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第48話 陰キャで、しかもコミュ障の俺の幼馴染が、援助交際なんてするわけがない

「ど、どどど、どーこでこの写真を……?」


 動揺しまくりながらも、俺は聞く。


「ボクが撮影しました。先日街を歩いていた時に、偶然見かけましたので」


 嘘だ、と思った。


 廃部の危機と生徒会への取引材料、あまりにもタイミングがよすぎる。


 それに先ほどのニヒルな笑み……。


 おそらく山崎さんは、俺たち生徒会を日頃からつけていたのだろう。


 弱みを握るために。


 優位な立場に立ち、交渉を進めやすくするために。


「小笠原一華さん」


 名前を呼ばれて、一華はびくりと肩を跳ね上げる。


「あなたはどうしてこの日、明らかに年上と思われるスーツ姿の男性と、ラブホテルに入っていったのでしょうか?」


「ち、ちがっ……」


 泣きそうな顔で首を横に振る。


「正直に言えば、ボクにはこれが、小笠原さんが援助交際をしているように見えるのですが」


「それは違う!」


 山崎さんの言葉に、俺は思わず声を張り上げた。


 だってそうだろう。

 真実は、本当に全く違うのだから。


「一華はそんなこと絶対にしない。頼むから、二度と言わないでくれ」


「絶対にしないって……現に写真に写っているではないですか。信じたくないのは分かりますが、感情で事実を捻じ曲げるというのは、いかがなものかと思います」


「だから、違うんだ……」


 今回に限っては、俺も一華も本当に悪いことをしていない。

 追試の替え玉をしたわけでもないし、身体測定やら更衣室に侵入したわけでもない。

 ただ迷惑な男を追い払うために、俺が一華の格好に女装しただけだ。


 だったら別に、今ここで山崎さんにそれを説明しても構わないだろう。


 確かに女装男という名の汚名を被るかもしれないが、それで一華を助けることができるのならば、本望だ。


 俺は一度息を吸い込むと、吐き出すように言った。

 腹をくくって――


「この写真に写る一華なんだが、実は俺なんだ。俺が一華の姿に女装して、この男をだますためにラブホテルにいったんだ」


「え? で、では、男同士で……」


 すぐに思い直したように首を振る。


「お優しいのですね。この子のためにそんな嘘までついて」


 そうなるよなー。

 ていうか、今なんか……まあいい。

 とにかくなんとか信じてもらわなくては。


 俺は山崎さんを説得するために、物事の顛末を徹底的に説明した。

 一華がとあるゲームが好きなことを、話せる友達がほしくてオフ会に参加したことを、そしたらそこで変な男に目を付けられたことを、頻繁にデートの誘いがきて迷惑したことを、解決するために俺が一肌脱いだことを……。


 しかし山崎さんは、やはりというかなんと言うか、全く信じてくれなかった。

 そればかりかまるで俺の言葉を跳ねのけるようにして、すました顔で次のように言った。


「それをボクに説明して、一体どうなるというのですか?」


「え?」


「今おっしゃったことは、そっくりそのまま学校側にご説明しなければ、意味がないのではないでしょうか?」


「え、ちょっ、それって……」


「ですから、この写真の是非を判断するのは、一個人のボクではなく、処分を決定する学校側であると言っているのです」


「あんた、まさか……」


 ごくりと喉を鳴らした識さんが、焦ったような顔で言う。


「その写真を先生にばらすつもりなん?」


「そのつもりですけど、なにか?」


 山崎さんの発言に、この場は一気に凍りつく。


 そんなことをされては、一華はもちろんのこと、生徒会という組織にまで悪影響が及ぶ。

 ただでさえ先日の一之瀬さんの件もあり、信頼がだだ下がりしているというのに。


 そんな気まずい沈黙を打ち破ったのが、そもそもの原因を作った、当の本人である山崎さんであった。


「ただし条件があります。先ほどお話しした部費の件ですが、なんとか確保していただけるのであれば、このことは一切外部に漏らしません。写真のデータに関しましても、全てこちらで削除させていただきます。できないというのであれば、即刻学校側に提出し、小笠原さんを、しいては生徒会自体を、容赦なく追い詰めます」


 席を立つと、確認するように一人ひとりに視線を送る。


「どうか、賢明なご判断を」


「ちょっと待ってくれるかしら」


 呼び止めたのは、先ほどから黙って話を聞いていた一之瀬さんだ。


「一つだけはっきりさせたいことがあるのだけれど、いいかしら?」


「はい、どうぞ」


「山崎さんが最も懸念しているのは、月一のノルマが達成できないことではなくて、それにより新聞部が廃部に追い込まれてしまうこと……違う?」


「違いません。まさしくその通りです。廃部になり、同好会に格下げされてしまっては、部室が取り上げられてしまいますから」


「では、こういうのはどうかしら? 私たち生徒会四人が、全員で新聞部に入部する。そうすれば二人プラス四人で、規定人数の六人に達することができるわ」


「つまり、部活動規定を満たせば、特別措置が外れ、ノルマから解放される。そうすれば部費が確保できなくても新聞部が廃部になることはない。そういうことですか?」


「そういうことよ」


 肯定してから、一之瀬さんが俺たちに顔を向ける。


「皆もそれでいいわよね? 名前を貸すだけで構わないから」


 当然の承諾。

 俺たちは一様にその場に首肯する。


「決まりね。じゃあ山崎さん、さっそく入部届を……」


「だめですね」


 ――は? 


 山崎さんの放った意外な一言に、ここにいた誰しもが顔をしかめた。


「だめってあんた……自分の立場分かってんの?」


 席を立った識さんが、そのまま山崎さんに歩み寄る。


「分かっていますけれど。今なお、あなたたち生徒会より優位な立場にあると」


「じゃあ、何で? そんなに新しいパソコンがほしいっての?」


「いえ……」


 ゆっくりと、山崎さんが俺を見た。

 すがめた、どこか冷めたような眼差しで。


「資格が、ありませんから。入部する資格が」


 資格って……何だよ?


「期限は三日です。三日以内に生徒会のご判断をお聞かせください」


 資格って、一体何なんだよ!?


「それでは失礼します」


 小さな音を立てて、扉が閉まった。

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