第73話 シュークリームを食べさせて
「一華」
「う、うん。……なに?」
「プリンあるんだけど、食うか?」
「プリン!?」
キラリと、一華の目が輝く。
「シュークリームもあるぞ」
「食べる……食べる……」
こくりこくりと二度頷くと、一華はベッドの上を、這うようにして俺の方へと近づいてくる。
「待っていろよ。今あけてやるからな」
俺はプリンの蓋をあけると、プラスチックのスプーンと一緒に一華へと差し出す。
すると一華は、プリンと自分の手を交互に見てから、もじもじとした様子で言った。
「……た、食べさせて」と。
「は?」
「だってだって……上手く力入らないし、さっきみたいにまた落としたら大変だし……」
まあ確かに。
さっきは水だったからこぼしてもそこまで大惨事にはならなかったけど、今回はなんといってもプリンだ。
カラメルとか、布団についたら絶対に落ちにくいよな。
「分かった。今回だけだぞ」
「あ、ありがとう……」
俺はプリンをすくうと、そっと、落とさないように、一華の口へと運ぶ。
一華は口をあけると、まるで引き寄せられるように、プリンののったスプーンへと顔を近づける。
よく考えたらこれって、いわゆる『あーん』だよな。
よくリア充カフェとかでアホっぽいカップルがやっている、あの憎たらしい行為だよな。
「お、おいしい」
「そ、そうか? よかったな。もう一口食うか?」
「うん」
口元に笑みを浮かべると、上目遣いで俺を見る。
「もっといっぱいちょうだい。白いのが、いい……」
「生クリームって言おうな」
プリンを食べ終えたら、次はシュークリームだ。
俺は袋から取り出すと、まるで問いかけるように、一華を見た。
「ん。……食べさせて」
やっぱりね。
俺はベッドに、一華の横に座ると、口元にシュークリームを持っていってやる。
はむはむと、まるで小動物のようにシュークリームをかじる一華。
俺はクリームがこぼれないように、もう片方の手を下に添えて、そんな一華を優しい目で見守っている。
シュークリームが徐々にへってゆき、最後の一口までやってきたところで、ことは起きた。
――デュポ。
「え?」
なんと一華が、俺の指を食ったのだ。
「ちょっ、一華? なにしてんの?」
聞こえないのか、なおも一華は俺の指を喰らい続ける。
ペロペロと、俺の指をまさぐるように動く舌が、なんだか気持ちいいような気持ち悪いような……。
「おい一華! お前頭大丈夫か!?」
「はえ?」
「やっぱりヤクか!? ヤクなのか!? そうなのか!?」
「ふええ……」
ようやく俺の手から口を離すと、一華は虚ろな、ぼうっとした顔で俺を見る。
気のせいか、先ほどよりも顔が赤くなった気がする。
体も左右に小さく揺れているし、もしかしたら熱が上がってきてしまったのかもしれない。
「一華。大丈夫か? 熱を測ろう。体温計はどこだ?」
「わ、分かんない」
「分かんない? ないってこと?」
「どこかにあるとは……思うけど……」
「どっかって……」
机の上を見る。
――ない。
散らかった部屋を見る。
――ない。
一階にいけばあるのか?
でもさすがにどこにあるのか分からない物を探し回るのは……。
そうだ!
俺は以前、識さんが俺にやったことを思い出した。
そう、おでことおでこを引っつけて熱を測る、通称デコピタを。
「一華」
呼びかけると、俺は一華に正対する。
そして一華の長い黒髪をかき上げると、そっと、自分のおでこを一華のおでこにぴったんこする。
やはりだいぶ、熱が高いな。
ということは先ほどからの変な言動も、普段ならあり得ない甘えっぷりも、熱に浮かされてってことで、説明がつくな。
「はぐー」
あれこれ考えているうちにも、なにを思ったのか、一華が俺の背中に腕を回して、ぎゅっと抱きついてきた。
「え!? なにしてんの!? 一華!?」
「きょ、きょうやー……温かい」
「ちょっ! マジで離れて! 恥ずかしいから!」
あといろんなところが当たっているから!
「いや! 優しくしてくれるってゆった! だからこのままー」
ぐりぐりと、俺の胸に顔を押しつけてくる。
相手は正気を失った病人だ。
たえろ! たえるんだ俺の理性!
「……一華……頼む……このままじゃあ俺は……限界だ……」
「すぅ……すぅ……」
ふと一華を見ると、彼女は寝息を立てて眠っていた。
なんだよ……寝たのか。
本当に身勝手なやつだな。
「きょ……きょうやー……すぅ……すぅ……きぃ……」
夢の中で俺にこき使ってんのか?
全く……やりたい放題だぜ。
俺は一華を体から引き離して、ベッドの上に寝かすと、枕の位置を整えてから、そっと布団をかけた。
さて、どうしようか。
一旦家に戻ってもいいが、目を覚ました時に誰もいないとやっぱり不安だよな。
というか別に今日の俺にはなんの予定もないし、平たく言えば暇人だし、しばらくここにいてもいいかな。
部屋の明かりを消すと、当然だが辺りは薄暗くなった。
俺はクーラーの温度を二十八度にすると、一華へと歩み寄り、顔にかかった髪をそっと払った。
早くよくなれよ。
そんでどっか遊びにいこうぜ。
せっかくの夏休みなんだし。
外からは、元気よく鳴くセミの声が聞こえる。
どこかで風鈴がなっているのか、ちりんちりんというガラスの鳴る音が、風にのりかすかに聞こえてくる。
不思議な感じだった。
なんだか日常からずれてしまったかのような、ぼんやりした気分だった。




