第63話 ランジェリーショップの前を通る時に、なんとなく目をそらしてしまうのは、俺だけなんすかね
近くにある複合商業施設へとやってきた。
立地のよさ、アクセスの便利さもあってか、かなりの人でごった返している。
ここら辺で遊ぶとなれば、誰しもが足を運ぶ名スポットなのだろう。
出入り口付近にあった展示品を見て、専門店街をウィンドウショッピングして、ゲームセンターで遊んで……次はどこにいくのかなと思っていたら、女子共がある店の前で足を止めた。
店先に立つ下着姿のマネキン、パステルカラーを基調とした柔らかな内装。
そう、禁断の衣料品店、ランジェリーショップだ。
「ちょっとここ寄ってこうよ」
識さんが言った。
「別にいいわよ」
「いいですね。勝負下着を買わないといけませんし」
一之瀬さんと山崎さんが乗った。
しかし一華は不安げな顔で首を横に振ると、俺の背後に隠れた。
「一華、あんたもいかないの?」
「あの……あの私、待ってる……」
「え? どうして?」
「だって、だってだって……私、こういう店、きたことないから」
「だったら」
識さんがそっと一華の手を取る。
「一緒にいこうよ。大丈夫、うちらがいるから」
「ひ、日和……」
顔を上げた一華が、微かに笑みを浮かべる。
なんだ、やっぱりいってみたかったんじゃないか。
だったら、今俺が一華にかけてやる言葉は、こうだよな。
「一華、いってこいよ。俺たちここで待ってるから」
「う、うん。分かった。じゃあ、ちょっとだけ……」
「で、京矢たちはこないん?」
にやにやしながら、識さんが聞いた。
「い、いかねーよ! つかこういうのは、男がいない時にいけよな!」
「え? まさか意識しちゃってる? 恥ずかしい? 試着もするよ?」
――試着……。
つかランジェリーの試着ってどうやるんだ?
まさか全部脱ぐのか?
だとしたら識さんのあんな部分やこんな部分が……。
いかんいかんとハレンチな妄想を振り払うと、俺は心を落ち着けて、すぐに冷静に返した。
「からかうなよ。つか一華のこと、頼むぞ」
「任せといて」
快活に言った識さんが、にかっとした笑顔で応えた。
十数分が経過――俺と純は二人で、今もなおランジェリーショップの前で待っている。
つか女子の買い物って何でこんなに時間がかかるんだよ……。
「京矢、今日はありがとな」
ほどなくして、純がおもむろに言った。
「え? 何が?」
「いや、この場をセッティングしてくれてさ。こんなにも早く小笠原さんと出かけられるなんて、思いもしなかったから」
「ああ、別に……。つか、どんな感じ?」
俺の質問に純は、頭をさすり若干困ったような表情を浮かべる。
「うーん……なかなか難しいね」
「まあ、一華は他人に対して無愛想だからな。可愛くねーんだよ」
「…………」
「純は一華のどこがいいんだ?」
あれ?
これって前にも聞いたっけ?
……忘れた。
「どこがって……タイプなんだよ。控えめで、健気で、なんか守ってあげたくなるっていうか」
「守ってあげたくなるっていうか、面倒くさいだけだぞあいつは」
「そういうのも含めて、全部いいんだよ」
「よく分かんないなー。純ほど背が高くてイケメンなら、もっと凄い子ゲットできるだろうに」
「京矢」
遮るようにして、純が言った。厳かな口調で。
「な、何だよ」
「お前、本当にいいんだな?」
「何が?」
「俺、小笠原さんのこと、本気で頑張るぞ」
「ああ、頑張れよ」
「あとからぶつぶつ言ったりしないよな?」
「だからしないって! 何のことだよ一体!」
声を荒らげると、俺はもたれていた壁から背中を離して、そのままトイレへと向かい歩き出した。
何となく、この場にいたくなかったから。
――ちくしょー……なんかイライラする。
外に出ると、既に辺りは黄昏の色に染まっていた。
昼過ぎよりも若干人が増えただろうか。
おそらく夜景を見ようと人が集まってきたのだろう。
日没まではもうすぐだ。
例に漏れず俺たちも、灯り始める街の明かりを一目見ようと、駅近にあるビューポイント、スカイウォークへと歩き出した。
女神像にレインボーに輝く大橋のワイヤーロープ。
遠くには赤く光る旧電波塔の姿もうかがえる。
もう少しで到着するといったところで、隣を歩いていた識さんが声を上げた。
「あれ? あの二人いなくない?」
「あの二人?」
「一華と純」
「え?」
周囲に視線を巡らせる。
……本当だ。
二人の姿が見当たらない。
「人多いし、はぐれたのか?」
「いや、これはあれだね……」
意味深長な識さんの発言。
俺は続きを促すように聞く。
「あれって?」
「離脱っしょ。合コンとかでよくあるじゃん? いい感じの二人がいつの間にかいなくなって……みたいな」
いや、合コンいったことないから知らんけど――つかそれって……。
にやにやした識さんが、まるで俺の心を代言するかのごとく言う。
「さすがにホテルとかはないと思うけど、でも純のやつ結構本気っぽかったし、告白とかはあり得るかもね。実際一華ってどんな感じなん? 押しに弱かったりするん? ――って、え?」
気が付けば走り出していた。
見つけなければと思った。
見つけてどうするんだ? と聞かれれば何も思いつかなかったけど、
とにかくそう思ったら、いてもたってもいられなくなった。
自分でもよく分からない。
何だよこれ……くそが……。
「ちょっと京矢! 待ってよ! あんた何を!」
識さんの声が、背後に聞こえた。




