第57話 世界の終わりは、もしかしたらこんな風に、どこまでも穏やかで尊い時間が流れるのかもしれない
「なあ一華、もしかしてなんか怒ってる?」
下校途中、ささやかな商店街に差しかかった辺りで、俺は一華に聞いた。
「べ、別にぃ、怒ってないし」
「やっぱり怒ってるじゃん。まさかさっきのあれを気にしているのか? 結婚がどうとかってやつ」
「違うし。そんなの私には、か、関係ないし」
「あんなのはあれだぞ? ただの勢いっていうか、火遊びっていうか。多分そんなもんだぞ」
「だから! 私には関係ないって言ってる!」
声を荒らげると、一華は頬を膨らませて、俺からぷいっと顔を逸らした。
やれやれ、女心はやっぱりよく分かんねえな……おや? スマホが。メールかな?
俺はポケットからスマホを取り出すと、受信フォルダーを開きメールを確認した。
メールは妹のくるみからであった。
>ばか兄、風邪つらい。
葛根湯とエナジーゼリー買ってきて。
相変わらず愛嬌もくそもねえ妹だな。
全く、俺の周りの女子共ときたら。
「メール? 誰から?」
ちらちらこちらに視線を送りながらも、一華が聞いた。
「ああ、妹からだ。あいつここのところ体調崩しててさ。なにかとせがんでくるんだ」
「ふ、ふーん、そうなんだ……あ、私もメール」
スマホを取り出すと、一華は文面を確認した。
「誰からだよ?」
「気になる?」
「俺は教えたんだし、一華も教えろよ」
「き、気になるんだ。しょ、しょうがないなー」
メールはゲーム仲間であるなっつんさんからであった。
>先日は突然のキャンセル申し訳ありませんでした。
こちらから誘っておいて……。
まだ風邪が長引いておりまして、なかなかログインできませんが、今後とも仲よくしていただけると嬉しいです。
ではでは。
「へえ、いい人っぽいじゃん」
「う、うん」
自分のことのように嬉しそうな笑みを浮かべる。
「私の大切な人、二号」
「二号? じゃあ一号は?」
「え?」
頬を朱色に染めて、口をつぐむ。
「なあ、一号って誰なんだよ?」
「だ、だから、それは……」
「それは? 教えてくれよ。気になるだろ?」
「し、しつこい! 京矢には……内緒!」
内緒なら仕方ないか。
こうなったら一華は、絶対に言わないだろうし。
話を戻すためにも、俺は画面をのぞき込みながらも口を開く。
「つかこの人も風邪なんだな。確か歳の近い女の子とか言ってたし、うちの妹だったりしてな」
「そんな偶然、あるわけない。……あ、でも、なっつんさん、すごいブラコン」
「ブラコン? じゃあなおのことあり得ないな。うちの妹は、俺のことが世界で一番嫌いだから」
「うーん……」
どこか神妙な顔をすると、一華はなにかを考えるように一瞬黙る。
「おい、どうしたんだよ? 突然黙り込んで」
「ううん。なんでもない」
「そうか?」
「うん。そう」
商店街を抜けると、ちょうどそこにドラッグストアがあったので、俺は指をさしながらも一華に聞いた。
「俺はドラッグストアに寄ってくけど、一華はどうする? 先に帰るか?」
「ううん」
首を横に振る。
「私も一緒にいく。……京矢のお買い物」
「分かった。じゃあ一緒にいくか」
「うん」
歩き出すと、一華が俺の袖を指先でつまんだ。
その距離感が、なんだかとても心地よかった。




