第83話 真夜中のゲーム大会
その後も操作を続ける一ノ瀬さん。
ほどなくして、気づいたように一華に言う。
「あら、一華さん。せっかくキャラが術適正なのに、『ニンギジーダ』を取っていないじゃない」
「それって、あれ? 今回のイベントの、クリア報酬」
「ええ、そうよ」
「あそこのダンジョン、難しくて……。ボス倒せないから、諦めた」
うーん……と言いながら、一ノ瀬さんがステータスを確認する。
妙に慣れた手つきだ。
一ノ瀬さんがサリアーとしてギルドに入った時期から勘案するに、一ノ瀬さんは、ドラペを初めてから、まだそれほど月日がたっていないだろう。
それなのにもうベテランの風格を醸し出しているのは、一体どういうことだろうか。
思うにこれは、好きがこうじた結果ではないかと思う。
もちろんドラペに対する好きではない。
一華、その者に対する好きだ。
「うまくやれば、クリアできるのじゃあないかしら」
「へ? ほんとぉ? でも、どうやって?」
「最高位の指輪があるわよね。限界突破の」
「うん。それ、もったいないから残しておいたやつ」
「これを全部使って、EXPをためて、とにかくレベルを上げられるだけ上げるの」
「でもでも、今の状態で、現状レベルマックスだから、そんなに弱くない……はず」
うっすらと笑みを浮かべると、一ノ瀬さんが困ったようにかすかに首を傾げる。
「いい? 限界突破後は、レベルが一上がるごとに、ステータスの数値が一パーセントずつあがるの。積み重ねれば、これはかなり大きな数字よ」
「そ、そんなに……知らなかった」
「あとは、これ」
武器一覧にある、『オース・バウンド』という杖を選択する。
すると台座の上に浮かんだ、3Dの木の杖が表示される。
先端がまるでゼンマイのように渦をまいた、どこか厳かな雰囲気のある木の杖だ。
「その杖、全然使ったことない。……あんまり強くないから」
「攻撃力はあまりないわね。でもこの杖の真価は、この杖特有の、武器依存技にあるといっても過言ではないわ」
「武器依存技ってなんだ?」
よく分からなかったので、俺は質問をする。
「この武器だからこそ使える技よ。本来技はキャラクター本人が覚えるものだから、武器を変えても使えるけれど、武器依存技は、特定の武器じゃないと使えない」
「ああ、なるほど」
メモメモ。頭の中にメモ。
もしかしたら明日、ドラペの話題が出たら使うかもしれないし。
「オース・バウンドの依存技って、『アンチ・イデア』? あれ、やっぱりあんまり強くない」
「攻撃力は必要ないの。必要なのは魔法デバフ」
「魔法デバフって、魔法の攻撃力を下げる、あれ?」
「そうよ。今回のイベントのボスは、基本的には魔法の全体攻撃をうってくるから」
「でもでも、デバフぐらいじゃ……」
「デバフはばかにできないわよ。だって一回入るごとに、相手の攻撃力が二十パーセントも下がるのだから。しかも重ねることも可能。時間で効果が落ちてゆくからなんとも言えないけれども、五回重ねれば、実質相手の攻撃を無効化できるわ」
「へ? そ、そうなの? ……すごい」
一ノ瀬さんの隣に腰を下ろすと、一華はゲーム画面と一ノ瀬さんを交互に見る。
「限界突破して、レベルを上げて、アンチ・イデアをうちまくれば、多分勝てるのじゃあないかしら」
「すごい。やる。今から」
「じゃあまずは、EXPためから始めましょうか。その過程で、アンチ・イデアを覚えられれば、万々歳ね」
コントローラーを受け取ると、一華は一人で小さく頷いてから、さっそくゲームを始めた。
本来は、俺がゲームをやり、明日までに少しでも慣れなければいけないのだが、一華はすっかり忘れているみたいだ。
でも、これでいい。
一ノ瀬さんと二人で、肩を並べてゲームをする一華が、どこまでも夢中で、楽しそうだから。
ゲームという、ちょっと女の子っぽくない趣味かもしれないけれども、それで誰かと繋がれるのなら、こんなに素晴らしいことはない。
俺は安堵のため息をつくと、ベッドに腰をかけて、背後から、そんな二人を見守った。
数時間後の夜中の二時。
雑然とした一華の部屋に、歓喜の声が上がった。
「…………お、終わった?」
「ようやくクリアできたわね。一華さん、おめでとう」
「やった、やったやったやった」
一華は一ノ瀬さんの手を取り、嬉しさをアピールするように上下に振る。
「もう二時過ぎなのね。さすがに疲れたわ」
「うん、疲れた。お腹もすいた。京矢、お菓子」
「お菓子?」
ローテーブルの上へと視線を送る。
しかしそこにはお菓子のごみと、からになったペットボトルしか見当たらない。
「もうないぞ。諦めろ」
「ええー。京矢……買ってきて」
「え? 今から?」
「早くいきなさいよ」
手をついて床にもたれた一ノ瀬さんが、肩越しに俺を見ながらも言う。
「夏木くん、さっきからなにもしていないのだから、それぐらいしたらどうなの?」
いや、プレイしているところを見て、しっかりと勉強をしていたのですが……。
まあいいか。
雨もやんだことだし、ちょっと外の空気も吸いたいし。
「分かったよ。ついでに朝飯も買ってくるけど、なにがいい?」
家を出ると、俺は住宅街の間を、コンビニへと向けて歩いた。
先ほどまで雨が降っていたためか、空気はひんやりとしており、どこかみずみずしい。
風は、初秋を思わせるほどに冷涼で、火照った俺の体から、ちょうどいい感じに熱を奪ってゆく。
明日は、天気予報通りに快晴になるのだろう。
雲に覆われた空の所々に、雲間ができて、きらきらと瞬く星々が顔をのぞかせている。
俺は思いっきり空気を吸い込むと、肺の中がからっぽになるまで、完全に息をはいた。
そしてもう一度吸い込むと、そっと顔をあげて、明日のことを思った。
一華たちといる楽しさに、ちょっとだけ明日のことを忘れていたが、はたして大丈夫なのだろうか。
女装をして、一華に化けて、なっつんさんと会うということだけれども、本当に一日ももつのだろうか。
いや、やるしかない。
俺は一華のためならば、なんだってやるって決めたんだ。
それが贖罪だから。
それが罪滅ぼしだから……。
買い物を済ませて一華の部屋に戻ると、二人は眠っていた。
一華はベッドで、布団をかぶって。
一ノ瀬さんはその脇で、まるで看病に疲れた姉が、束の間ベッドに寄りかかるようにして。
俺は二人を起こさないようにレジ袋を置くと、椅子の背もたれにかけてあったブランケットを拝借して、一ノ瀬さんの肩にかけた。
そして床に置かれていたコントローラーを手に取ると、テレビの音量を下げてから、ゲームを再開した。
なっつんさんとのデートまで、あと大体十時間。
死ぬ気でやって、完璧にしてやる。




