第71話 言動がおかしいのは、きっと熱に浮かされているから
「看病な。分かった。なんでも言ってくれ。一華のためなら、なんでもするから」
「あ、ありがとう……」
一華の頬が朱色に染まって見えるのは、きっと熱があるからに違いない。
「それで、とりあえずなにをすればいい?」
「ええとね……」
布団から手を出すと、机の上を指さす。
一華の指先をたどると、そこには薬の入った白い紙袋と、ペットボトルの水が数本、置かれているのが目に入る。
「薬……取ってほしい、かも」
「分かった」
薬の入った袋と、飲みかけの水を手に取ると、ベッドのそばに戻ってくる。
そして決められた分量を手に取ると、ペットボトルの蓋を外して、一華に差し出す。
しかし一華は、なかなか布団から起き上がらない。
見るからにしんどそうだ。
「大丈夫か? 起きれるか?」
小さく首を横に振って答える。
「手伝おうか?」
恥ずかしそうにはにかんでから、こくりとその場に頷く。
「おーけい。じゃあちょっと失礼して……」
俺は中腰になると、一華の背中に腕を回して、そっと上体を起き上がらせる。
パジャマ越しに、一華の体温が伝わってきた。
ずっと寝ていたからか、あるいは熱が高いからか、若干だがパジャマが汗で湿っているような気がする。
「――あっ」
唐突に一華が声を上げた。
なにかを感じたような、正直ちょっと恥ずかしい声を。
「へ、変な声、出すなよ」
「だ、だって……京矢が変なところ、触るから」
「え? 俺が悪いの?」
「ご、ごめん……」
布団を持ち上げて、口を隠す。
なんだか今日の一華は、やたらとしおらしく感じる。
「ほら、薬だ。しっかり飲めよ」
「う、うん……」
薬を受け取ると、一華は口の中に入れて、ペットボトルをつかんだ。
しかしうまく力が入らなかったのか、途中で手からこぼれ落ちて、パジャマを水で濡らしてしまう。
「――ひゃん」
「おい、なにやってんだよ」
「ごめん。すぐに脱ぐから」
「え?」
なにを思ったのか、一華は、俺が目の前にいるにもかかわらず、パジャマのボタンを一つ、また一つと外し始めた。
「え? ちょっ、なにしてんの!?」
身を乗り出して、とっさに一華の手を押さえる俺。
だが、時すでに遅し。
下までボタンの外されたパジャマは、まるで開け放たれた両開きのカーテンのように、向こうの光景を、つまりは一華の白くて汗に濡れた肌を、さらけ出した。
つか、ブラつけてないじゃん!
ぎりぎり肝心なところは見えないけど! 肝心なところは見えないけど!
大事なことなので二回言いました!
自分がなにをしようとしていたのかに気がついたのだろう。
一華はみるみるうちに顔を真赤にして、パジャマを両手で押さえて、その場にかがんだ。
「み、みみみ、見た?」
「み、見てない」
「ほ、ほんとぉ……?」
妙に潤んだ瞳で、俺のことを見たり見なかったりを繰り返す。
「お、おう。見てないぞ。ちょうどパジャマで隠れていたからな」
「う、うん……」
「それで、次は一体なにをしてほしいんだ?」
話を変えるように、俺は聞く。
「着替えたいから、替えのパジャマを取ってほしい」
「了解。タンスの中か?」
ベッドの脇にあったタンスに近づくと、適当に一番下の引き出しを開ける。
するとそこには、色とりどりの、一華の下着が入れられていた。
いつか見た、あのくまさんパンツも、しっかりと納められているではありませんか。
「だ、だめー!!」
声を上げた一華が、ベッドから滑り落ちる。
そして恥ずかしそうに顔を真赤にしながらも、「み、見ないで……」と、もごもごと途切れそうな口調で言う。
「わ、わるい。そういうつもりじゃあなかったんだ」
俺は一華を抱きかかえると、そっとベッドの上におろす。
「一華、結構汗をかいているよな。よかったら俺が背中を拭いてやろうか? なんてな」
冗談のつもりで言った。
なんかこういうシチュエーションだとよくあるよなあと、そう思ったから。
「う、うん……」
「え?」
今、うんって言ったか?
それってつまり、肯定って意味だよな。
背中を拭いてほしいって、そういう意味だよな?
なにかの間違いだろうと思い、俺はもう一度、確認のためにも質問を繰り返す。
「ええと……一華は俺に背中を拭いてほしいのか?」
「うんって……ゆった」
「でも、いいのか? 俺は一華の幼馴染だけど、一応男だぞ」
「汗でべたべただし、しばらくお風呂……入れてないから……」
「それは、確かに気持ち悪いよな」
「それに……」
それに?
「京矢なら、いいかなって」
「ええと……どういう?」
「京矢なら、信用できるかなって」
一華は俺に、全幅の信頼を置いてくれている。
だったら俺は、一華想いに、全力で応えるのが、礼儀ってもんじゃあねえか?
「よし、分かった。俺に任せてくれ。しっかりきれいにしてやるからな」
「きょ、きょうやー。……ありがとう」




