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第77話 狙うはスーパーの半額唐揚げ弁当250円 [799kcal]

 一華の家にいく前に、俺は夕食を買うために、駅の近くにあるスーパーへと向かった。

 当初はコンビニにでもいこうかなと考えていたが、この時間ならスーパーで買った方が安いだろうと思い直したので、急遽行き先を変更した。


 きっと今頃売り場では、店員さんが『20%OFF』と書かれた黄色のシールを、弁当やらお惣菜やらに貼っていることだろう。

 もしかしたら『半額』なんて、めったにお目にかかれないSSR級のシールを貼っているかもしれない。

 ハーフプライサー同好会にぶん殴られないように気をつけなければ。


 スーパーに着くと、俺は出入り口でかごを手に取り、一目散に弁当コーナーへと向かった。


 時刻は夜の八時。

 ここのスーパーは夜中近くまで営業しているが、さすがにこの時間だと営業時間に関係なくどこか閑散としている。

 客層も、主婦層がメインではなくて、どちらかといえば仕事帰りのサラリーマンといった感じの人が多い気がする。


 立ち止まると、俺は値下げシールの貼られた弁当がないかと、まるで飢えたハイエナのように、左から右へ、右から左へと、売り場を見渡した。


 あれ? 値下げ商品どころか、普通の価格の弁当もない?


 焦る俺。いや、まあ最悪、パンとかでもいいんだけどさ。


 諦めかけた次の瞬間、売り場とは別の所に設置されたワゴンセールコーナーを、視界の端に捉えた。


 唐揚げ弁当――最後の一つ――発見!


 急いで駆け寄り、手をのばすと、不意に、誰かの手に当たった。


「あっ、すみません」「あっ、ごめんなさい」


 とっさに言い、手を引っ込めると、恐る恐る顔を上げて、その人を見る。


 ――一ノ瀬さんだった。


 端正な顔立ちに目元にある泣きぼくろ。

 髪は黒のロングで、妙にさらさらとしている。

 現に今も、手を引っ込めた際に髪が揺れたのだが、髪の毛の一本一本が宙に踊るように、さらさらと流れた。

 例えば俺がロン毛にしたならば、多分こうはならないだろう。

 千本ぐらいがまとまって、バサッバサッと、少しだけ動くぐらいだ。

 まるで雑巾のように。

 使いすぎてバリバリになった、小汚い雑巾のように。


 格好は言わずもがな、学校指定の制服に身を包んでいる。

 理由を尋ねれば、おそらくは「校則だから」と答えるのだろう。

 というか普段からこうしょっちゅう制服を着ていたら、汗臭くなったりしないのだろうか?

 いや、しない。

 とりあえず今こうしているぶんには臭わない。

 臭わないどころか甘い匂いすら感じる。


 一体どうなってんだ女の子!

 あるいは俺が、女の子を見ると嗅覚が変質する、変態野郎にでもなっちまったか?


「あら、夏木くんじゃない。奇遇ね」


「一ノ瀬さん……どうしてここに?」


「どうしてって、ここのスーパーは夜になると弁当が安いから」


 母子家庭だし、きっと色々生活が大変なんだろうなあ。


 俺はワゴンの中にあった、最後の弁当を手に取ると、一ノ瀬さんに渡す。


「ん」


「んって……いいわよ。夏木くんが買ったら?」


「俺はパンでも買うから。一ノ瀬さん、買いなよ」


「だからいいって言ってるじゃない。それに先に商品に触れたのは夏木くんよね?」


「先っていうか、ほぼ同時だったよね? ていうか先とか関係なく、こういう場合は女の子に譲るのが常識ってもんだろ?」


「なによそれ。どこの世界の常識よ」


「どこの世界って、この世界だけど。違った?」


「夏木くんの常識が、他の人にとっても常識だと思わない方がいいわよ」


「もういいから一ノ瀬さんが買えって」


「なんか施されているようで気分がよくないわ。私、絶対に買わないから」


「買え!」


「買わない!」


 気がつけば、周りにいる何人かの人たちが、俺たち二人のことをどこか微笑ましい表情で見ていた。


 目を閉じて、耳をすませば、聞こえてくるようだ。

「おやおや仲がいいねえー。喧嘩するほど仲がいいって言うからねえー」と。


 いやいや違うから。

 というか一ノ瀬さんは根っからの百合で、男のことは超毛嫌いしているから。


「ちょっと……騒ぎすぎてしまったわね」


 ちらちらと周りの様子をうかがってから、一ノ瀬さんが声のトーンを落として言う。


「お、おう。大人気なく」


「とりあえず私は買わないから、今日のところは夏木くんが買ってくれる? もし今後、似たような場面があったら、その時はありがたく譲ってもらうから」


「うん、まあ、じゃあそんな感じで」


 ありがたく弁当を受け取ると、俺は時間を確認するためにも、ポケットからスマホを取り出す。

 するとロック画面に、一華からの連絡を知らせる、不在着信が表示されていた。


 俺はすぐさまロックを解除すると、一華へと折り返しの電話をかける。


「もしもし一華か? どうした?」


『ううん。京矢、遅かったから、どうしたのかなって』


「ああわるいわるい。今夕食を買いにスーパーにいるんだよ。このあとすぐにいくけど、なんか買ってきてほしいものってあるか?」


『じゃ、じゃあ、お菓子。スナック系じゃなくて、甘い系』


「チョコ系のお菓子な。他には?」


『大丈夫』


「じゃあ、またあとで。着いたら連絡するから」


『き、気をつけてね』


 電話を切ると、俺はさっさと買い物を済ませようと、一ノ瀬さんに会釈をして歩き出す。

 しかしその歩行は、がしっと肩を握る強い力により、妨げられてしまう。


「……ええと、なんすか?」


 つかまれた肩を見てから、そのまま肩越しに一ノ瀬さんへと視線を送る。


「な、ななな、夏木くん。もしかして今から、い、いい、一華さんの家にいくのかしら?」


「そ、そうですが」


 目が血走っている。

 超怖い。


「あ、あの、じゃあ、私もご一緒してもいいかしら? いえ、是非ともご一緒したいわ!」


 そうくるか……。


 確かにそうだ。

 もっと早くに気づくべきだった。

 これから一華の家にいくという電話を、一ノ瀬さんの前でするということの、その意味について。

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