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第61話 そう、世の女子共は、自分たちの制服姿に価値があることを、明言はしないがはっきりと自覚している

 時は土曜の十三時。

 俺と一華は集合場所である駅前にて、皆がやってくるのを待っていた。


 本日の一華は当然ながらも私服を着ている。

 いつもは大抵ジャージ姿だが、皆とお出かけとあってか気を使ったのだろう。

 清潔そうな丸襟のシャツに薄手のニットカーディガン、ボトムスは荒いプリーツの入ったスカートにニーソックスという、まあまあそこそこの出で立ちであった。


 ……というかこの服装って、中学の時に着ていた服と同じだよな。

 それでいいのか女子高生!


 約束の十分前に、一之瀬さんと純がやってきた。


 挨拶をすると早々に、俺は二人の格好をチェックするべく、視線を送った。


 純は一言で言えば少々ドヤった格好であった。

 ジェイ・ソウル系とでも言うのだろうか? 丈の短い黒のジャケットにVネックの白のTシャツ、首元には男を引き立てるエッセンスのように、さりげなくシルバーアクセが輝いている。

 ズボンはやたらにシルエットのいい黒のジーンズだ。

 長い脚にとてもよく似合っている。


 そしてそしてお待ちかね、黒髪ロングのスーパー美少女、一之瀬さんはというと……。


「え? 一之瀬さん、なんで制服なの?」


 そう、毎度お馴染みの制服姿であった。

 しかもこの暑い中、冬服のブレザーまで羽織って。


「むしろ私が聞きたいわ。どうして制服を着てこないの? 学生書にも書いてあるじゃない。平日・休日にかかわらず、校外での活動の際は制服を着用することって。催事等の場合は冬服の着用を推奨しますとも書いてあるわ」


「いや、そんなの守る人誰もいないでしょ。ていうか多分学校側も、完全に形骸化した校則として、無視してると思うよ」


「そ、そうかもしれないけれど……」


「けれど?」


「だって、制服で街に遊びにいくとか、してみたいじゃない」


 視線を彷徨わせながらも、どこかばつが悪そうに言った。


 わざわざ制服で遊びたいって、そんなもんなのか?

 俺はできれば即行で制服を脱ぎ捨てたい派なんだが。

 ……ちょっと待てよ。そういえば我が妹のくるみも、以前同じようなことを言っていたな。

 休日に制服を着ていたからどうして制服なんだ? って聞いたら、「制服で遊びにいく約束をしたから」とかなんとか。

 つまりこれって、女子は自分の制服姿に、ステータスを感じているということに他ならないじゃないか!


 まるで俺の推測を証明するかのように、背後から声がした。


「制服で遊びにいくというの、いいですね。ボクも是非参加したいです」


 ボクという一人称、丁寧な敬語、他ならぬ山崎さんだ。


「やあ、山崎さん。時間ちょうどだね」


「はい。本当はもっと早くにきて、夏木くんがくるのを今か今かと待ちたかったのですが、予想以上に電車が混んでいて」


 はにかむようにして笑みを浮かべると、山崎さんはその場に小首を傾げた。


 当然だが、山崎さんの私服を拝むのも、本日が初めてだ。

 ボブカットの髪に赤い眼鏡、黒のチョーカーはいつも通りなのだが、服装に関しては想像の斜め上であったと言わざるを得ない。

 いや、印象に違わないという面では、あるいは想定内か……。

 ボタンの所にひらひらのついた白のゴシックブラウスに、妙にくびれが強調された紺のハイウエストスカートパンツ。

 すらっとした脚は黒のタイツに包まれており、その先にはヒールのついた黒のパンプスが太陽の光を反射してきらりと輝いている。

 琥珀のあしらわれたループタイが首元につけられているので、見る人によってはゴスロリファッションっぽく見えるかもしれないが、おそらくぎりぎりノーマルといって差し支えない按配だろう。

 というかその均整の取れた顔立ち、小さい背丈と相まってか、精巧にできたお人形さんのようにも見えなくもない。


 約束の時間から十分が経過。最後にやってきたのが識さんであった。


「わるいわるい、遅れちゃったね。途中でスマホ忘れたのに気付いてさ」


 はあはあ息を切らしながらも、識さんはスマホを取り出して、前で小さく振った。


 識さんの格好は、端的に言えばエロかった。

 シルエットが、つまりは胸が超強調されたぴちぴちのTシャツに、短いホットパンツとそこから伸びる健康的な生脚。

 以前会った時よりもギャルっぽい雰囲気が前面に押し出されたのは、おそらく気温が上がり夏の出で立ちに変わったからなのだろう。


 しかしあれだ。

 やたらに目が引かれる。

 そう、何だかんだ言って男という生き物は、ギャルが好きなのだ。間違いない。


 ようやく全員が揃ったところで、俺たちは本日の目的地である臨海近辺のレジャースポットへと、移動を開始した。



 休日とあってか、モノレールはそこそこ混んでいた。


 俺は皆に席を譲ると、一人でつり革をつかみ、窓の外に流れる風景へと視線を送った。


「夏木くん夏木くん」


 席を立った山崎さんが、俺に呼びかけた。


 気を遣ってくれたのかと思った俺は、すぐに首を振り遠慮の言葉を口にする。


「いいよ。座ってて。俺は大丈夫だから」


「違うのです」


「え? じゃあ何?」


「ボクは夏木くんの横に立ちたいのです」


「は?」


 すると山崎さんは俺の腕をつかみ、両腕で抱いた。


 ――ふぁっ!?

 この展開だと、おそらくまた……。


 予想通りに、勢いよく席を立った識さんが、声を荒らげた。


「ちょっ! あんたまた! 離れろし!」


「嫌なのです。できればずっとこうしていたいのです」


 狭い車内でぐいぐい揉み合う二人プラス俺。

 周りの白眼視が怖いからマジでやめてくれ!


「私はね、予約してあんの。京矢とは、そういう約束なの」


「恋に予約もくそもないと思います」


 ぐぬぬといった顔をすると、識さんは続ける。


「あんたは京矢の彼女でもなんでもないっしょ!? べたべたするとかマジであり得ない!」


「おっしゃる通りです。ボクは夏木くんの彼女ではありません。ボクと夏木くんは夫婦なのですから」


 毅然とした態度にさすがの識さんもドン引き気味。

 なるほど。好きに対して憚らないというのは、ある意味パワーなんだな。

 今後何かの役に立つかもしれない。

 覚えておこう。


 しかし、なんだかこれはこれで疲れるな……。


 俺は気を紛らわせるためにも、正面に座っている一華と純へと視線を送った。


「小笠原さんは、休みの日とかは何してるの?」


 純が聞いた。

 とてもスタンダードな質問だ。


 しかし一華は気恥ずかしそうに指をもじもじ……。

 同姓である女の子とは少しだけ話せるようにはなったが、男とはまだまだ厳しいらしい。


 負けじと純が聞く。


「よく学校でゲームをしているのを見るけど、好きなの?」


 こくりこくりと頷いた……ように見えた気がしないでもない。

 やっぱりだめか。


 次に話しかけたのは隣に座っていた一之瀬さんだ。

 先ほどからちらちら視線を送っていたのは、おそらく話しかけるタイミングを計っていたのだろう。


「い、一華さん! し、私服姿も、とっても可愛いわね」


「…………」


「よく似合っていると思うわ。私はす、すすす、好きよ」


 言った本人が、なぜか頬を赤らめる。


「あの、もしよかったらなのだけれども、今度私と二人で」


「亜里沙」


 遮るようにして一華が言う。そして、


「嫌い! 話しかけないでっ」


 と言いぷいっと顔を逸らした。


 一之瀬さんの目に涙が浮かぶ。

 目に見えて肩を落とす。


 何このメンバー。

 なんか色んな思惑が渦巻いてて、ちょっとマジで疲れるんですけど。

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