第70話 幼馴染からのヘルプコール
くるみの機嫌を取るためにも、俺はすぐにでもコンビニへと向かった。
炎天下の中、熱中症のリスクを負ってまでして、妹のプリンを買いにいく俺って……まさしくお兄ちゃんの鏡じゃね?
くるみには感謝されこそすれ、憎まれる筋合いはないはずだ。
まあ、プリンを食っちゃったのは間違いなく俺なんだけどさ。
コンビニに着くと、俺はクーラーの冷たい風を感じつつも、一目散にデザートコーナーへと向かい、お目当てのプリンを手に取った。
すぐ横に生クリームの入ったカスタードシュークリームも置かれていたので、それも買うことにした。
なんといってもくるみは甘いものが大好きだ。
プリンに加えてシュークリームがあれば、きっと許してくれるに違いない。
ポケットの中でスマホが震えたのは、会計を終えて、再び暑い、地獄のような外に出た時だった。
「もしもし、一華か? どうした?」
『…………』
呼びかけるが、返事はない。
一瞬、鞄の中とかで、間違えて電話を発信してしまうあれかなあと思ったが、どうやら違うみたいだ。
受話口の向こうからは、かすかに、一華の吐息が聞こえてくる。
「一華? どうしたんだ? なにかあったか?」
『……う……うう……』
苦しそうなうめき声。
これはただごとじゃあないぞと思った俺は、自ずと一華の家のある方へと一歩二歩と歩き出しながらも、もう一度、今度は大きな声で呼びかける。
「一華。一体なにがあったんだ? 大丈夫か?」
『きょ……きょうや~……』
「お、おう」
『た……たすけて……』
たすけて――一華のこの一言を聞き、俺は心臓がぎゅっと縮む思いがした。
脳裏に駆け巡るのは、病気、事故、天災。
あるいは暴漢とかに拉致られて、いわゆる乱暴を受けているのかもしれない。
一華は普通にかわいいので、道に落ちていたらお持ち帰りしたい系の女の子だ。
「助けてって……え? 本当にどうしたんだ?」
『私……京矢が……』
「おう。俺が?」
『京矢が……ほしい』
「は? 一華、お前一体なにを……」
俺がほしいってどういうことだ?
俺は物じゃあないし、というか一人の人間だし、誰かの所有物になる気なんてさらさらねえぞ。
……いや、一つだけそれに近しい状況がこの世にはあると、誰かから聞いたことがある。
そう、結婚だ。
結婚イコール家族のATMになるというのは、もはや常識といっても過言ではないだろう。
ということは……一華は……俺と……?
いやいやと首を振る。
そんなわけはない。
一華には他に誰か好きな人がいるんだ。
つい先日、それを聞き出す条件を突きつけられたばかりじゃあないか。
くそう……なんかイライラする。
よく分かんねえけどイライラする。
『京矢……きて』
途切れそうな、儚い口調で、一華が言う。
「きてって……どこへ?」
『私の部屋に……。私には、京矢が必要……』
「いくのはいいが、いって俺はなにをすればいい?」
『……して』
「は?」
『もう私……我慢できない』
突然の問題発言に、俺は自ずとスマホを握る手に力を込めて、なんとなく、挙動不審にも、周囲へと視線を巡らせる。
つか完全に動揺してしまっていますっす、俺。
「してって……なにを?」
『私を……優しくして』
言っている意味が分かるような分からんような……。
もしかして一華、薬でもやってんのか!?
「よく分からんけど、とにかくいくから待ってろ。すぐにいくからな」
『うん……待ってる。私、京矢がくるの、待ってる』
電話を切ると、俺はその足で直接一華の家へと向かった。
全身には汗が浮かんでいたが、今かいているこの汗は、焦りや混乱からくる、気持ちの悪い汗だった。
玄関の前に着くと、俺はドアの脇にあるインターフォンに手を伸ばして、押し込むように慎重に押した。
「ごめんくださーい。一華さんいらっしゃいますかー?」
反応がなかったので、俺はもう一度インターフォンを押す。
しかし、やはり反応はない。
スマホでメッセージを送っても、一華からはなんの連絡もないし……もしかして、部屋で倒れているとか?
嫌な予感が湧き上がったので、俺は中に入ろうと、ドアノブへと手をかけた。
鍵は、あいていた。
ドアは、ゆっくりと静かに、外側へと開いた。
薄暗いし、物音もしないし、誰もいない?
いや、少なくとも一華はいるはずだ。
とにかく部屋の方にいってみよう。
俺は家の中に入ると、そのまま一華の部屋のある二階へと、歩を進めた。
「一華。俺だ。入るぞ」
ドアを開けて部屋の中に入ると、女の子の部屋特有の、甘い匂いが鼻腔を刺激した。
まさか毛穴から甘い匂いが出るわけではないので、おそらくはシャンプーとかボディソープとか、あるいは香水だったり化粧品の類だったりとか、そこら辺の匂いだろう。
ただし一華は、化粧を一切しないので、後者はあり得ない。
化粧は女性の嗜み……とか世間では言われているが、それは単刀直入に言ってしまえば、どこまでも男性視点的な、肌が及第点に達していないから不快という、極めてネガティブなものでしかない。
そういう意味でも化粧をしない一華は、そのままでも肌が綺麗という、ある種スペシャルな存在であるといえる。
「きょ……きょうや?」
ベッドの方から声がした。
俺は部屋の電気をつけると、足元にある漫画やゲームの箱を踏まないようにして、布団にくるまる一華へと歩み寄った。
「京矢……きた」
「どうしたんだ? 大丈夫か? 体調でも悪いのか?」
布団から顔を出すと、一華は口元を隠したままで、弱々しく頷く。
「うん。……風邪、ひいたみたい」
「そうだったのか。親は?」
「お父さんもお母さんもお仕事。出張で、しばらく帰ってこない。だから……今は私一人」
――今現在、この家の中に、俺と一華の二人っきり……。
これってある意味あれじゃね?
一人暮らしの女子の家に、男一人であがらせてもらった的な。
いかんいかんと首を振り、いかがわしい妄想を振り払う。
「それで、してほしいって、なにをだ?」
「それは……その……。優しく……」
もじもじしながら、再び布団で口元を隠す。
「優しく?」
「か、看病……してほしい」
ですよねー。
まあ、言われなくてもする気満々だけどさ。




