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第40話 このようにして俺は、ポンコツ百合生徒会長一ノ瀬亜里沙の、有能かもしれない右腕になった

 週が明けて月曜日。


 放課後になると俺は、その足で生徒会室へと向かった。


 扉を開けて入室すると、そこには書類の山に囲まれた一之瀬さんの姿があった。


 目の下にクマを作っている。

 とても一人でさばき切れる分量ではない。


 一之瀬さんは俺に対して無視を決め込んでいるようだが……構うものか。


 俺は歩を進めて一之瀬さんの真向かいまでいくと、椅子を引きゆっくり腰を下ろした。


 書類の山は会議の資料であった。


 表紙から順番にとってゆき、最後にホッチキスで留めて製本を完了するといった単純作業だ。

 何度かやったことがあるので手順は分かっている。


 俺はホッチキスを手に取ると、独断でやり始めた。


 室内に響く製本作業の音。

 それ以外はなにもない。沈黙だ。


 気まずいような気まずくないような、微妙な時間が流れてゆく。


 そんな中で口火を切ったのは、意外にも一之瀬さんの方であった。


「……もうこなくていいって、言ったわよね?」


「そうだっけ?」


 紙をめくる音、ホッチキスの音、紙をめくる音、紙をめくる音、紙をめくる音……一定のリズムで繰り返されてゆく。


「い、一華さんは……あの後どう?」


「どうって?」


「だから……元気にしているかってこと」


「風邪引いて、今日は家で寝てる」


「え?」


 手を止めると、うつむく。


「それって、私のせいよね。すぐに体を拭いてあげれば、冷やさずに済んだのだから」


 どうとも言えない。

 だから俺は答えない。


 一之瀬さんは席を立つと、給湯室の棚を開けて、その中からしょうが湯のティーバッグセットを手に取った。


「これを、一華さんに渡してくれるかしら。私からはもう、彼女に会えないから」


「分かった」


 受け取ると、俺はそれを鞄にしまう。


 席に戻った一之瀬さんは、作業には戻らずに、しばらくその場に顔を落とした。


 彼女が再び口を開いたのは、それから何分か後のことであった。


「私……あの後とても反省したの」


「え?」


「こんな事態になったのも、もとはといえば私が夏木くんの弱みを利用しようとしたからでしょ? 不義を不義として扱わず、私の欲望に利用しようとしたから。そのせいで、大切な一華さんを傷つけてしまった」


 両手で顔を覆うと、一之瀬さんは続ける。


「そもそも私の夏木くんに対する態度も、問題あったのよね。せっかく一華さんとの間を取り持ってくれたのに、あんな自分勝手なことを言って。……でも、だめなの。私どうしても男の人がだめなの。そこのところは分かってほしい」


「ねえ一之瀬さん」


 一之瀬さんへとしっかり目を向けたままで、俺は言った。


「どうしてそんなに男の人が嫌いなの?」


「それは、夏木くんには関係ないことよ」


 ――それは夏木くんには関係ないこと……その言い方、つまり何か理由があるってことか。


「一之瀬さん、話してくれないか?」


「だから……」


「分かってほしいなら、話してくれないと。なにより俺は、分かりたい」


「…………」


 一之瀬さんは立ち上がると、給湯室へとゆき、香り立つ紅茶を手にして戻ってきた。

 そしてそれを俺へと差し出すと、おもむろに語り始めた。


「たいしたことないわ。ただ私が小さかった頃、お父さんが出ていってしまっただけよ。他に女を作って、お母さんを捨てて。ただその後お母さん、凄く苦労したの。いえ、今もしているわ。私を育てるのに、学費、生活費が凄くかかるから。お母さん、私を大学にいかせたいみたい。大学って凄くお金がかかるじゃない? だから私いいって言ったの。でもお母さんは絶対にいくべきだって言い張って」


「お母さん、優しいんだね」


 ええと言い頷くと、一之瀬さんは続きを口にする。


「お父さんのこと……憎いわ。そもそもお父さんがお母さんのことを捨てなかったら、こんなに苦労しなくて済んだのだから。男なんてそんなものよ。最低なのよ。熱しやすくて冷めやすい。口先では調子のいいことを言っておいて、飽きたらすぐに投げ出すの。まるで子供みたいに」


 それが理由か……。


 つまり一之瀬さんは、お母さんの優しさをそのまま女性に、お父さんの身勝手さをそのまま男性に当てはめてしまった。

 だから男の子が嫌いで女の子が好き。


 恐ろしく直線的な考え方だが、それはある意味彼女の純粋さが故とも言えるのかもしれない。


 だったら俺が彼女に言えるのは、これぐらいしかないか。

 なんて言うかちょうど、今日言おうとしていたことだしな。


「俺は見放さないよ」


「え?」


「俺は一之瀬さんに似たやつを知ってるんだ。そしてそれは俺が原因でもある。だからもう誰も裏切らないって決めた。絶対に見放さないって」


「似たやつ? ……それってもしかして」


「だからこれからも生徒会にはくるし、一之瀬さんのことも支える。最後の最後まで、絶対に」


 驚いた顔で息を呑むと、一之瀬さんは口に手を当ててうつむいた。

 それから目だけでこちらを向くと、慎重な口調で聞いた。


「と、ところで、小耳に挟んだのだけれど、先日二年生の廊下であったいさかいって…………」


 言葉が途切れたので、俺は一之瀬さんへと視線を送る。


 だが一之瀬さんは合った目をすぐに逸らした。


「――いえっ、なんでもないわ」


「え? あ、うん」


「その……なんて言うか……あ、ありがとねっ」


「お、おう」


 何が?


「ん」


「ん?」


 思わず聞く。

 差し出された手の意味が、瞬時に理解できなかったから。


「握手よ。この前はできなかったから」


「あー……とかいってまたはたくんじゃないのか?」


「そんなことするわけないでしょ。だって……」


 斜め下を向き、グーにした手を口元に当てる。


「だって夏木くんは、私のパートナーなのだから」


「パートナー?」


 生徒会会長補佐ってことか?


「……なるほど」


 俺は差し出された手を取った。


 そして俺たちは同時に言った。


「これからもよろしく」


 と。

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