第51話 学校にある掃除道具入れは、美少女と入って密着するための、盛大なフラグとしか思えない
備品室は施錠した。
鍵は元の場所に戻した。
部屋の復元も完了した。
そしてなによりも備品室内の様子をしっかりと写真に収めた。
これさえあれば、確固たる証拠として、また新聞部の弱みとして、山崎さんに突きつけることができるはずだ。
俺は最後にもう一度だけ入念にチェックをしてから、部室を後にしようと扉の方へと向かった。
「京矢、待って」
不意に一華が呼び止める。
「どうした?」
「……誰か、くる」
「え?」
扉に耳を近づけると、確かに聞こえた。
こちらに近づく、二人の女の子の声が。
丁寧な口調に抑揚を抑えた声音。
一人は分からないが、もう一人は間違いなく山崎さんだろう。
「ど、どどど、どうしよう? きょうや~……」
「どどど、どうしようっつったって、そりゃお前、隠れるしかないだろ」
「ど、どど、どこに?」
「どどどど、どこってお前……」
超焦りながらも、俺は部室内を見回す。
緊急時は机の下?
否、丸見え。
備品室の中?
否、鍵を開けて入る時間はない。
カーテンの後ろ?
否、脚までは隠せない。
じゃあ……じゃあじゃあじゃあ――
「ロッカーだ! 掃除道具入れの中に隠れるんだ!」
「え? でもでも、二人だと狭い……」
「狭いとか言ってられないだろ! さあ早くしろ!」
俺は一華をロッカーの中に押し込むと、自分も中に入り、内側から扉を閉めた。
部室内に山崎さん以下一名が入ってきたのは、ちょうどそのすぐ後であった。
「きょ、京矢……狭い」
「しーっ、静かに。気付かれる」
一華の口を手で覆おうとするが、あまりの狭さに腕が上がらない。
それどころか一華の腰の辺りに触れてしまい、ちょっと申し訳ない気分になる。
「きゃっ。さ……触った」
「す、すまん。狭すぎて」
「う、うん……しかたない」
一華は顔を真っ赤にして、潤んだ瞳でうつむいた。
昼休みもあと残りわずかだ。
もう少しだけ、もう少しだけこの状態で耐えれば、ことなきを得るはずだ。
俺は自分を、特に理性に言い聞かすと、山崎さんたちの様子を探るためにも、ちょうど目の高さにあった空気口から外の様子を確認した。
俺から見て奥側に、こちらに正面を向いて座っている山崎さんの姿があった。
可愛らしい黒のボブに赤い眼鏡、首にはいつものようにチョーカーをつけている。
手前側、俺たちに対して背を向けているのがもう一人の部員だろう。
顔は見えないが、すらっとした体躯をしている。
二人はペットボトルのお茶を飲みながらも、何かを話しているようだ。
俺は空気口に耳を近づけて、なんとか聞き取ろうと山崎さんたちの声に意識を集中した。
「で、どうなると思う? 生徒会の人たち、部費を出してくれるかな?」
俺たちに背を向けている、もう一人の部員の方が言った。
「大丈夫です。彼らは必ずや部費を捻出します。あの写真には、それだけの力がありますから」
「そうだよね。大丈夫だよね」
「大丈夫です。新聞部は決して潰れません。なによりボクたちには守らなければならない物があるじゃないですか」
守らなければならない物?
山崎さんの意味深長な言葉に、俺は眉をひそめる。
「うん。先輩たちから受け継いだ宝箱を、私たちの代で途切れさせるわけにはいかないもんね」
「むしろ冊数を増やして、より大きなものとして発展させる……それがボクたちの使命です」
冊数、という言葉により、話の主旨が見えてきた。
山崎さんたちは備品室にあったあのBL本のことを話していると。
なるほど。
ということはもしかして、資格云々というのは……。
折よく、山崎さんたちがその話題に触れる。
「でも、よかったのかな……」
「何がですか?」
「いや、生徒会長さんの案を受け入れていれば、一番穏便に済んだのかなと思うし」
「それはだめです。絶対にだめなのです」
山崎さんが毅然と言う。
「新聞部はBLを愛する女子だけが入部を許される聖域です。代々そのようにやってきました。最悪女子だけならまだしも、男子の入部は何があっても許可するわけにはいきません。それは先輩たちの意思を踏みにじる最低の行為です」
「うん、そうだよね。なんか、ごめん」
「いいのです。謝らないでください。ボクたちには切れるカードがあった。だから強い態度で要求を押し付けた。ただそれだけのことなのですから」
やっぱりか。
資格がないというあの言葉、備品室にあった大量のBL本、そして今聞いた山崎さんたちの会話――全てがつながった。
つまりは……。




