第36話 月夜の晩に響き渡るのは、ありったけの勇気を振り絞った、幼馴染の独立宣言
ベッドから下りると、一華は俺に正対して座り、脚の上で手をもじもじした。
正直に言えば、俺のためにも、なにより一華自身のためにも、生徒会は続けてほしい。
しかしそれで一華が限界を迎え、心が壊れてしまうのであれば、何を差し置いてでも回避しなければならない。
俺は自分のスマホを手に取ると、ためらうことなく一之瀬さんに電話をかけた。
『もしもし』
「もしもし俺だ。夏木だ」
『ああなんだ夏木くんか。死ねばいいのに』
相変わらず男には容赦がないな。
まあそれはさておき本題だ。
「一華なんだが……ちょっと生徒会が肌に合わないみたいで、辞めたいと言っている」
『は? だめに決まってるでしょ。頭でもわいたの?』
電話が切れた。
唐突な切れ方だった。
「だめだってさ」
目を潤ませた一華が、今にも大声を出しそうな表情を浮かべる。
「分かった分かった! もう一回かけてみるから!」
発信すると、一之瀬さんはすぐに出た。
『何よ?』
「さっきの話だけど、一華はもういかないといっているんだ。分かってやってくれないか?」
『ファミレスでの約束、覚えてるわよね?』
質問に対し質問で返す一之瀬さん。
倦怠感漂う溜息が、どこか厳かで怖い。
『一華さんに生徒会に入るよう説得してくれるなら、女装と女子更衣室侵入の件は内密にしてあげるってやつ』
「ああ、覚えてる」
『途中で一華さんが抜けるようなことがあったなら、問答無用で学校側に報告するってのは?』
「それも覚えてる」
『だったらもう、話すことはないでしょ?』
くそっ……一体どうやって説得すればいいんだ。
やりにくい。とにかくやりにくい。
弱みを握られていると、こんなにもやりにくいものなのか。
強く目を閉じると、俺はスマホを握る手に力を込める。
――だが、次の一言が重要だ。
相手を刺激せず、納得してもらえる、そんな言葉を……。
がしっと、何者かによりスマホが奪われた。
目を開けると、そこには両手でスマホを持ち、前で構える一華の姿があった。
え? ちょっ、まっ――
「いかないから! 私もう、生徒会辞めたから! だから絶対に! いかないから!!」
「…………」
ごくりと喉を鳴らす俺。
室内にははあはあと一華の呼吸の音だけが響いている。
スマホを受け取ると、俺は無言で受話口に耳を当てた。
『ヒック』
「ひっく?」
『っ…………も、もういいわよ! 明日報告するから!! もし明日一華さんが生徒会にこなかったら! 私報告するから! 手に入らないなら! 全部全部! 全部全部全部!! めちゃくちゃになっちゃえばいいのよっ!!』
ぷーぷーぷー。
し……思考が完全に病んでおられる。
耳を押さえながら、俺は思った。
これではたとえ今回事態が丸く収まったとしても、次いつ爆発するか分からない。
弱みを握られたまま、爆弾を抱えたまま、今後学校生活を送るなんて無理だ。
だったら……なんとかするしかないか。
顔を上げると、俺は一華を見た。
「やっちゃったな」
「や、やっちゃった……ごめん」
しゅんとした一華が、目を落としながら言う。
「大丈夫だ」
「へ?」
「俺がなんとかしてやる」
「なんとかって?」
「弱みを無効化する、とある作戦を実行に移すんだ」
その後に俺は一華の頭を優しく撫でた。
一華は気持ちよさそうに目を閉じると、されるがままにしていた。




