第50話 その響き、ただそれだけで、何だか心がわくわくしてくるパワーワード『学園内の大図書館』
翌日の昼休み、俺は作戦を実行するために、一華と二人で新聞部の部室へと向かった。
なお識さんと一之瀬さんは教室で待機だ。
目立ってしまうので、全員でいくわけにはいかない。
部室の前に着くと、俺は中に誰もいないことを確認してから、マスターキーで扉を開けた。
「結構狭いな」
「うん、狭い」
一歩二歩と、恐る恐る足を踏み入れる一華。
俺は今一度内側から鍵をかけると、慎重に室内を見回した。
「十畳あるかないかってところだな。木のテーブルにパイプ椅子が二脚。奥にあるのは作業台か?」
他には掃除道具入れのロッカー、ブラウン管ディスプレイのパソコン、壁際左右に並ぶ古そうな木製の棚、備品室と書かれた右奥のドア。
山崎さんの言うことが確かなら、パソコンに関しては故障しており使えないのだろう。
あとカーテンまでしっかり戸締りがされているので室内は非常に暑い。
ただ突っ立っているだけでも全身が汗ばんでくる。
「じゃあさっそく始めるか」
手の甲で額の汗を拭いながらも、俺は言った。
「分かったけど……何を探せばいい?」
「何でもいい。弱みになりそうな何かだ」
「例えば?」
「そうだな……持込禁止物とか、不健全な物とか」
「不健全って?」
「ふ、不健全は不健全だよ。つか新聞部なんだから、撮っちゃいけない写真とか、なんかそういうまずいブツがあったりするだろ。一応マスコミなんだからさ」
一華は小さく首を傾げたが、すぐに思い直したように「分かった」と言い、手を動かし始めた。
何も成果が出ないまま、二十分が経過。
昼休みも、いよいよ折り返し地点に差しかかる。
残るは右奥にある備品室のドアの中だが……。
俺はドアノブをつかむと、時計回りにひねった。
「あれ? 鍵がかかってるな」
「マスターキーで開く?」
「ああ。なんと言ってもこれは、教員と、極限られた生徒、つまりは生徒会会長しか持つことが許されない、レベル2の鍵だからな」
ちなみに余談だが、最上位であるレベル3のマスターキーは学校の長である校長のみが持つと言われている。
レベル3は、全ての部屋の鍵はもちろんのこと、重要書類の納められた金庫等も開けられるということだ。
全く、どこまでも厨二心をくすぐってくれるぜ。
俺はポケットから鍵を取り出すと、鍵穴に挿し込…………あれ? 入らない。穴が狭くて入らない。
「太くて入らない?」
その場に膝を曲げて、鍵を見つめた一華が、上目遣いで言った。
偶然か否か、彼女の口元が俺の股間の目の前にきている。
「お、おう。だけど一華、あまりそういうことは言うなー」
「へ? 何で? 京矢のその鍵が、太くて穴に入らないんだよね?」
「いや、まあ、そうなんだが……」
「ねえ何で? 何で太くて入らないって言っちゃだめなの? ねえ何で? 何で何で!?」
「な、何でもだ!」
しかしいよいよ怪しいぞ。
つまりこのドアノブは、元来学校由来で設えられたものではなくて、個人的に、おそらく新聞部が付け替えたものということになる。
では何のために?
立ち入られないために。
どうして?
見られたら困る物があるから。
――そう考えるのが道理だろう。
ドアの前で考え込んでいると、一華が気付いたように言った。
「鍵! そういえば、鍵……」
「鍵がどうした?」
「引き出しの奥に、鍵あった」
一華の言う通り、脇机の引き出しの奥に、小さな箱に入れられた鍵があった。
もしやと思い鍵穴に挿し込んでみると、ぴったり穴に収まった。
カチャリ……錠の外れる音が、静かな室内に響き渡る。
俺は息を潜めて、ゆっくり備品室のドアを内側へと押した。
「…………」
「…………」
眼前の光景に、俺と一華は息を呑んだ。
本、本、本……とにかく大量の本が、天井まで及ぶ頑丈そうなラックに、そして床に並べられたダンボールの中に、隙間なく納められている。
一体何冊あるのだろうか? 百冊? 千冊? いやそれ以上? とにかくたくさんだ。
「新聞作成のための資料か? いや、でも……」
違うというのはすぐに分かった。
背表紙の感じが、どう見ても漫画のそれに他ならなかったからだ。
俺は一冊手に取ると、本を開き内容を確認してみた。
――!? こ、これは……。
少女マンガに出てくるような多種多様なイケメン美男子。
同姓同士でまぐわう性的描写。
にもかかわらずきらきらと眩しい絵面。
そう、これは世に言う、ボーイズ・ラブ……。
通称BL本ではないか!
「……漫画? 私漫画好き」
その時、一華が一冊手に取った。
「ちょっ! 一華! だめだ!」
とっさに本を奪い取るが……どうやら間に合わなかったようだ。
一華は両手で顔を覆うと、俺に背を向けて、恥ずかしそうにその場にしゃがみ込んでしまった。
「お、おい、一華? 大丈夫か?」
「うぅ……」
耳まで真っ赤にして、小さく首を横に振る。
「ま、まああれだ。人の性癖は人それぞれっていうか……」
「ハ、ハレンチッ!」
「そ、そうだな。今回ばかりは、一華の言う通りだ」
――だが、これは使える。
一華のそばに方膝をついて座った俺は、彼女の背中を擦りながらもそう思った。
どうしてこんな物が部室の備品室に保管されているのかは分からないが、どこからどう見ても持ち込み禁止物であり、不健全な物だ。
これらと新聞部との間にどのような関係性があるのかまではまだはっきりしないが、場合によっては援交疑惑のあの写真に対抗し得る新聞部の弱みになるだろう。
「きょ、京矢……もういい。ありがとう。もう、大丈夫」
「立てるか?」
手を差し出しながらも聞く。
「うん」
一華は俺の手を取ると、きょろきょろしながらも立ち上がった。




