小さなイベントが催されている。
そのイベントは富裕層が多い観光客をターゲットにしたものが多いため、商機があると睨んではいたのだが任せられる人がいないために出店は半ば諦めていた。
しかし、ブランが手伝ってくれるようになったことでその出店は現実的な案と言えるようになったのだ。
試験的に一度出店しその成果は上々。
その結果を受けてこの半年の間に3度程行ったが、店の売り上げは1人でやっていた時の3倍を超えた。
利益の方も彼の給料を引いたとしてもかなりのものであり、よくここまで来たものだと涙ぐんだのは記憶に新しい。
そんな感じでブランが来たお陰で店はすこぶる順調だった。
人手が増えたことで店がそこそこの利益を上げるようになり、経営が安定した頃。
私は1つ、やっておきたい事があった。
その為に私は今日、店に臨時休業の貼り紙をしてとある場所に向かう馬車に乗っている。
もちろんブランも一緒だ。
この馬車が向かうのは、ラウド。
この私が生まれ育った土地である。
そしてその目的は両親の墓参りであった。
実は、この日両親の命日でありいつかは墓参りに来たいとは常々思っていた。
だがレイアロンはラウドと遠く離れており馬車でも半日以上かかる。
さらに言えばレイアロンに来てからは多忙な毎日だった為、その思いは叶わなかったのだ。
しかし、やっと今日それが叶う。
話したいことは沢山あった。
ベンさんの元で働いていた時のこと。
自分のお店を持てたこと。
そして愛する人が出来たこと。
きっと生きていれば色んな表情を見せてくれただろう。
ついそんなことを思ってしまう。
その度に私はいつになっても2人の子供なんだなと実感するのであった。
感傷に浸りつつもブランと馬車に揺れること半日。
途中、数回休憩を挟みながらも予定通り、ラウドに到着した。
長い時間座っていたのでちょっと疲れてしまった。
「ここがラウドかぁ。これがカリンが育った町なんだね」
ブランが感慨深そうに言葉を漏らす。
レイアロンに比べると慎ましやかという言葉では収まりきらないくらいの小さな町だが、やはり自分が生まれ育った町。
彼にも気に入ってもらえるといいのだが。
ブランに町を紹介しつつも私達は一軒の家の前にたどり着いた。
ここは私がかつてお世話になったおじさんの家である。
私の両親の墓はおじさんが管理してくれている。
なのでそのお礼も兼ねて最初に挨拶に伺ったのだ。
「ごめんください、カリン・リアースです。挨拶に伺ったのですけど」
ノックをしてしばらく待つ。
すると中から近づいてくる音がしてドアが開かれた。
中から顔を見せたのは少し老け頭が寂しくなったおじさんだった。
「おお!カリンちゃんか!お久しぶり。あれこの人は......?」
「あっ、申し遅れました。私はカリンさんとお付き合いさせてもらってます。ブラン・レクリアスと申します」
「そうかそうか!カリンちゃんがお世話になってます。さあ2人とも中へどうぞ」
おじさんは快く私たちを迎えてくれた。
ブランのことも好意的に受け入れてくれて、少し安心した。
積もる話もあり、3人で話すこと小一時間。
あまり長居するわけにもいかないので、おじさんの家をお暇して、両親の墓参りに向かうことにした。
両親の墓はとても綺麗に手入れされていた。供えられている花はおじさんが供えたものだろう。
私たちも持参した花を供え、墓の前で手を合わせる。
私は両親の事を思い、これまであったことを語りかけるように報告した。
どれぐらい経っただろうか。
最後まで報告したところでふと横に目をやるとブランはまだ手を合わせたままだった。
ずっとその様子を眺めていると、やがてブランも終わったようで顔を上げた。
一体、両親とどんな話をしたのだろう。
ちょっと気になって聞こうと思ったが辞めた。
きっと照れ屋な彼は話してくれないだろうから。
それに両親とブランの話を私が聞くのもなんだかおかしな気がしたのである。
最後に私たちは墓の掃除をした。
元より、おじさんの手入れが行き届いていてその必要はなかったが、娘の私が何もしないまま立ち去るのもおかしいだろう。
それに普段は任せきりなのだから、今日くらいは手入れしなければ両親に怒られてしまう気がした。
移動に半日かかったとはいえ、気づけば既に日は沈み私たちは今晩リアース邸に泊まった。
私は自宅であり、私の部屋があるのだがブランはそうではない。
両親の部屋はベッドもそのままになっており、少し埃を取れば十分使えたのでブランにはそっちを使ってもらうことになった。
久しぶりの自宅。
懐かしさに包まれながら、私はベッドに身を投げる。
その夜、私は懐かしい夢を見たような気がした。
早朝、私たちはおじさんに帰る旨を伝えてラウドを後にした。
再び、馬車で半日も乗らなければならないのは億劫だが何日も店を開ける訳にはいかない。
そしてもう少しでレイアロンが見えてくるだろうというところで3度目の休憩を挟む。
馬車から降りた私は思いっきり身体を伸ばした。
そんな時、ブランが思い出したかのように尋ねてきた。
「そういや、カリン。墓参りの時、何か僕に言おうとしてなかった?」
「え、どうして?」
案の定図星なので内心凄くドキッとした。
普段はのほほんとしてるのにこういうところは本当に鋭い。
「カリンはそういうところ、分かりやすいからね」
「え、本当に?まあ確かに聞こうと一瞬思ったけどやめたのよ。あれはブランが私の両親と話してたことでしょ。私が聞く必要ないもの」
「そっか、遠慮してくれたんだね。でもカリンにも関係あることだから聞いてもらってもいいかな」
「何よ、急に改まって」
「僕はねカリンに感謝してるんだ」
唐突な言葉に私は首を傾げたが、ブランは構わず続ける。
「昔の僕は淡々と仕事をこなすだけの毎日だった。
でもある日みたベーカリーを構える少女は僕とは違うように見えたんだ。
そう僕が初めて見たカリンは眩しいまでの笑顔を浮かべて毎日を必死で力強く生きていた。
僕はどうしてそんなにも強く生きられるのか疑問だった。そして興味を持った。もっと知りたい。もっと話したいってね。そうやって意識してるうちに僕は君のことが好きになっていった。
カリンと関わったことで僕の人生は変わったよ。
こんなにも幸せな事があるんだって僕は君に教えてもらったんだから」
私は凄く顔が熱くなるのを感じた。
よくも臆面もなく、そんな恥ずかしいことが言えるものだ。
でもブランはそういうことをさらっと言えてしまう人なのだ。
それはこれまでの付き合いでよく分かっている。
「だから僕がカリンの両親に伝えたことは凄く単純だ。カリンを生んでくれてありがとう。そしてカリンは僕が必ず守ってみせるって」
ブランは真剣な顔でこちらを見ている。
が、私は恥ずかし過ぎて彼の顔はとてもじゃないが見れなかった。
ついでに言うならもう顔から湯気が出そうなくらい顔が熱い。
きっとめちゃくちゃ顔が赤くなっていることだろう。
だが聞いていて凄く恥ずかしい台詞であってもそれ故に真っすぐなブランの思いは十二分に伝わった。
彼は本気でそう思ってくれている。
そう思うと私は凄く温かな気持ちになるのだった。
そして私はそんな彼に告げる。
「ねえ、ブラン」
「なに?」
「ありがとう。とっても嬉しいわ」
そう言って少し照れが混じった笑顔を向ける。
これが私の精一杯。それでもブランは凄く幸せそうにしてくれた。
私はもう一度心の中でブランにありがとうと告げた。




