表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
87/220

第87話 妹のセックス宣言

 ゲームセンターから出ると、俺はくるみのあとを追うような格好で、そのまま駅へと向かい歩を進めた。


 手には、今しがたくるみと撮ったプリクラがある。

 どこまでも楽しくなさそうな、おそらくは世界で一番険悪な、そんなプリクラが。


 事情を知らない人が見たら、あるいは首を傾げるかもしれない。

 この二人は、どうしてわざわざお金を払ってまでして、一緒にプリクラを撮ったのだろうか……と。


 駅前の、中央に銀の時計が建っている、ささやかなロータリーの所にやってくると、くるみは立ち止まり、改札の方を指さして言った。


「降りる駅一緒だよね。あんたとは一緒に帰りたくないから、先に帰って」


 さて……どうする?

 このまま帰ってしまっては、今日無理にでもくるみとデートをした意味がなくなってしまう。

 せめて、一華のどこに憤りを覚えているのか、それぐらいは聞き出さないと。


 俺はポケットからスマホを出すと、くるみへの文章を、手早く打ち込む。


『あの、今日はありがとう』


「は? そういうのいいから」


『くるみちゃんは……楽しかった?』


「だから、そういうのいいから」


 いかんな。当たり障りのない内容では、話が前に進まない。

 進まないどころか、このままでは完全に無視をされて、立ち去られてしまうかもしれない。


 一瞬俺はためらったが、半ばどうにでもなれという思いで、次のように文章を打ち込む。


『私……くるみちゃんと仲よくなりたい』


 文章を確認しただろうくるみを、俺は上目遣いでちらりと見つめる。


 くるみは顔を伏せて、強く口を結んでいる。


『くるみちゃん、もしかして私に対してなにか怒ってる?』


「……めろ…………」


『だったら、理由を聞かせてほしい』


「や……めろ……」


『許してもらえるように、努力するから』


「――だからっ!」


 両手を強く握ったままで、まるで地面にぶつけるようにして、くるみが叫んだ。


「やめろって言ってんだろーが!!」


 くるみの怒声は、到着した電車の音にかき消されることもなく、このいくらかの人々の往来する、駅前広場に響き渡った。


 俺たちのやり取りに、立ち止まる人はいなかった。

 しかしほとんどの人が、気になるように、明らかにこちらに顔を向けていた。


「あんた、一体どういうつもり? たとえ偶然同じギルメンで、実際に会ってそこで初めて私だって知ったとしても、普通そのあと遊びには誘わないでしょ? 気まずいかもしれないけど、仕方ないってことで別れるでしょ? それをせっかくだから遊ぼって……頭おかしいんじゃあないの?」


 一体全体なにがどうなっているんだ?

 正直、くるみの言う内容が、さっぱりわけが分からないぞ。


 ……おそらくこれは、一華とくるみには共通の話題であって、俺にはそうでないもの。一華とくるみの間には既知であって、俺には知りようもない未知のもの。

 そのなにかをベースにして、話を進めているからだ。


 だが、それをどうやって聞き出せばいい?

 忘れたからもう一度言ってくれなんて言ったら、それこそ逆鱗に触れるんじゃあないか?


『とにかく落ち着いて。今日誘ったのは、別にそういう意味じゃあないから』


「そういう意味じゃないって、じゃあどういう意味なの?」


『それは……』


 返答に窮する。

 当然だ。

 流れに流されて、適当に返事をしただけだから。


 もしかしたらくるみは、そんな俺の困ったような顔を見て、なにかを察したのかもしれない。

 向こうから、核心をつく質問をしてきた。


「ねえ、あんた、もしかしてなかったことにしようとしてない?」


 顔を上げる。

 文脈から、否定した方がいいだろうと思った俺は、とっさに首を横に振る。


「じゃあどうして、そんな呆けたような顔をするの?」


 真面目な顔に戻してから、もう一度首を横に振る。


「ねえ、もしかして、忘れたとかじゃあないよね?」


 心臓がどくりと高鳴る。

 図星をつかれて、結構マジでやばい状況に陥りつつあると、否応なしに察したから。


「だったら、言って。今ここで言って。昔、私があんたに、なんて言ったか」


 腰に手を当てて、ぐうっと顔を寄せるくるみ。


 なにも答えられずに、ただただちらちらと、視線を漂わせる俺。


 不穏にも、バス停の屋根の上で硬い爪の音を鳴らす、漆黒のカラスが鳴いた。


 周りからの野次馬の視線が、まるで心の壁にレーザー照射をするようで、痛かった。


「答えられないよね? そうだよね? だってあんたは、私の忠告を無視して、お兄ちゃんに近寄ってるんだから」


 突然のくるみの発言に、俺は心の中で盛大に首を傾げた。

 どうしてここで俺のことが出てくるんだ? と。


「忘れたって言うんなら、もう一回言ってあげようか? 一華、あんたはもう二度とお兄ちゃんに近づくな。はっきし言って目障りなんだよ」


『……ど』


 ――聞くな!


 俺ではない俺の声が、まるで警鐘を鳴らすように、心の中に響く。


『どうして?』


 ――聞いてはいけない!


 今度は俺の声で、はっきりと警告される。


 だが、どうやら俺の本性は、知りたがりだったようだ。


 好奇心は、理性の壁を、いともたやすく破壊してのけた。


『どうしてだめなの? 京矢に近づいて』


 次の瞬間、痛いような熱いような、そんな刺激的な感覚が、頬に伝った。


 びんたされたと気づいたのは、顔を戻して、左から右に振り切った、くるみの右手を見てからだった。


「そんなの!」


 顔を真っ赤にして、肩で息をしながらも、くるみが言う。


「そんなの、お兄ちゃんのことが好きだからに決まってんじゃん!」





 は?





 頭の中が真っ白になり、ほどなくして意識が戻ってくる。

 そして状況を飲み込んで、もう一度心の中で自分の感情を言語化する。



 はいいいいいぃぃぃいいいいー!??



「お兄ちゃんのことが好き! 好き好き大好き! ていうか愛してる! これは若さが故の気の迷いとかじゃあない! 私が高校生になっても、大学に進学しても、大人になっても、絶対に未来永劫に変わらない、確固たる気持ちだから! ごみアニメとかにある、一時的で中途半端な恋心じゃなくて、本物の愛だから! 日本で許されないって言うんなら、どこか他の国にいく! そんな国がないって言うんなら、私が変えてやる!」



 ええええええええぇぇぇぇぇえええぇぇぇぇー……これ絶対に聞いちゃいかんやつやん!

 なんていうか、絶対に知っちゃいけない気持ちやん!



 俺はびんたされた頬の痛みも忘れて、一歩二歩とあとずさる。


 そんな俺の歩調に合わせるようにして、くるみが一歩二歩と歩み寄る。


「私……」


 こくりと、頷く。


「お兄ちゃんとセックスするから。あんたには、絶対にあげないから」


 こくりと、頷いて応える。


 これは……現実なのか?

 これは……夢ではないのか?


 足元が妙にふわふわするし、割とマジで、現実ってなんだっけ? 夢ってなんだっけ? って気持ちになっているんだが……。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
[良い点] この絶妙な人間が面白い [一言] 気付いてないから仕方ないけど 妹よ、君はその大好きな兄にビンタしてるんやぞw これからも頑張ってください
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ