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第34話 知り合いの女の子が陰口を叩かれていたら、たとえそれが怖い先輩であったとしても、キレますよね

 翌日、俺は一華いちかと共に移動授業のため廊下を歩いていた。


 化学室は生徒会室のある南棟ではなく北棟の端に位置するため、さすがにこの時間は生徒会室へはいけなかった。


 階段を下り、踊り場にやってきた時だ。

 トイレの前にてたむろする柄の悪そうな上級生たちから次のような話し声が聞こえてきた。


「なあ、一之瀬いちのせってやつ知ってるか?」


「ああ知ってるぜ。一年の生徒会長だろ?」


「そうそう。あいつ可愛い顔して超性格ブスなの」


「あーらしいね。この前部活の聞き取りあったらしいんだけど、部長が同じようなこと言ってたわ」


「上から目線っていうの? 完全に男を舐めてるよな」


「年取ったら女性団体とか入ってぎゃーぎゃー言いそうだよな、マジで」


 ここまでなら我慢できた。しかし次の発言はどうしても看過できなかった。


「生徒会長とかって、どうせ内申点稼ぎだろ? 先生に気に入られて、何狙ってんだか」


 俺は立ち止まった。そしてこぶしを握り締めた。


「そもそもあんなの自己満足だろ? 偽善者キモーっ!」


「ちょっとすみません」


 気が付けば、話しかけていた。


「あ?」


 二人が同時にこちらを向く。


 眉間にしわなんか寄せちゃって、超怖い。


「内申点とか、自己満足とか、そんなんじゃないですよ」


「何言ってんだこいつ?」


 二人は互いに顔を見合わせると、鼻から息を抜いて笑う。


「一之瀬さんは偽善者なんかじゃありません。本当に心から、皆のことを想って生徒会の活動に励んでいます」


「で? って感じなんだけど」


 ちりちり頭を真ん中で分けた、見るからにやんちゃそうな男が、俺に迫ってくる。


「だから、訂正してください」


「訂正? だから何が言いたいの?」


「謝ってください」


 呆けたように口を開けると、またもや互いに顔を見合わす。


「お前に? 何で?」


 もう一人の方の、ソフトモヒカンの男が言った。


「別に俺じゃなくていいです。一之瀬さんに謝ってください」


「あ? わざわざ一之瀬ん所いって、俺たちこうこうこういう失礼な発言をしてしまいました。だから謝りにきました。ごめんなさいって、言いにいくのか? あほか」


 確かにそれはおかしいかもしれない。

 いきなりこられても一之瀬さんが困るだけだろう。


 俺は歯を食いしばると、去っていく二人を睨んだ。


「きょ、きょうやー……」


 俺の名を呼んだ一華が、服の袖をつかみ首を横に振った。


 まだまだ数日だが、俺は一之瀬さんの仕事ぶりを見ている。仕事に対する誠実な想いも聞いている。

 それは想像以上だった。

 正直感動さえした。


 それなのに……こいつらは……。


 俺は一華の手を振り払うと、「ちょって待ってください」と言い、ちりちり頭の肩をつかんだ。


 ――刹那、振り返った男の腕が、俺の胸倉をつかみ上げる。


「お前いいかげんにしろよ。さすがにしつこいぞ」


「て、訂正してください。一之瀬さんに謝ってください」


「だからもういいっつってんだろ! まさかお前喧嘩売ってんのか?」


「一之瀬さんは生徒皆のことを真剣に考えています。その中に先輩のことも入っています。だから!」


 場所が場所なだけに、ざわざわと野次馬たちが集まり始めた。


 これ以上おおごとにすると、生徒会に、いや一之瀬さんに迷惑をかけるかもしれない。


 ――潮時か……。


「ちょっとあなたたち! 何をやってるんですか!?」


 野次馬たちを押しのけるようにしてやってきたのは、ふわっとした内巻きカールが特徴的な空気の読めない先生、りりこ先生であった。


「うわっ、やべ……」


 とっさに俺から手を離すと、男は何事もなかったかのように視線を宙に漂わせる。


夏木なつきくんと小笠原おがさわらさん……。ここは二年生の廊下ですよ? 何をやってるんですか?」


「いや、その、あの……」


 一之瀬さん名前を出すわけにはいかない。


 俺は適当な、頭に浮かんだ嘘をついた。

 話がすぐに終わるよう、あえてこちらが悪くなるような、そんな嘘を。


「廊下を歩いていたら、俺が先輩たちにぶつかっちゃって。それでちょっと言い争いに……」


「そうなの?」


 りりこ先生が男二人に聞く。


「まあ、そんな感じっす」


「夏木くんは謝ったのよね?」


「はい。謝りました」


 小さく息をはくと、りりこ先生は二人の男へと、そして取り囲む野次馬たちへと、腕を左右に振りながら言った。


「さあ皆さんいってください。次の授業が始まりますから。さあ早く」


 りりこ先生の言葉を聞き、皆は蜘蛛の子を散らすように去っていった。


 さあ、俺らもさっさと退散するか――とは残念ながらいかなかった。

 困ったような顔をしたりりこ先生に呼び止められたのだ。


「夏木くん、あなたももう生徒会の一員なんですから、あまりこういうことは控えてください。上に立つ者がこんな調子では、示しがつきませんから」


「あ、もう知ってるんですね。俺たちが生徒会に入ったの」


「当たり前じゃないですか。私、生徒会の顧問なんですから」


 ――えええぇぇぇ!?

 今初めて知ったんですがその事実!


 ……ああ、だから追試の試験監督をやったり、女子身体測定の監視をしたり、あとあの日女子更衣室の電気交換なんかもしてたのか。……なるほど。


「とりあえず今日のところは不問にしますが、任命式の就任挨拶の後は、もっと普段の学校生活に留意してくださいね」


「はい……分かりました。気をつけます」


 予鈴が鳴ったので、俺と一華はそそくさと化学室へと向かった。

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