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それでもあなたに恋をする  作者: かなめ 律
3/9

Part3

 今度の祭り。

 それは3日後に行われる、街の創立イベントのことである。

 このレイアロンでは年に一度、街の創立を記念して一大イベントを開催する。

 レイアロン全体から協賛金を募り、街全体を使って行われる大規模なもので2日間に分けて行われる。



 もちろん私もレイアロンに住む一員として少しばかりではあるがParia名義で協賛金を出させてもらっている。

 レイアロンに来てもう8年にもなるが、その盛り上がりは毎年毎年相当なものだ。

 日々の鬱憤を晴らすかの如く、住民、観光客、冒険者を問わず皆が遊び騒いでいる。

 初めてベンさんに連れられて見た時は何事かと思ったが、今では私も騒いているうちの1人である。



 そんなレイアロンの一大イベントであるが、特徴というか傾向が1つある。



 それは祭りの当日になると男女のカップルが異様に増えるということ。

 観光地でもあるレイアロンは普段からチラホラカップルを見かけることも少なくない。



 だがこの日だけはチラホラというレベルではない。



 どこを見てもカップル、カップル、カップルだらけ。

 全く何処から湧いたのか、というくらいいる。

 故に街の男性諸君は女の子を誘うかどうかで祭りが近づくとソワソワし始める。

 そして女性は女性で誘われることを期待して、異様に気合いの入った装いになる。

 私はと言えばパンの勉強や店を構えるための準備、店を持ってからも軌道に乗るまでが大変だったため、それどころではなかったので全く縁は無かったのだが。



 ともあれブラン君もそんな男性達の1人だったということだろう。

 誘ったのが私なのは驚いたけれど。



 私とてブラン君は憎からず思っているところはある。

 開店して間もない時から足繁くお店に通ってくれたのは彼だけだった。

 話すようになってからは相談にものってくれたし、時には愚痴だって聞いてくれた。

 たまにではあるけど作業を手伝ってもらった事もある。

 独り立ちして不安だった私が自信を持ってやって来れたのは彼の存在があったことも大きいだろう。

 だからこそ彼はお客さんの中でも特別な存在であり。

 そんな彼からお誘いを受けたことは純粋に嬉しかった。



「ふふっ。そんなにガチガチになっちゃって。全然らしくないぞー」


「ちょ、なんで笑うんですかー。折角勇気を出して誘ったのに」


「ごめんごめん、誘ってくれて嬉しいよ。そうだね、一緒に回ろうか」


「え、本当ですか?やった!」



 彼は今にも飛び跳ねそうな勢いで喜んでいる。

 そんなに嬉しかったのだろうか。



「こら、店の中で騒がない。それで当日はどうするの?」



 子供の様にはしゃぐ彼を窘めつつ、約束の詳細を詰める。



 結局、当日は彼が店まで来てくれることとなった。

 祭りは夜からなので閉店作業を済ませてからで良いだろう。



 約束を取り付けてからは、そのまま帰路に着く彼を見送り、業務に戻った。

 のだが、自分で思っていたよりも浮かれており、仕事があまり手に付かなかったことは彼には内緒である。




 そんなこんなで祭り当日。

 今日は祭りの最終日である。

 2人の予定を合わせた結果、この日に行くということになった。

 私は閉店作業を済ませ、ブラン君の到着を待つ。

 祭りは街全体で行われているため、店の前も祭りを楽しむ人達が普通に往来する。

 もちろんその中にカップルも当然いるわけで。

 そんな人達を見るたびに自分もその仲間になるのかと思うと妙にソワソワするのであった。



 しかし、待てども待てども彼は来なかった。

 約束の時間はとうに過ぎても前を通る人の中に彼の姿は見つけられない。

 何かあったのかと心配にもなるが生憎連絡手段を持たないのでどうしようもないのがもどかしい。

 なかなか来ない彼にヤキモキしていると。

 ある記憶が頭の中をよぎった。



 それは忘れもしない悲しい記憶。

 両親と死に別れた時の記憶である。

 あの時もこんな風に両親の帰りを待っていた。

 聞いていた帰宅予定の時刻も過ぎ、いつまでも経っても帰ってこないことにあの頃は疑問すら抱かなかった。

 きっと待っていれば帰ってくる。たまたま遅くなっただけなのだと。

 まさか危険に晒されているとは想像もつかなかった。



 でも今は違う。

 そんな甘い期待を抱くことはもう出来ない。

 あの衝撃を知ってしまったら。

 あの悲劇を知ってしまったら。

 そんな安直な考えは出来ないようになっていた。



 際限なく膨らんでいく不安。

 刻一刻と過ぎていく時間。

 過ぎていく時間に比例するが如く不安は私の中を埋め尽くす。

 冒険者である彼のことだ。何があってもおかしくはない。という考えを否定しきれなくなった頃。



「カリンさん!」



 不安に押し潰され、いつしか俯いていた顔を上げると汗だくで店の入り口に立つブラン君の姿があった。



「.........遅かったじゃん」

「すいません!ちょっと遺跡で手間取ってしまって」

 申し訳なさそうに彼はペコペコ頭を下げる。



 それを見て私は少し笑い。

 昔のようにならなくて心から思うのだった。



 私たちが祭りの中央会場に付いたのは丁度祭りの最後を彩る特大花火が打ち上がる直前だった。

 祭りは街全体で行われるが、それを管理するための本部が4つありさらにその4つを総括するのが中央会場にある本部である。

 祭りにおいての最高決定権がそこにあるため、他の場所ほど規制がかけられておらず、必然的に1番盛り上がるのが中央会場となる。

 さらに言えば街を取り囲んで打ち上げられる最終日の花火を見るための櫓が設置されるのは中央会場だけなので最終日は輪をかけて中央会場は盛り上がっている。



 故に遅い時間から、楽しむのであれば中央会場が1番良いというブラン君の判断であった。



 そうして連れられてきた中央会場。

 人がごった返し、この中で逸れてしまえばもはや再開は期待できないとも思わせるほどである。

 祭りは初めてではないが、中央会場に来るのは初めてであり、その熱気に圧倒されてしまいそうだ。



「すごいね。中央会場ってこんなになるんだ」


「この最終日の中央会場は特に凄いです。櫓から見ればもっと分かりやすいですよ」


 そういう彼にさらに連れられ、人の壁をすり抜けながらやがて櫓の真下まで辿りつく。

 入り口は警備員によって管理されており誰でも入れるという訳ではなさそうだ。


「もしかして櫓って有料?」


「そうですね。そうじゃなかったらたちまち櫓はすし詰めになるでしょうから」


「まあそうだよね.....」


「でも大丈夫ですよ。通行証は買ってありますから」


「へえー準備いいじゃん。でも大分苦労したんじゃないの?」


「そりゃあちょっとは。めちゃくちゃ並んだんですから。もう朝から売り場回りまくって、お陰で約束には.....あっ」



 なるほど。遅れたのはそういうことだったのね。

 可愛いとこあるじゃん。

 そんな事を思いながら、やってしまったと頭を掻く彼を櫓に引っ張って行くのだった。



 櫓は割と広く、人混みが酷い下とは違ってスッキリとしていた。

 それなりの人は入っているが、ある程度余裕が持てる程の空間はあるので落ち着いて花火が見れそうだ。

 まだ少しだけ花火まで時間があるので他のカップルやグループはお喋りしていたり、ふざけあったりと思い思いの時間を過ごしている。



 それに比べて、私たちはというと。


 なんか微妙な雰囲気が2人の間に流れていた。

 恐らく向こうは気まずいのだろう。



 サプライズとして櫓の通行証を用意したものの約束に遅刻。

 何とか言い繕ったが、ボロが出てバレるという最悪のシチュエーション。

 私だってそんな状況になれば、相手の顔も見られないほど気まずい。



 そして何故か私もその気まずい空気に乗せられて言葉を発せずにいた。

 私が何か話題を出す方が色々とスムーズなのは分かっているのだけど。



 だがその沈黙は意外にも彼によって破られる。



「格好つけようとして遅れたこと.....怒ってますか?」


「いや怒ってないよ。それよりも安心.....の方が大きいかな」


「安心.....ですか?」


「そう安心。私ね。前にもあんな風に待たされた事があってさ、結局待ってもね、来なかったの」


「へえ.....そんなことが」


「その代わりに来たのは不幸の知らせだったよ」


「え......」


「これは私の死んだ両親の話。だからね君が約束の時間に来なかった時、すっごく怖かった」


「・・・・・」


「もちろんそんな事ない。私の考えすぎだ、ちょっと遅れてるだけだってそう何回も思おうとした。でも時間が経つ度にね、両親の時の記憶が蘇るの。もしかしてブラン君の代わりに君の不幸の知らせを誰かが伝えにくるんじゃないかって」



 いつしか私の頬には涙が伝っている。

 こんな祭りの日に何を重たい話をしてるんだろうと自分でも思う。

 だがブラン君はひたすら黙って耳を傾けてくれていた。

 私は両親の話は殆ど誰にも話さないようにしていた。

 でも今日に限っては何というか気持ちが溢れてしまって、誰かに話さずにはいられなかった。



「ごめんね、折角誘ってくれたのにこんな話しちゃって」

「いえ.....元はと言えば僕が悪いんですから。カリンさんが謝る事ないですよ」



 再び気まずい雰囲気が流れる。

 気づけば、花火が打ち上がるカウントダウンが始まろうとしていた。



 10、9、8とカウントダウンが進んでいく。

 未だに私たちはお互いの顔を見れずにいる。



 そしてカウントダウンは3に差し掛かり、そのまま数が減ってついに1がコールされたとき。



「僕はどこにもいきませんから」



 彼の声が花火の打ち上げ音と共に私に届くのだった。




 今、レイアロンの空には次々と花火が打ち上げられ、夜空を美しく彩っている。

 しかし櫓の上の私たちは、先程までの気まずさからお互い俯いていた状況から一転、夜空に咲く大輪の花にも目も暮れず、お互いの顔を見つめているのであった。

 突然の言葉に唖然とする私にさらに彼は続ける。



「僕は絶対にカリンさんの前からいなくなかったりしません。これは約束です」



 そして勢いのまま彼は私の手を握り、



「カリンさん、僕は貴女のことが好きです」



 明るい夜空に照らされながら、そう告げた。



 私は一瞬混乱した。

 ボクハアナタノコトガスキデス

 はて、これは何語だろうか?

 だがそんな頭の悪いことを考えていたのは一瞬である。



 すぐに私は自分を取り戻す。

 そうこれは彼の一世一代の告白なのだ。

 答えを言わなければ。

 そう頭では理解していた。

 とはいえ理解していても行動が伴うとは限らないのが人間の厄介なところで。

 実際私は硬直したまま動かなくなっていた。



 もうこうなっては動かない。

 私の頭はキャパシティの限界を迎えていた。



 しかしもう引くに引けない彼は止まらない。

 握った手にはさらに力が篭り、

「答えを聞かせてもらえますか」

 との追い討ちをかけてくる。



 そしてそのまま時間はどんどん過ぎていき。

 私の頭が冷えた頃にはもう花火は終わっていた。



 櫓からはどんどん人が引けていく。

 手を握り、見つめ合ったまま動かない私たちを見て怪訝そうな目を向ける人もいたが、もはやそんなものは気にも留めない。



 何度も自分の中で落ち着けと唱え、ゆっくりと言葉を紡いでいく。



「それは言葉の通り、受け取っていいんだよね?」


「もちろんです」



 即答。

 私の濁した言葉は一言で切り捨てられてしまった。

 だが逆にこの一言で私の覚悟は決まった。

 元々、私の中で答えは決まっていたのだ。

 今までのはただの照れ隠し。

 それももうやめることにする。



「ブラン君」


「はい」


「私も君の事が好きです。よかったらお付き合いしてくれますか?」



 言った。言い切った。

 後手である私はちょっと卑怯ではあるけれど、私なりに勇気を振り絞った。



「もちろんです。よろこんで」



 こうして星が輝く夜空の下、誰もいなくなった櫓の上で私達の想いは通じ合ったのだった。


これ以降は不定期にはなりますが順次投稿していく予定です。


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