第75話 情報共有
「よし、じゃあとりあえずは、情報共有だ」
「情報共有?」
「今まで一華がなっつんさんとどういうことを話したか、どんなやり取りをしたか、接し方の傾向、話し方や雰囲気、そういったものを、俺が明日なっつんさんに会うまでに吸収する」
「なるほど……で、どうすればいいの?」
「なっつんさんとは、基本メールか?」
「うん。ギルドのチャットか、フレンドのチャットだけ。電話はしたことない」
「じゃあそのチャットを見れば、文字通り、俺と一華は同期できるわけか」
「そうだけど……」
迷ったような顔をすると、握った手を胸の辺りに当てる。
「人のメッセージを、他の人に見せてもいいのかな」
「じゃあやめとくか?」
「ううん。隠すような内容はないと思うし、今回だけは……」
立ち上がると、一華はゲームのハードを起動させて、ローテーブルの上に置いてあった端末を手に取った。
そして俺の方へと歩み寄ると、ベッドにもたれて座っていた俺の隣へと、体育座りで座った。
――ち、近い。近すぎる。
ほぼ肩が触れ合ってるじゃあねえか。
ここで俺から距離を取るのも変だし、つかなんか負けた気分だし、このままたえるか?
つか一華って、しばらく風呂に入っていないって言っていたよな。
なんでほのかに甘い匂いがすんの?
こんなことってあり得る?
年頃の女の子……マジで恐るべし。
「京矢?」
首を傾げて、俺を見る。
「お、おう」
「これ、ギルドの画面。ギルメンとのチャットはこの左のボタン。新しくギルドを作ってからまだそんなにたってないし、量は少ないと思う」
新しくギルドを作ったってことは、やっぱり前のギルドは抜けたんだな。
まあ、あんなことがあった手前、お互い気まずいだろうし、当然だよな。
「み、見て……」
「おう、サンキュー。じゃあさっそく見させてもらうよ」
端末を受け取ると、俺はまずギルドのプロフィールから目を通し始めた。
ギルド名は『ミルク・ラビッツ』。
ランクはDで現在の順位は計測不能。
メンバー数は『4/20』とある。
どうやらガチ勢ギルドではないらしい。
ええと、リーダーはなっつんさんか。
これはもう、一華と一緒にゲームをするために、わざわざギルドを立ち上げたとしか思えないな。
なっつんさん、超優しい!
俺は温かな気持ちを胸に抱きつつも、口元にうっすらと笑みを浮かべて、次に『チャット』というボタンを押した。
「ええとね、私のメッセージは右側に表示されて、他の人のメッセージは左側に表示されるから」
俺の持つ端末をのぞき込むように、一華がぐっと顔を寄せて言う。
……ちけえ。
一華の横顔が、目と鼻の先にある。
わざとやってんのか? こいつ……。
「あ、よく見たらこれ、メンバー数が四人って、結構少ないんだな」
「う、うん。承認制だから。なっつんさんが気を利かせてくれて、かなり厳選してる」
「まあ直結厨は、ただゲームを楽しみたい人にとっては、害悪でしかないからな」
俺はギルド管理の中にあるメンバーリストを押す。
「確かハナってのが一華だよな? そんでリーダーのなっつんさん。あと二人、サリアーとピュアネスって人がいるけど、これは?」
「最近ギルドに加入した人。詳しくは知らない。でもサリアーさんの方は女の人みたい」
「へえ、そうなんだ。女の人も、結構こういうゲームやってんのな。それで、フレンドのチャットは……」
「フレンドのチャットはここ」
一華が腕を伸ばしてボタンを押そうとする。
すると意図せずに俺の手に触れてしまったためか、一華は「ご、ごめん……」と言い、恥ずかしそうに視線を逸らして、手を引っ込める。
いや、謝らないで!
謝られると変に意識しちゃうから。
何事もなかったかのようにスルーしてくれれば、それが一番自然だから。
チャットの画面が表示されると、俺は目を落として、古いものから順に、一華となっつんさんのやり取りを確認してゆく。
大体は、ゲームの内容についてのやり取りだった。
レアドロップがどうだとか、次のクエストがどうだとか。
ただし、何点か、少々気になる点があった。それは――
「なあ。なっつんさんって、ブラコンなのか?」
「うん。ブラコン。前にもゆった」
「ああ、そういえば言っていたような」
「お兄ちゃんのことが、大好きみたい」
この時俺は、同じ兄として、妹くるみのことを思い出していた。
口を開けば「バカ」だの「うざい」だの、なにかと癪に障る、あのお兄ちゃん大嫌い小娘のことを。
「本当かー? 断言するが、兄のことが好きな妹なんて、この地球上に絶対に存在しないぞ。そういうキャラ付けなんじゃあないのか?」
「なっつんさん、嘘つかない。そもそも私に嘘をついて、どうなるの?」
「まあ、確かに。ギルメンに嘘をついても意味ないわな」
もう一点。これは約束にかかわることだし、しっかり確認しておかないとな。
「会ったらこれがやりたいみたいなのが何個かあったけど、確認いいか?」
「うん。いい」
「まずは『パンケーキを食べにいく』だけど、これってどこの店とかある?」
「私……あんまりお出かけしないからよく分からない」
り、理由が悲しすぎるだろ……。
「だから店とかは、なっつんさんに任せればいいと思う」
「了解。もう一つ、『プリクラを撮る』だけど、これどうしてもやらないとだめか? 正直俺、あんまりプリクラが好きじゃあないっていうか」
「できれば撮ってほしい。……だ、だめ?」
「うーん、まあいいけど。できれば証拠みたいなのは、残したくないんだよね」
情報収集については、これぐらいか……いや、まだだ。
ていうかこれが最も重要であり、一番やっかいなものだ。




