第95話 その扉は固く閉ざされている
画面をのぞき込むとそこには、『薄味豆腐@闘病中』というアカウントの、ツイート画面が表示されていた。
「これが?」
「上から読んでいってくれ。おかしな部分があるだろ?」
画面に表示されている部分を、古いものから順に目を通してゆく。
〉7月2日
眠いので寝ます。おやすみー☆
〉7月3日
朝ミスド行った。久しぶりにオールドファッション食べたけど、これマジで美味いな。コーヒーにあう
〉7月3日
新イベントきた! さっそくガチャいきます
〉7月3日
爆死! マジクソ! 運営マジで氏ねよ
〉7月3日
最近マジで暑すぎ。マジで北海道とか行きたいだけの人生だった
〉7月3日
なっつんさんも大変だなー
「もしかしてこの最後の呟きのことか?」
読み終えると俺は、細谷へと顔を向けてから言った。
「そうだ」
「でもこれ、相互フォローしているわけだし、なっつんさんの名前が出るのって、別に不自然じゃあなくないか?」
「いや、そうじゃない。まずツイッターのマナーとして、他の人にリプを飛ばす時は、基本的にはコメントから呟くものなんだ。そうしないと、この薄味豆腐をフォローしているけど、なっつんのことをフォローしていない第三者からすれば、なにがなんだか分からなくて、タイムラインを汚すことになるから」
「ああ、確かに」
「こういうのを空リプって言うんだけど、経験上、こういうことをする時は、相手が裏垢である可能性が高い。そしてもう一つ……」
画面を操作すると、次に細谷はなっつんの、七月三日の呟きを表示する。
「なっつんは七月三日に計五つの呟きを行っているけど、その中に薄味豆腐の呟く『大変』に該当する呟きが見当たらない」
「つまりは……」
画面に目を落としたままの一ノ瀬さんが、考えるように手で口を覆いながらも言う。
「本垢ではない別のアカウントで、なっつんさんがなにか他人に大変だと思わせるような呟きを行ったということね」
マジシャンみたいに、器用にも中指をはじいて、細谷が軽快な音を鳴らす。
「それで、くるみの裏垢は見つかったのか?」
「ああ。薄味豆腐のフォローリストを一通り見たら、それらしいのが一つだけあった。ただし……」
「ただし?」
細谷は画面を薄味豆腐に戻すと、フォロー一覧を表示する。
そして素早くスワイプして画面を下げると、ある地点でスクロールを止めて、くるみの裏垢と思われるアカウントを開いた。
なつみかん
@natumikann
20XX年6月からTwitterを利用しています
このアカウントのツイートは非公開です
「なんだよ、これ」
ごくりとつばを飲み込むと、俺は答えを促すように、細谷へと視線を送る。
「鍵垢だ。ようはなつみかんが承認した人じゃないと、ツイートを見られない」
「じゃあ、承認してもらえばいいんだろ?」
「それはそうなんだけど……」
目を伏せて、残念そうに首を横に振る。
「正直、それは望み薄だと思う」
細谷の言いたいことはよく分かった。
というか、望み薄だろうなあとは思いつつも、それでもあえて聞いたというのが、本音だった。
どうしてそんなことをしたのか?
分かっているのに、なぜあえて聞くような真似をしたのか?
単純だ。
俺の嫌な予感を、否定してほしかったから。
残された手がかりに、生の息吹を施してほしかったから。
「とりあえず、申請をしてみてはいかがかしら?」
息をはいた一ノ瀬さんが、カップを手に取りながらも、俺へとちらりと視線を送る。
「やってみないことには、承認されるか拒否されるかは、分からないわけだし」
「そう……だな。でも、誰がやる?」
「まあ、僕か生徒会長じゃあないか?」
小さく手を挙げた細谷が、中指でメガネを持ち上げながらも口を開く。
「夏木は兄だからそもそも論外だし、小笠原さんは既に正体がバレてる。となると、現在進行系でアクティブユーザーの僕か、夏木の妹さんと面識のない生徒会長ってことになるよな」
細谷の言う通りだ。俺は論外……というかアカウントのパスワード忘れた。
一華は既に身バレしているので、警戒して申請を承認することはないだろう。
となると、やはり一ノ瀬さんか?
同性だし、なによりドラペユーザーということもあり、フォローされる相手としては、一番自然でうってつけかもしれない。
「一ノ瀬さん、頼んでいいか?」
「ええ、いいわよ。でも申請されなかったからって、私のせいにしないでね」
一ノ瀬さんがなつみかんにフォローのリクエストを送ってから、大体一時間ほどが経過しただろうか。
その間に俺は、ポテトをもう一皿おかわりをして、唐揚げを食べて、コーラとジンジャーエールとドクペを、それぞれグラスに一杯ずつ飲んだ。
夜中にこんなに脂っこいものを食べても大丈夫なのだろうかと思われるかもしれないが、全然全くこれっぽっちも問題ない。
だって俺はまだまだ十代なのだから。
十代最強。
むしろこのあとビッグマックのセットもいけちゃうね。
「一時だ」
左手首にはめたスマートウォッチで時間を確認した細谷が、一ノ瀬さんに言う。
「生徒会長。向こうからの反応は?」
細谷に言われて、一ノ瀬さんがツイッターを確認する。
「あっ……」
なにかに気づいたような声を出したあとに、一ノ瀬さんが考えるように顔を曇らせる。
続きが気になった俺は、一ノ瀬さんを促すためにも、呼びかける。
「なにかあったの? 承認? それとも拒否?」
「いえ、さっきまでは『フォロー許可待ち』と表示されていたのに、今見てみると、『フォローする』に戻っていたから」
「ああ、それはだめだね」
細谷がやれやれと首を振る。
「拒否されたんだよ。拒否されると、『フォロー許可待ち』から『フォローする』に戻るから」
細谷の言葉に、俺たち三人はがっくりと肩を落として、見るからに落胆する。
たかがツイッター、されどツイッターだ。
誰かに拒絶されるというのは、どういった形であれ、心にくるものがある。
しかし細谷は、このくるみからの反応を、とてもポジティブに捉えた。
「なに落胆してるんだよ。これはものすごい前進だぞ」
「前進?」
「だってそうだろ? 電話も、ラインも、ツイッターの表アカウントも、全部反応がなかったのに、裏垢に関しては明確に反応があったんだ。つまり妹さんは今この時間も起きていて、裏垢をチェックしていて、おそらくはなんらかの情報を発信している。極端な言い方かもしれないけど、生存確認ができたと言っても過言ではないぞ」
「そう……だな」
自分自身を納得させるように、俺は一人で頷く。
「確かに細谷の言う通りだ。でも、これからどうする? くるみがツイッターの裏垢を今も見ていると分かっても、俺たちが見られないことにはなにも始まらない」
「そのことなんだけど……」
腕を組んでソファにもたれかかると、細谷は目を閉じて、悩むように天井を仰ぐ。
「夏木の妹さんはドラペにはまっているんだよな?」
「ああ、はまっている」
「漫画とかは好きか?」
「結構好きな方だと思う。ジャンプとかも普通に読むし」
「じゃあ」
体を起こすと、テーブルに肘をついて、考えるように手で口を覆う。
「可能性は、なくはないか」
「なにか策があるの?」
髪を払った一ノ瀬さんが、細谷を横目にして、聞く。
「だったらもったいぶらないで言ってくれるかしら」
「分かった。乗りかかった船だ。最後までとことんやってやるよ」
細谷は手でテーブルを叩くようにして立ち上がると、俺たちに「ついてきて」と言い歩き出した。
一体どこにいくのだろうと思った俺は、急いで立ち上がると、そんな細谷の背中を追った。
一華と一ノ瀬さんも、とりあえずは荷物をそのままにして、俺の、ようは細谷のあとを追った。




