第69話 リアル妹がウザすぎて
夏休みに突入してから、数日が経過した。
まだ午前にもかかわらず、外は既に三十度を上回っている。
照りつけるような陽光は、家々の屋根をまるで鉄板のように焦がして、中空にゆらゆらと揺れる陽炎を作り出している。
俺はそんな砂漠の国のような光景を自室のガラス越しに見つめながらも、その場でぐっと伸びをして、ベッドから立ち上がった。
一階のリビングにいくと、そこにはソファに寝そべり、だらだらとスマホをいじる、我が妹、くるみの姿があった。
服装は非常にラフで、よれたTシャツに、短いスカートという格好をしている。
髪は生まれつきの茶色で、それらをツインテールにしているからか、どこか物語の世界から出てきたかのような、ある種の既視感のようなものを覚える。
とはいえ、それはあくまでも既視感だ。
現実の妹は、物語のように兄に対して優しくないし、料理を振る舞ったりしないし、デレたり照れたりもしない。
うざくて、口が悪くて、なにかにつけていちいち癇に障る――それが妹だ。
俺は冷蔵庫からオレンジジュースのパックを取り出すと、グラスに注ぎ、一口飲んだ。
そしてついでという雰囲気を醸し出しつつも、くるみに聞いた。
「くるみもいるか?」
「は? なにを?」
寝そべったままの、だらしのない格好で応える。
「オレンジジュース」
「いらないし」
「あっそう」
ていうかさすがにだらけすぎじゃあないか?
ソファの上でだらだらだらだらと、まるで休日のおっさんみたいになっているじゃあねえか。
おそらくは同族嫌悪なのだろう。
そもそも俺も、今日はなにもやる気がしないし、だらだらする気満々なのに、気がつけばため息と共に、小言が口をついて出ていた。
「くるみ、夏休みだからって、だらだらしすぎじゃあないか?」
「…………」
無視。
まあ想定の範囲内だ。
というかいつものことだ。
「宿題はやったのか?」
無視。
「せっかくの夏休みなんだし、家でだらだらするくらいなら、どっか出かけたらどうだ?」
無視。
「おい返事ぐらいしろよ」
チっと、舌打ちが返ってくる。
「うるさいなー」
「うるさいってなんだよ」
「ジジイかよっての。ぐちぐちぐちぐちと」
くちわる!
これだからリアル妹は……。
寝起きから、これ以上ストレスをためたくなかったので、俺はテーブルの上に置いてあった菓子パンの袋を乱暴につかむと、そのまま自室のある二階へと退散しようとする。
するとくるみが、ソファに寝そべったままの姿勢で俺に言った。
「ちょっと」
「ん? なんだよ」
ドアを開ける手を途中で止める。
隙間から、廊下に漂う生暖かい空気が、まるで俺の足を舐めるように、クーラーの効いたリビングへと流れ込んでくる。
「プリン取って。冷蔵庫にあるから」
「プリン? それってあれか? 生クリームののった、超うまいやつ」
「そう。早くして」
「ないぞ。あれなら昨日の夜、俺が食った」
「は?」
冷たい口調で言うと、くるみはゆっくりと上体を起こして、鋭い目つきで俺を睨む。
「何その冗談。全然おもしろくないんだけど」
「冗談じゃなくて本当だ。もしかしてあのプリン、くるみのだったのか?」
「そうだし。昨日わざわざコンビニまでいって、買ってきたもんだし」
そうだったのか。……いや、白状しよう。あくまでも心の中で白状しよう。
正直そうかもなとどこかで思ったけど、まあ別にいいだろうって軽く考えて、食べてしまったことを。
なによくあることだ。
兄妹なんて、所詮そんなもんだ。
「さいてー。マジで死ねよ。バカ兄」
「わるかった。買ってくるから。夕方ぐらいに」
「今からいってこい!」
叫ぶと同時に、くるみがクッションを投げつける。
俺はそれを片手でつかむように受け取ると、くるみへと投げ返す。
軽く投げたつもりだったが、折り悪くちょうどくるみがスマホへと顔を戻したので、弧を描いて飛んでいったクッションが、彼女の頭にぽこんと当たる。
「ちょっとー!!」
くるみが切れた。
そして勢いよく立ち上がると、腕を上げて、俺の方へと猛然と突進してきた。
「――ちょっ、くるみ、危ないって!」
「死ね! バカ兄ー!」
ずるっと足を滑らせたのは、ある意味当然といえるのかもしれない。
フローリングに靴下、なによりもクーラーで乾燥した部屋の空気。
最悪の組み合わせだ。
「くるみ!」
きゃっと、悲鳴を上げる間もなく、くるみは俺の前で、盛大に尻もちをついた。
脚を広げたあられもない格好に、不自然にめくれ上がった短いスカート。
シミ一つない健康的な太ももの向こうには、水玉模様がかわいらしい、白のパンツが見え隠れしている。
赤の他人だったなら、おそらく俺はガッツポーズをしていたことだろう。
だが俺とくるみは家族だ。
俺はくるみの兄であり、くるみは俺の妹だ。
妹に対して興奮なんてするわけがないし、ましてやパンツが見たいだなんて天地がひっくり返ってもあり得ない。
……ほんとだよ?
それを証拠に、現在俺は、やれやれと首を振り、紳士よろしくくるみへと手を差し出しているじゃああーりませんか。
「大丈夫か? ほら、立てよ」
「な……」
な?
「なななな……」
なななな?
なんだ?
くるみの様子がなにか変だぞ。
「なに見てんだ! 変態! 変態変態変態!」
スカートを、まるで床に押し付けるようにしてパンツを隠すと、くるみは顔を真赤にして、握った手を口に当てた。
気のせいか、若干だが目が潤んでいるようにも見えなくはない。
え? なにこの反応?
恥ずかしがりすぎだろ!
ていうか何事もなかったかのように振る舞ってくれれば、それで終わったんじゃあないの!?
「まあとにかく立てよ」
気を取り直して俺は、床にぺたんと座るくるみへと、手を差し出す。
するとくるみは、差し出された俺の手を叩いて、逃げるようにリビングから出ていった。
「変態バカ兄死ねカスうんこ宇宙のごみー!」と、罵倒の限りを尽くしながらも。
そこまで言うことなくない!?
一体なんなんだよ……。
くるみは俺のことが本当に嫌いなんだな。
ああ! なんかこうむしゃくしゃする!!




