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第39話 まな板娘小笠原一華は、あまりの恥ずかしさに崩れ落ちて、皆の前で大泣きしてしまう

 自分の制服に着替えた俺は、職員室の窓の外に待機する識さんのもとへと急いで向かった。


「識さん、首尾はどう?」


「ついさっき小笠原さんと一之瀬さんがきたところ……って、あんたもしかして濡れた?」


「ああ、プールに落ちた一之瀬さんに引き込まれた。つか借りた制服濡らしちゃった。わるい」


「それは別にいいし。どうせ明日から夏服だから。つか、小笠原さんがずぶ濡れだったのってそういうわけね」


「ああ、そういうわけだ」


 答えると、俺は中腰になり、窓から職員室の中をのぞいた。


 ずぶ濡れの一華に腕をつかむ体操着姿の一之瀬さん。


 現在対応しているのはりりこ先生ともう一人、髪を後ろで結った女性、副校長であった。


 その尋常ではない雰囲気に気圧されているのだろう。

 職員室内にはぴりぴりした緊張感が広がっている。


「さっきまで一之瀬さん、まるで何かに取り憑かれたかのように女子更衣室の件を話してたよ。京矢には女装癖がある、小笠原さんに似ている、変態だ、とか」


 女装癖なんてねーし!

 変態……かどうかは他者判断によるところかもしれんけど、勝手なことほざきやがって!


「で、今はこの小笠原さんは実は京矢の女装なんだと説得しているところ」


「一華はまだ声を、つまり正体を明かしてないよな?」


「まだ。結構我慢してるっぽい」


 俺はもう一度職員室内へと視線を送った。


 一華はこぶしを握りしめて、うつむき、唇を噛むようにして口を閉ざしている。


 頑張れ。

 もう少し耐えてくれ。

 一之瀬さんが、越えちゃいけない一線を越えるまで。


「一之瀬さん、少し落ち着いてください」


 窓越しに、りりこ先生の声が聞こえてきた。


「この小笠原さんが実は夏木くんって……そんなわけないじゃないですか」


 うんうんと、隣に立つ副校長が相槌を打つ。


「りりこ先生! 本当なんです!」


 一之瀬さんが声を荒らげる。


「今は彼、黙秘のために押し黙っているようですが、さっきまでは正真正銘夏木くんの声を発していました!」


 そしてスマホを取り出すと、先ほどプールで撮影した写真を表示して二人に見せる。


「……小笠原さん、ですよね?」


「――っ!」


 スマホをしまうと、一之瀬さんはキッと一華を睨む。


 よっぽど怖かったのか、一華はあわあわとした口をすると、床に足を滑らせるようにして一歩二歩と退いた。


「だったら」


「はい?」


「今ここでこの小笠原さんが夏木くんであると証明できればいいですよね?」


「はあ、まあそうですが……どうするんです?」


 困ったような顔で、りりこ先生が聞く。


「こうするんですよ!」


 言うとほぼ同時に、一之瀬さんは一華の髪をつかむとぐっと引いた。


 勢いが強かったのか、その場に倒れそうになる一華。

 すんでのところで持ちこたえることができたので、なんとか転倒せずに済む。


「ちょっと一之瀬さん! 何をやってるんですか!」


「おかしいわね……夏木くんはこんなに髪が長くないからウィッグのはずなのだけれど。じゃあ――」


 取り押さえようとするりりこ先生をさっとかわすと、一之瀬さんは一華の背後に回った。

 そして両手を一華の胸に当てると、もみもみと揉んだ。


「――っ!?」


 あまりの恥ずかしさに、目に涙を浮かべる一華。


 一之瀬さんは「こ、これは」とか言いながら揉むのをやめようとしない。


「うーん……あるのかないのかよく分からないわ」


「っ…………」


 顔を真っ青にした一華が、絶望的な表情を浮かべる。


 どうやら揉まれたことよりも、その言葉の方がショックだったようだ。


「もういいでしょ! 一之瀬さん! これ以上するようなら……」


「見てください! この腹の毛」


 制服をまくり上げる。


「――!?」


「あら、つるつるね……。見てください! この腋毛!」


 シャツを大きくまくり上げる。


「――――!!?」


「あら、綺麗ね……。見てください! このごつごつした背中を!」


 背中部分をまくり上げる。


「――――――!!!?」


「あら、滑らかね……。見てください! このすね毛だらけの脚を!」


 ニーソックスを一気に下げる。


「――――――――!!!!?」


「あら、しなやかね……。じゃあ……だったら……」


 ちょっ! ちょっちょっちょっ! まずくね!?

 一華がどんどんあらぬ格好になっていってるんだけど!


 つかもう完全に一線を越えてるんだから声出せよ!

 何やってんだ一華!!


 ――はっとした。

 一華の顔を見てはっとした。


 あの顔は、臨界点を越えてしまい、上手く声を出せなくなってしまった顔だ。


 こうなったら最終手段だ。

 この俺が職員室に乗り込み、一華が本物であると証明するしかない。

 この俺が、夏木京矢が姿を現せば、一華が一華であると誰しもが信じるはずだ!


 俺はその場に立ち上がると、職員室の窓を開けようと手を伸ばした。



 ……………………………………………………………………………………。



 沈黙する職員室。


 啞然とする全教員。


 その場に居合わせた固まる生徒たち。


 その中心にいたのが、一之瀬さんにスカートを下ろされた一華であった。


 お、遅かったか…………。


 みるみるうちに顔を真っ赤にしてゆく一華。


 一華の視線をたどり彼女の下半身へと顔を向けると――なんとそこには子供っぽいクマさんパンツがあった。

 水に濡れて、しおしおになった、クマさんパンツが。


 まさかパンツまで見られるとは思ってもみなかったので、いつも通りの格好できてしまったといった具合だろう。


 一華はその場に崩れ落ちると、震える手で床に落ちたスカートを手繰り寄せて、ぼろぼろと涙をこぼして泣き始めた。


「お前! 何やってるんだ!」


 見かねた男性教員が一之瀬さんを羽交い絞めにする。


 すかさずカーディガンを脱いだりりこ先生が、一華の肩にかけると、なぐさめるように優しく抱きしめた。


「え? あの……その……そんな……」


「一之瀬亜里沙さんといいましたね? 確か首席で入学した」


 うろたえる一之瀬さんへと、副校長が言った。


「あなたのしたことは、ありていに言えば冤罪です」


「いえ……あの、私は……」


「職員室で騒ぎ、先生方の業務を妨害したばかりでなく、小笠原さんの名誉を著しく毀損しました」


「…………」


 声にもならない声を発して、首を横に振る。


「小笠原さんが実は男子などと、そんなばかげたこと、もう二度と口にしないでください。不愉快です」


 副校長のきつい言葉に、一之瀬さんはその場にうなだれて、弱々しい口調で言った。


「……も、申し訳、ございませんでした。本当に……ごめんなさい……」

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