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ネットが繋がらないだけだと思って一か月引きこもってたら、文明が崩壊していました  作者: オオマンティス


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黒の魔女、鋼のインナー

工房で初めての本格的な防具製作に夢中になっていたら、気づけばもうお昼をとっくに過ぎていた。

(……ふぅ。さすがに、お腹すいたな)


工房から出て、今日のお昼はちょっと特別にすることにした。

新しいローブの完成祝いだ。


カウンター裏の食料庫から、小麦粉、ドライイースト、缶詰のトマトソースとサラミを取り出す。

『料理 Lv.1』のスキルに意識を集中させると、頭の中に、フライパン一つで作れる簡単ピザのレシピがふわりと浮かび上がってくる。


私はその頭の中のレシピに従って手際よく、生地をこねて発酵させる。

そして、フライパンの上でじっくりと焼き上げていく。

トマトソースの酸っぱい匂い。サラミの香ばしい香り。そして、とろけるチーズの背徳的な香り。

図書館の静かな空間に、文明の匂いが満ちていく。


(ふふん。私のスキルにかかれば、文明の味の再現なんてお手の物なのだ)


出来立ての熱々のピザを、一口頬張る。

そんな幸福な昼食の最中、私は改めて自分の新しい姿を確認する。

深い夜色のローブに、黒い翼の腕甲。そして、耳には黒曜石のイヤリング。


(うん、我ながら中堅冒険者って感じの、なかなかの威圧感じゃないかな)


(……そうだ。『ショート・ワープ』。これ、試してなかった)

私はその場ですっと、立ち上がる。

そしてイヤリングの新しいスキルに、意識を集中させた。

目標はカウンターの向こう側。五メートルほど先だ。

――いけ!


ぐんと、MPが吸い取られる感覚。

次の瞬間、私の視界が一瞬だけぐにゃりと歪む。

そして、気づけば私は目標地点に立っていた。


「おぉ……!」


本当に、瞬間移動してる。

なんだこれ、面白い!

楽しくなってきて、カウンター裏と書架の間を、意味もなく何度もワープで往復する。「ひゃっほー!」なんて叫ばないだけ、私を褒めてほしい。



書架の上にワープで着地した、その瞬間。

ローブの裾が、ばさりと大きく翻る。

そして私の目に入ってきたのは……。

よれよれのジーンズと、ローブの下のパーカー。


「…………ダサい」


せっかくの魔女コーデが台無しである。


(ローブにパーカーってのもくそダサいな……)


それだけじゃない。防御的にも大問題だ。上半身は少しマシになったけど、下半身は相変わらず紙装甲のまま。


(……よし。決めた)


私は書架の上から、ひらりと飛び降りる。

ローブの下に隠せるような、軽くて動きやすい服。

それが私の、次の目標だ。



私は再び屋上へと登り、索敵を開始する。

求める素材は、「硬さ」と「しなやかさ」を両立したもの。

そして私のレベルアップした索敵スキルは、すぐさま最適な標的を見つけ出してくれた。


今までなんとなく不気味で避けていた、立体駐車場。

その薄暗い内部に、長くうねるような巨大な気配が潜んでいる。



【名称:グレイブ・センチピード】【レベル:21】

【備考:軽量で衝撃に強い甲殻を持つ。猛毒に注意】



(レベル21……! しかも毒持ちか)


今までの敵とは明らかに、格が違う。

でもその素材は、私の求めるインナーにこれ以上ないくらいぴったりだった。

危険だけど、やるしかない。

私は静かに決意を固め、次なる狩りの準備に取り掛かった。


町の中心部から少しだけ外れた場所にある、五階建ての巨大な立体駐車場。

ガラスはほとんどが割れ落ちていて、黒い口を開けている。

私はその不気味な入り口の前で、一度足を止めた。


(……ここか)


『空間把握』で、内部の構造を探る。

入り組んだコンクリートの迷宮。そして、その最上階の一番奥。

ひときわ大きく重い気配が、じっと潜んでいる。

間違いない。あれが、グレイブ・センチピードだ。



私は息を殺し、スロープをゆっくりと登り始める。

ひんやりとしたコンクリートの匂い。自分の足音だけが、やけに大きく反響する。

私の周りを、五本のジャベリンが警戒するように旋回速度を上げた。

二階、三階と上っていく。



床には、乗り捨てられた車が何台も放置されている。

その一台のミニバンの天井が、まるで巨大な缶切りでこじ開けられたみたいに、めちゃくちゃに引き裂かれている。


(……爪痕か。とんでもないパワーだな)

私がその生々しい痕跡に息を呑んだ、その時だった。

頭上の天井から、コンクリートの破片がぱらぱらと落ちてくる。

見上げた、瞬間。



――天井の闇が、動いた。

ザザザザザッと、無数の足をうごめかせる不快な音。

闇の中から現れたのは、私の想像を遥かに超える巨体。

全長七メートルほど。バスと見間違えるほどの、巨大なムカデ。

そのおびただしい数の節々が、黒く艶やかな甲殻で覆われている。


「ギシャアアアアアッ!!」


甲高い威嚇の鳴き声。

グレイブ・センチピードは、その巨大な顎をカチカチと鳴らしながら、天井から壁を伝ってありえない速度でこちらへと突進してくる。

(速いっ!)

私は咄嗟に、ジャベリンを二本射出する。

ガキンッ! ガキンッ!

甲高い金属音。

ジャベリンはその硬い甲殻に、火花を散らして弾かれた。


(硬い……! レベル21、伊達じゃないな!)


センチピードの巨大な顎が、すぐ目の前に迫る。

――ここだ!

『ショート・ワープ』のスキルを発動。

視界が一瞬、白く染まる。

次の瞬間、私はセンチピードの背後、十メートル先に立っていた。


(残念でした。瞬間移動は、この手の脳筋タイプの天敵なんだよね)


「ギシャッ!?」


獲物を見失ったセンチピードが、戸惑いの声を上げる。

そのがら空きの背中に。

私は残りの三本のジャベリンを、寸分の狂いもなく叩き込む。

狙うは甲殻と甲殻の隙間。

――ブスッ!

鈍い手応え。

三本の杭がその巨体に、深く突き刺さる。

「ギシャアアアアアアアアアアアアッッ!!」

断末魔の絶叫。

センチピードは、その場でめちゃくちゃに暴れ回る。

だが、私はもうそこにはいない。

再び『ショート・ワープ』で距離を取る。



センチピードが壁を、天井をどれだけ素早く動き回ろうと。

私の『空間把握』と『ショート・ワープ』からは、逃れられない。

私は瞬間移動を繰り返し、ヒットアンドアウェイで着実にダメージを与えていく。

左腕のヨツバが蔓を伸ばして柱に絡みつく。それを足場に、私はさらに立体的に空間を飛び回った。



そして、ついに。

無数の傷を負ったセンチピードの動きが、鈍る。

私はその最後の好機を、逃さない。

五本のジャベリンを全て手元に呼び戻し、一本の巨大な槍のように束ねた。



(――これで、終わりだ!)



『ショート・ワープ』で、センチピードの真上に出現。

そして束ねたジャベリンの塊を、その頭部めがけて。

渾身の力を込めて、撃ち出した。

ズドンッ、という轟音。

センチピードの硬い頭蓋が、砕け散る。

巨体は一度大きく痙攣すると、やがてその全ての動きを止めた。


「……はぁ……はぁ……っ」


荒い息。

ショート・ワープの多用で、MPもかなり消耗した。

でも、勝った。

私はその場にへたり込みそうになるのを、必死で堪える。

そして頭の中に次々と表示される、ウィンドウを確認する。

【経験値を大量に獲得しました】

【レベルが上がりました! Lv.19 -> Lv.22】


(……よし、一気に三つか。レベル20の大台も突破だな)


汐見 凪

Lv. 22 (+3)


HP: 196/196 (+41)

MP: 2387/2387 (+187)


筋力: 81 (+33)

耐久: 94 (+35)

敏捷: 108 (+38)

器用: 124 (+41)

幸運: 180


(補正値:耐久+53 敏捷+20)


(うわ、なんだこの上がり方……! 敏捷と器用、ついに100超えたんだけど!)


そして、レベル20という節目に到達したからだろうか。

もう一つ、新しいウィンドウが表示される。


【Lv.20に到達しました。ボーナスとして、スキルを二つ選択してください】


(二つ!? おお、レベル20到達記念のスペシャルボーナスってことか。運営さん、気が利くじゃん)



私は目の前に表示されたスキルリストを見つめる。


・暗視 Lv.1

・毒耐性 Lv.1

・武具合成 Lv.1


(暗視は夜の探索に行くなら必須スキル。そして、武具合成……。これも名前からして絶対に使えるやつだ)

私は迷わず、『暗視』と『武具合成』の二つを選択。

よし。


立ち上がると、戦利品の回収へと向かう。

巨大なムカデの死骸からは、黒く艶やかな甲殻のプレートが何枚もドロップしていた。


【名称:グレイブ・センチピードの甲殻】

【等級:レア】


【名称:麻痺毒の毒腺】

【等級:アンコモン】


私はそれらをアイテムボックスへとしまい、急いで図書館へと帰還する。

工房に戻り、手に入れたばかりの『グレイブ・センチピードの甲殻』を作業台の上に広げた。

そして、『防具製作』のスキルを発動。



【素材:グレイブ・センチピードの甲殻】


▼製作可能リスト

・グレイブ・チュニック(上衣)

・グレイブ・トラウザーズ(ズボン)

・グレイブ・ブーツ


私はリストの中から、『グレイブ・チュニック』と『グレイブ・トラウザーズ』を選択する。

黒い甲殻がひとりでに繊維状に分解され、しなやかな布地へと再構築されていく。



▼付属効果抽選中……(幸運値による補正:大)

【SLOT 1:耐久+10】

【SLOT 2:敏捷+5】

【SLOT 3:毒耐性+15】

抽選完了


(キタコレ! 私の幸運ステータスが、またしても神引きしてくれた……! 最高レアリティの三つ星オプションだ!)


光が収まり、私の目の前に体にぴったりとフィットする黒いハイネックの上衣と、同色のズボンが完成する。

一見ただの黒い服。でも、よく見ると表面にはセンチピードの甲殻を思わせる、幾何学模様が浮かび上がっていた。


【名称:グレイブ・チュニック】

【等級:レア】【耐久+45】

【効果:物理防御力(中)上昇、耐久+10、敏捷+5、毒耐性+15】


【名称:グレイブ・トラウザーズ】

【等級:レア】

【耐久+35】

【効果:物理防御力(中)上昇、耐久+10、敏捷+5、毒耐性+15】


私はついに、あのよれよれのパーカーとジーンズを脱ぎ捨てた。

そして出来立ての新しい服に着替える。

シャドウシーカーのローブをその上から羽織り、私はもう一度姿見の前に立った。

見た目は、昨日と変わらない。

フードを深く被った、怪しい姿。


(うん、外見は怪しい。でもそのローブの下は、超ハイテクな戦闘用インナー。このギャップ、嫌いじゃない)


私はローブの下の新しい服の感触を、確かめる。


(……これなら、もう何が来ても大丈夫だ)


私は自分の完璧な戦闘態勢に、満足のため息を漏らすのだった。

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― 新着の感想 ―
ムカデはいつも番で生息してるのよね つまり 一匹倒したらもう一匹出てくる。
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