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第46話 幼馴染が俺のことを、うっかりして「大切な人」と言ったけれども、どうやら言葉の綾みたいだ

「一華、生徒会いくぞ」


 帰りのホームルームが終わると、俺はいつも通り一華いちかに話しかけた。


「う、うん。ちょっと待って」


 頷くと、一華はゲーム機をしまい、慌てて荷物を片付け始めた。


 あれからというもの、ぽよりんからのコンタクトはなくなったらしい。

 ゲーム内でも見かけなくなったということなので、おそらくアカウントを変えたか、あるいはそもそもゲーム自体をやめたかのどちらかだろう。


 つまりは俺の作戦が予想通り効果を発揮して、一華をあのチャラ男から守ったというわけだ。


「ゲームの方は、どんな感じだ?」


 渡り廊下を通過して、南棟に足を踏み入れた辺りで、俺は聞いた。


「どうって?」


「いや、結構荒療治だったと思うから、なんて言うか、お前がネカマだって噂、仲間内で広まってないかなと思って」


「広まった」


「え? マジで? 大丈夫なのか? ……なっつんさんとの関係とか」


「大丈夫。なっつんさんには、全部説明したから」


「説明って、どんな風に?」


「えーと……」


 人差し指をあごに当てて、思い出すように宙を仰ぐ。


「私の大切な人が、私に女装して助けてくれた。ぽよりんさんをだましてくれたって」


「え? 大切な人?」


「――っ!?」


 真っ赤な顔をした一華が、慌てた様子で突き出した手をふりふりする。


「ちっ、ちがっ! その……あの……だから……うぅ……」


「言葉の綾、みたいな感じか?」


「そう! 言葉の綾! 言葉の綾だから!」


 その後、なぜか気まずい雰囲気になってしまった俺と一華は、生徒会室まで無言で歩いた。


「一華さん! おはようございます! ご、ご機嫌いかがかしら?」


 生徒会室の扉を開けると、さっそく一之瀬いちのせさんが駆け寄ってきた。


「…………」


 ぷいっと顔を逸らす一華。

 そしてそのまま先にきていたしきさんの方へと顔を向けて、挨拶をした。


「し、識さん……おはよう」


「おはよ、一華。あ、ちなみに私のことも日和ひよりって呼んでくれていいから」


「え? あ、うん。分かった。ひ、ひより……」


 一華はもじもじ指を絡めると、頬を朱色に染めて識さんのことをそう呼んだ。


 日に日に打ち解けてゆく一華と識さん。

 一之瀬さんはそんな二人を、ハンカチを噛んで涙目で見つめている。


 ……まあ、俺はあまりかかわらないようにしよう。

 こういうのは本人同士の問題だから。


「で、一之瀬さん、今日は何をやるんだっけ?」


 所定の場所に腰を下ろすと、俺は頭を切り替えるためにも、本日の活動について質問をした。


 皆も各々の席に着席すると、一之瀬さんへと耳を傾ける。


「今日は、先月末に行われた職員会議の決定を基に、事務的処理を進めてもらうわ。具体的には『部活動活動実績報告書』により格付けされた、各部活動への予算配分の最終決定ね」


 資料を受け取ると、俺はざっと目を通してみた。


 これを見る限りでは、野球部やバスケットボール部などの運動系はランクが高くて、将棋部や写真部などの文化系は大体においてランクが低いようだ。

 予算の割合も上から下に向かってほぼグラデーションを描くように下がってゆく。


 まさしく格差社会――否、階級社会だ。社会の縮図を見ているようで胃が痛くなってくる。


「で、でもこれ、数字合わない」


 資料に目を落とした一華が、おずおずと口を開く。


「さすがは一華さん! よく気付いたわね! そう、これはまだ確定ではないの。協議の結果、割合から導いた、暫定の数字。つまりは各部長さん向けの速報よ」


「速報?」


 俺は首を傾げる。


「ってことは既に部長さんとかには伝わっているのか?」


「そうよ。もれなく」


「でも……」


 資料の一番下の方に目を向ける。


 そこには虚しくも『0円』と記載されたいくらかの団体名があった。


「このゼロ円ってのはどういうこと?」


「それは同好会ね。同好会は部活ではないから、部費は分配されないの」


「いや、そうじゃなくって……」


 俺は資料をテーブルの上に置くと、ある部分を指で示した。

 部活動名義と同好会名義のちょうど境目、いわゆるグレーゾーンになっている部分を。


「ここら辺は? 一応部活動名義になっているようだけど、部費はゼロって書いてある」


「あーこれね」


 資料を受け取ると、一之瀬さんが該当箇所を一つひとつ読み上げる。


「ボランティア部、環境保全部、ツチノコ研究部、新聞部、坐禅部……要は、この五つの部活動に関しては、部活動規定を満たしていないのよ。注釈を見る限りでは、それぞれの部活動に特別措置があてがわれているみたいね。実績を上げろとか、月末に報告書十枚以上とか」


「部活動規定というと?」


「部員数ね。うちの学校は部設立のためには最低六人以上を集めなければならないと決まっているから。上から順に、五人、三人、二人、二人、一人……全て下回っているわ」


「でも、ちょっと気の毒な気がするな。部員が集まらないのは単に人気がないからであって、あながち本人たちのせいとは言えないだろ? それでも頑張って部活動に励んでいるんなら、グレーゾーンでぎりぎり保障外に振り分けられるとかって、一番きつい立場っていうか」


「そうかもしれないけれど……」


 小さく息をはく。


「これは先生方が、何度も何度も協議を重ねた結果だから、きっと最善なのよ」


「まあ……確かに。じゃあこのままで進めるか」


 変更のきかないものについてこれ以上話し合っても仕方がない。


 俺は話を前に進めるためにも、今後の作業方針について簡単にまとめた。


「部費の予算配分は部活動のみ。グレーゾーンに属するボランティア部、環境保全部、ツチノコ研究部、新聞部、坐禅部については、今期の予算配分は見送り。つまりは額面通りに進める。これでオッケイ?」


「むろんオッケイよ。では算出についてですが……」



「お待ちください」



 一之瀬さんの言葉を遮るようにして、その者は不躾にも生徒会室の扉を開いた。

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