第87話 妹のセックス宣言
ゲームセンターから出ると、俺はくるみのあとを追うような格好で、そのまま駅へと向かい歩を進めた。
手には、今しがたくるみと撮ったプリクラがある。
どこまでも楽しくなさそうな、おそらくは世界で一番険悪な、そんなプリクラが。
事情を知らない人が見たら、あるいは首を傾げるかもしれない。
この二人は、どうしてわざわざお金を払ってまでして、一緒にプリクラを撮ったのだろうか……と。
駅前の、中央に銀の時計が建っている、ささやかなロータリーの所にやってくると、くるみは立ち止まり、改札の方を指さして言った。
「降りる駅一緒だよね。あんたとは一緒に帰りたくないから、先に帰って」
さて……どうする?
このまま帰ってしまっては、今日無理にでもくるみとデートをした意味がなくなってしまう。
せめて、一華のどこに憤りを覚えているのか、それぐらいは聞き出さないと。
俺はポケットからスマホを出すと、くるみへの文章を、手早く打ち込む。
『あの、今日はありがとう』
「は? そういうのいいから」
『くるみちゃんは……楽しかった?』
「だから、そういうのいいから」
いかんな。当たり障りのない内容では、話が前に進まない。
進まないどころか、このままでは完全に無視をされて、立ち去られてしまうかもしれない。
一瞬俺はためらったが、半ばどうにでもなれという思いで、次のように文章を打ち込む。
『私……くるみちゃんと仲よくなりたい』
文章を確認しただろうくるみを、俺は上目遣いでちらりと見つめる。
くるみは顔を伏せて、強く口を結んでいる。
『くるみちゃん、もしかして私に対してなにか怒ってる?』
「……めろ…………」
『だったら、理由を聞かせてほしい』
「や……めろ……」
『許してもらえるように、努力するから』
「――だからっ!」
両手を強く握ったままで、まるで地面にぶつけるようにして、くるみが叫んだ。
「やめろって言ってんだろーが!!」
くるみの怒声は、到着した電車の音にかき消されることもなく、このいくらかの人々の往来する、駅前広場に響き渡った。
俺たちのやり取りに、立ち止まる人はいなかった。
しかしほとんどの人が、気になるように、明らかにこちらに顔を向けていた。
「あんた、一体どういうつもり? たとえ偶然同じギルメンで、実際に会ってそこで初めて私だって知ったとしても、普通そのあと遊びには誘わないでしょ? 気まずいかもしれないけど、仕方ないってことで別れるでしょ? それをせっかくだから遊ぼって……頭おかしいんじゃあないの?」
一体全体なにがどうなっているんだ?
正直、くるみの言う内容が、さっぱりわけが分からないぞ。
……おそらくこれは、一華とくるみには共通の話題であって、俺にはそうでないもの。一華とくるみの間には既知であって、俺には知りようもない未知のもの。
そのなにかをベースにして、話を進めているからだ。
だが、それをどうやって聞き出せばいい?
忘れたからもう一度言ってくれなんて言ったら、それこそ逆鱗に触れるんじゃあないか?
『とにかく落ち着いて。今日誘ったのは、別にそういう意味じゃあないから』
「そういう意味じゃないって、じゃあどういう意味なの?」
『それは……』
返答に窮する。
当然だ。
流れに流されて、適当に返事をしただけだから。
もしかしたらくるみは、そんな俺の困ったような顔を見て、なにかを察したのかもしれない。
向こうから、核心をつく質問をしてきた。
「ねえ、あんた、もしかしてなかったことにしようとしてない?」
顔を上げる。
文脈から、否定した方がいいだろうと思った俺は、とっさに首を横に振る。
「じゃあどうして、そんな呆けたような顔をするの?」
真面目な顔に戻してから、もう一度首を横に振る。
「ねえ、もしかして、忘れたとかじゃあないよね?」
心臓がどくりと高鳴る。
図星をつかれて、結構マジでやばい状況に陥りつつあると、否応なしに察したから。
「だったら、言って。今ここで言って。昔、私があんたに、なんて言ったか」
腰に手を当てて、ぐうっと顔を寄せるくるみ。
なにも答えられずに、ただただちらちらと、視線を漂わせる俺。
不穏にも、バス停の屋根の上で硬い爪の音を鳴らす、漆黒のカラスが鳴いた。
周りからの野次馬の視線が、まるで心の壁にレーザー照射をするようで、痛かった。
「答えられないよね? そうだよね? だってあんたは、私の忠告を無視して、お兄ちゃんに近寄ってるんだから」
突然のくるみの発言に、俺は心の中で盛大に首を傾げた。
どうしてここで俺のことが出てくるんだ? と。
「忘れたって言うんなら、もう一回言ってあげようか? 一華、あんたはもう二度とお兄ちゃんに近づくな。はっきし言って目障りなんだよ」
『……ど』
――聞くな!
俺ではない俺の声が、まるで警鐘を鳴らすように、心の中に響く。
『どうして?』
――聞いてはいけない!
今度は俺の声で、はっきりと警告される。
だが、どうやら俺の本性は、知りたがりだったようだ。
好奇心は、理性の壁を、いともたやすく破壊してのけた。
『どうしてだめなの? 京矢に近づいて』
次の瞬間、痛いような熱いような、そんな刺激的な感覚が、頬に伝った。
びんたされたと気づいたのは、顔を戻して、左から右に振り切った、くるみの右手を見てからだった。
「そんなの!」
顔を真っ赤にして、肩で息をしながらも、くるみが言う。
「そんなの、お兄ちゃんのことが好きだからに決まってんじゃん!」
は?
頭の中が真っ白になり、ほどなくして意識が戻ってくる。
そして状況を飲み込んで、もう一度心の中で自分の感情を言語化する。
はいいいいいぃぃぃいいいいー!??
「お兄ちゃんのことが好き! 好き好き大好き! ていうか愛してる! これは若さが故の気の迷いとかじゃあない! 私が高校生になっても、大学に進学しても、大人になっても、絶対に未来永劫に変わらない、確固たる気持ちだから! ごみアニメとかにある、一時的で中途半端な恋心じゃなくて、本物の愛だから! 日本で許されないって言うんなら、どこか他の国にいく! そんな国がないって言うんなら、私が変えてやる!」
ええええええええぇぇぇぇぇえええぇぇぇぇー……これ絶対に聞いちゃいかんやつやん!
なんていうか、絶対に知っちゃいけない気持ちやん!
俺はびんたされた頬の痛みも忘れて、一歩二歩とあとずさる。
そんな俺の歩調に合わせるようにして、くるみが一歩二歩と歩み寄る。
「私……」
こくりと、頷く。
「お兄ちゃんとセックスするから。あんたには、絶対にあげないから」
こくりと、頷いて応える。
これは……現実なのか?
これは……夢ではないのか?
足元が妙にふわふわするし、割とマジで、現実ってなんだっけ? 夢ってなんだっけ? って気持ちになっているんだが……。




