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第52話 いつも一緒にいる男女が、始業間際に、汗で制服をぐっしょりと濡らして、息を荒らげながら教室に入ってきたら、皆は一体どう思うのだろうか

「きょ、きょうや~……」


 考えをまとめようとしたちょうどその時、一華が弱々しい声で話しかけてきた。


 振り向くとそこには、疲れたような表情で息をはあはあする一華の顔があった。


 超近いし息がかかる。

 おまけに両手で俺の服をつかみ、こちらに寄りかかってきているものだから、一華の色んな部分が当たっているような気がしないでもない。


「お、おい、一華、大丈夫か?」


「この中……すごく暑い」


「確かに」


 ただでさえ暑いのに、ロッカーという狭い密室の中だ。

 温度はもちろんのこと湿度も大変なことになっているのは言うまでもない。


 よく見ると、一華は全身に汗を流して、生地の薄い夏の制服をしっとりと湿らせている。


「にぉわ……なぃ?」


「え?」


「私……汗臭く、ない?」


 強く目を閉じた一華が、肩をすくめながらも聞いた。


「い、いや別に。ていうかなんかいい匂いがするんだけど」


 かーっと顔を紅潮させると、自分の胸に手を当てた一華が、その場に崩れ落ちそうになる。


「一華、大丈夫か?」


「大丈夫じゃない! 京矢、今変なこと考えた! 絶対に考えた!」


「考えてねーよ。だから落ち着け。外に聞こえちまうだろ」


 思わず腕を上げようとするが、やはり一華の体の一部に触れてしまう。


「――きゃっ。変なとこ……触らないで」


 潤んだ瞳で上目遣い。


 もうなんだか拒否してんのかそうじゃないのかよく分からなくなってきた。


「こ、こここ……」


「こ? こが何だよ?」


「腰が、抜けたみたい」


 はい?

 こんな所でしゃがみ込んだら、絶対ロッカーがガタガタってなっちゃうじゃん!


 俺はとっさに一華のお尻へと手を回すと、倒れないように両腕でしっかり支えた。


「ひゃっ! ちょっ、京矢……お尻、さ、さわっ、触ってる」


「しょうがないだろ。少しの間我慢するんだ」


「でも、でもでもでも、うぅ……」


 汗だくの二人。

 ぺたぺたと触れ合う肌。

 首筋にかかる吐息。

 不自然にも密着した体勢。


 暑さにやられたのか、突然一華が俺の肩に首を預けてきた。

 よく見ると脚もぴくぴく震えているように見える。


 早く、早くしてくれ!

 色んな意味で限界だ!

 このままじゃ壊れちまう!

 もちろん色んな意味で!


「始業も近いですし、そろそろ教室に戻りましょうか」


 山崎さんたちが席を立ったのは、それから間もなくであった。


 扉が閉まり、遠ざかったのを確認してから、俺と一華は倒れ込むようにロッカーから出た。


 袖で額の汗を拭う俺。


 両手を床につき、はあはあ呼吸を繰り返す一華。


 頬を伝った汗が、ぽたぽたと床に水玉模様を描いてゆく。


「た、助かったな」


「う、うん」


 一華が俺に対して背を向ける。


「透けて……ない?」


「は?」


「だから……汗で」


「あーそういうこと。大丈夫だ。そこまでは濡れてない」


 安堵の溜息をつくと、一華は制服の乱れを整えた。


「でも、これで大体のことが明らかになったな」


「明らかになった」


「山崎さんは先輩から受け継いだ宝箱を、つまりは備品室のBL本を、絶対に守り抜き、次世代に受け渡すという使命感を持っている。多分恐れたんだろうな。廃部になり、宝箱が暴かれ、処分されてしまうことを」


「うん」


「だが俺たちにも俺たちの守る場所と主張がある。そして幸運にも新聞部の秘密を暴き、弱みを握ることができた。だったら、あとはもう一度山崎さんを呼び出して、こう言えばいい」


「こうって?」


 首を傾げて、一華が聞く。


「部室にあるBL本のことは黙っておいてやる。だから俺たちのことも黙っておけ、と」


 そうすればきっと、山崎さんは入部の提案を受け入れるだろう。

 前回拒んだのは、結局は自分の方が優位な立場にあったからにすぎない。

 対等に、いや逆転した今では、むしろ山崎さんの方からお願いしてしかるべきなのだ。


 その後俺と一華は急いで教室に戻った。

 授業にはぎりぎり間に合ったが、息を切らして、汗だくになった俺たちの姿を見て、クラスの皆がどう思ったのかは……あえて言うまい。

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