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第94話 お前ら付き合ってんの?

 数十分後、とりあえずなっつんの呟きを全て読み終えた俺は、切りもよかったので、皆の分の飲み物を取りに行くためにも、席を立った。


 ええと、一ノ瀬さんと細谷がホットコーヒーで、一華がアップルジュース……。


 カップを手に取ると、コーヒーメーカーのトレイの上に置く。

 そしてブレンドと書かれたボタンを押すと、豆を挽くガリガリという音が鳴り出して、それからゆっくりと、カップの中に熱々のコーヒーが注がれてゆく。


 一杯淹れるのに、大体一分ぐらいかかるだろうか。

 ただぼうっと突っ立っているにはなかなかに長い時間であったので、俺はもう一杯を淹れている間に、何気なく店内へと視線を巡らせてみることにする。


 客は、俺たち以外に二組しかいない。

 一組は、今現在レジで精算をしているので、実質は一組だ。

 つまりは、俺たち以外にこの店内には、同じクラスの同人漫画家兼イラストレーターの上田しおんしかいないということになる。


 ここからなら見えるだろうか……。


 俺はかかとを上げて軽く背伸びをして、上田さんがいるだろう席の方へと視線を送ってみる。


 ――いた。


 腰まである長い赤毛に、しゃんとしたその姿勢。


 いつも俺が教室で見る、上田しおんのうしろ姿だ。


 ものすごく集中しているのだろう。

 彼女は周りの様子を気にすることなく、もくもくと手を動かし続けている。


 同い年なのにすごいな。

 自分のやりたいことが分かっていて、はっきりした目標があって……。


 きっと上田さんは、いくつになっても、一生青春の中にいるんだろうな。


 俺はグラスにアップルジュースと、自分用のアイスコーヒーをつぐと、長方形のトレイにのせて、席に戻った。


「どう? なにか進展あった?」


 一華、一ノ瀬さん、細谷の順に飲み物を配ると、俺は誰にではなく聞いた。


「いいえ、特にないわね」

「……う、ううん」

「同じく」


 皆一様に首を横に振る。


「そっか。……なんか、わるいな。俺のために、こんな夜遅くまで」


「きょ、京矢は……」


 一華が、もじもじしながら口を開く。


「京矢はいつも、わ、私のこと助けてくれるから……。だから、お手伝いできて、私嬉しい……かも」


「……一華」


 心の中に温かいものが湧き上がってきた俺は、いつもの感覚で、一華の頭をなでなでする。


 すると、そんな俺と一華の様子を見た細谷が、何気ない口調で言った。


「なあお前らって、付き合ってんの?」


「――は!?」


 細谷の唐突な発言に、俺は思わず声を上げる。


「付き合ってねーし! なあ一華? お前もなにか言ってやれよ」


 一華を振り向くと、そこには顔を真赤にして、肩をすくめる、まるで恋する乙女みたいな、一華の姿があった。


「ほらみろ。そんなこっ恥ずかしいこと言うから、一華が気まずくなっちまったじゃねえか」


「気まずくなったって……夏木お前……」


「細谷くん、いいかげんにしてくれるかしら」


 一ノ瀬さんが、冷たい……というよりも、触れたら切れそうな氷の刃のような声音で言う。


「夏木くんと一華さんが付き合っている? そんなことあるわけがないし、あってはならないことよ。そもそも一華さんは絶対不可侵の、この地上においての最後の希望なの。どうしてこんな夏木くんごときがお付き合いできるの? あり得ないにもほどがあるわ」


「お、おう。……なんか、すまん」


 見るからにどん引きすると、細谷は話題を逸らすためにも、俺へと次の作業の説明に入る。


「夏木には、僕と同じ、フォロワーの調査を頼む」


「了解。また読んでいけばいいんだろ?」


「ああ。ここに……」


 紙ナフキンに書かれた、リストのような物を差し出す。


「済んだアカウント名が書いてあるから、それ以外を頼む」


「了解」


 俺は自分のスマホを手に取ると、なっつんのフォロワー一覧を開いて、再び一つひとつ、読み始めた。


 どこの誰だか分からない、どうしようもない無為な呟きを読み続けるうちにも、夜空に浮かんでいた三日月は西の空へと沈み、外の歩道を三百十五人の歩行者が横切り、四組の客が来店して、そして同じ数の客が、精算を済ませて店から出ていった。


 現在の時刻は夜中の十二時。


 疲れ果てた俺たちは、休憩にと頼んだポテトをつまみながらも、天井で見えない空へと向けて、盛大に、倦怠感の漂うため息をついた。


「だーめだ。なんも見つかんねえ。というかマジでだるい。興味のない、なんの脈絡もない、他人のツイートを読み続けるのって、地獄じゃね?」


「そうね。思った以上に肩にくるわね」


 肩に手をやると、一ノ瀬さんはほぐすように軽く揉む。


「特定厨だったかしら? 彼らは、実はなんらかの特殊部隊に所属しているとかではないかしら? とてもじゃないけれど、普通の人にはとても真似できることではないわね」


 一ノ瀬さんに同意するようにして、一華がポテトを頬張りながらもこくりこくりと頷く。


「なあ、細谷も少し休憩を――」


「あった」


 細谷の発言に、俺はとっさに言葉を切る。


 そして細谷はもう一度、まるで独り言を呟くようにして、「あった」と言う。


「あったって……もしかして見つけたのか? くるみの裏垢を」


「いや、裏垢はまだだ。見つけたのは裏垢につながるかもしれない手がかり」


「どういうこと?」


「これを見てくれ」


 細谷は自分のスマホをテーブルの中央に置くと、皆に見えやすいようにくるりとスマホを百八十度逆にした。

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