第47話 新聞部のボクっ娘美少女、山崎鈴は、交渉のテーブルにとんでもない写真を持ち出してきました
「今期予算配分について、ご相談したいことがあります」
振り向くと、そこにはボブカットの黒髪に赤いアンダーリムの眼鏡をかけた、背の小さな女の子がいた。
白い肌に整った顔立ち、ぱっちりした目に揺るぎのない黒の瞳と、なんだかサブカル系のバンドとかにいそうな異様な雰囲気をまとっている。
あるいは首に巻かれた黒のチョーカーが、そのような印象を人に与えるのかもしれない。
言ってしまえば美少女なのだが、一華とも、識さんとも、また一之瀬さんとも系統の違う、特質系という言葉が最も当てはまるかもしれない、そんな美少女だ。
――ちょっと待てよ。
この子、どこかで……。
すぐに思い至る。
この女の子を、俺は以前どこかで見たことがあると。
「あっ、追試の取材にきてた、新聞部の……」
「ボクのことをご存知なのですね」
女の子はその場でお辞儀をすると、自己紹介を始めた。
「ボクは二年一組の山崎鈴と申します。新聞部に所属しておりまして、現在は部長を勤めさせていただいております」
「で、その新聞部部長様が、一体何の用なん? 予算がどうとか言ってたけど」
両手を頭の後ろに回した識さんが、椅子にもたれかかりながら聞く。
「はい。単刀直入に申し上げますと、部費の捻出と引き上げにご承諾いただきたいのです。現在ボクたちは、部活という枠組みを与えられているにもかかわらず、部費がない状態での活動を余儀なくされていますから」
新聞部といえば――
俺は手元の資料に目を落とす。
やっぱり。グレーゾーンに位置する、いわゆる特別措置グループだ。
速報ではゼロ円になっているが、おそらくそれを見て生徒会室にやってきたのだろう。
直談判のために。
「残念だけれども、それは無理な相談よ」
手早く資料に目を通しながらも、一之瀬さんが言った。
「新聞部は三年前から特別措置が取られているみたいね。つまり、ここ数年は部費がなくても問題なく運営できた。そういうことよね?」
冷めた視線を送る一之瀬さん。
同じく冷めた目で見返す山崎さん。
言わずもがな、ぴりぴりした空気が生徒会室内に広がる。
ともすればキャットファイトになりかねないんじゃあないかと懸念した俺は、「まあまあまあまあまあ」と社会人っぽい口上を吐き、とりあえず山崎さんに椅子をすすめた。
「ひとまず、わけを聞かせてよ。わざわざ生徒会室まできたってことは、それなりの理由があるんだろ?」
「はい、もちろんです」
椅子に座ると、山崎さんは理由を語り始めた。
「ことここに至った経緯をご説明するに当たって、まず先にボクたち新聞部にかせられた特別措置の内容をご理解いただく必要があります。端的に言えばノルマなのですが、これがなかなかに厄介でありまして、『月に一度、必ず校内新聞を発行する』というのがそれに当たります」
「月に一回っしょ? それってそんなに大変なん?」
識さんが聞く。
「恥ずかしながら新聞部は、ボクを含めたったの二名しか在籍しておりませんので、内容の決定から発行までの一連の作業となると、なかなかに忙しい状態になります」
「でも」
ぱらぱら資料をめくりながらも、一之瀬さんが言う。
「二年前は三人、去年は今年と同様の二人……しっかりノルマを達成しているじゃない。条件が同じで今年はできないと言うのなら、それは山崎さん、あなたの手腕の問題ではなくて?」
「いえ、ボクが言いたいのはノルマが厳しいということではなく、不本意にもノルマが達成できない状態に陥ってしまった、ということです」
「つまりどういうことかしら?」
「つまり備品であるパソコンが故障し、校内新聞の制作が不可能になってしまったということです」
そういうことか。
要はノルマを達成しようにも、パソコンが壊れてしまったから達成できない。
新たにパソコンを新調しようにも、そもそも部費がないのだから新調できない。
新調できなければ、ノルマである校内新聞を発行できずに、このままでは条件違反で近い将来新聞部は廃部に追い込まれてしまう。
そんなところだろう。
おおかた俺の予想した通りのことを皆に説明した山崎さんは、今一度一之瀬さんへと向き直ると、頭を下げて、お願いの言葉を述べた。
「……だからどうか、ご配慮いただけないでしょうか? 新たにパソコンを購入する代金だけで構いませんので、どうか部費の捻出をお願いいたします」
「自宅に借りられるパソコンはないの?」
「ありません。家族皆、スマートフォンでこと足りているといった状態です」
「手書きというのは?」
「製図用の道具がないばかりでなく、それでは時間が足らなくなります」
「…………」
しばらく黙考したが、糸口は見つからなかったようだ。
一之瀬さんは小さく首を横に振ると、残念さを醸し出すように言った。
「やはり無理ね。多少の微調整ならこちらで融通をきかすことができるけれど、パソコン一台分となると学校側から指導が入るのは必至よ。よって新聞部については、会議の決定通り、このままゼロ円でいくことになると思うわ」
「どうしても、無理でしょうか?」
「無理ね」
「もう一度だけお聞きします。新聞部の部費を、捻出していただけませんか?」
「何度も言わせないで。無理なものは無理なの」
「そうですかー……」
小さく溜息をつくと、山崎さんはその場に顔を伏せる。
「では……」
そして微かにニヒルな笑みを浮かべると、胸ポケットから何かを取り出して、テーブルの上に置いた。
「こちらを見ていただけますか?」
それは一枚の写真であった。
この期に及んで一体何だろうか?
嫌な予感を胸に、俺はテーブル中央付近に置かれたそれをのぞき込んだ。
――――なっ!!??
あまりの衝撃に、言葉を失ってしまう俺。
皆も同じ思いだったのだろう。
それぞれに驚きの表情を浮かべて、固唾を呑んでいる。
そこにはなんと、スーツ姿の男とラブホテルに入ってゆく、一華の写真があった。――そう、俺が一華の姿に女装をして、ぽよりんをだますための作戦を行った、あの日の写真が。




