第33話 生徒会長は百合で友達がいないけれど、その責任感の強さには脱帽せざるを得ない
生徒会室にはやはり一之瀬さんの姿があった。
ノートパソコンの前に座った彼女は、両脇に積まれた何らかの書類に目を通しながら、素早い手つきでキーボードを打ち込んでいっている。
この様子からすると、おそらくもっと早い時間には登校し、作業を始めたのだろう。
テーブルの上に置かれた空のコーヒーカップが、既に乾いているのがその証拠だ。
「一華さん!?」
入室した俺を見た一之瀬さんが、その場に立ち上がり言った。
「いや、一華は教室だ」
見るからに元気がなくなる一之瀬さん。
だがその後に入ってきた識さんを見るなり、再びテンションが上がった。
「識さん、おはようございます」
「おはよ」
「さあ、こっちにきて」
識さんの手を引き椅子に座らせると、どこからともなく湯気の立つ紅茶が差し出された。
「えっと……俺のは?」
椅子に座ると、俺は聞いた。
「は? 夏木くんも飲みたいの?」
「お、おう」
すると紙コップに注がれた水が出てきた。
「これは?」
一之瀬さんが部屋の奥にある準備室の扉を指差す。
「あの中に、水道があるのよ。その水よ」
――ぜってー赤錆とか混じってるだろ!
まあいい。
俺はコップを脇に除けると、昨日のことを確認するため口を開いた。
「それより聞いたんだけど、昨日俺たちを帰したあと、生徒会の仕事をしてたらしいな。夜遅くまで残って」
「ええ、してたわ。部活動活動実績報告書作成のため、聞き取り調査をしていたの。締め切りが今日の朝までだったから」
「どうして俺たちに言ってくれなかったんだ? 俺たちも生徒会の一員だろ?」
「昨日のは、生徒会として直接各部長さんに会う仕事だったからよ。一華さんたちは昨日入会したばかりで、まだ全校生徒の前で挨拶していないでしょ? 生徒会のメンバーだと認知されていない状態で会うのは、相手にとって失礼に値する可能性があるわ」
ぐぬぬ……正論といえば正論だ。しかし……。
「その後に、提出のための書類作成はしたんだろ? それに関しては手伝うことができたはずだ」
「パソコン」
目前に置かれたノートパソコンを示す。
「一台しかないの。一人しか作業できないのに、四人で残っても仕方がないでしょ?」
おっしゃる通りでございます。
論破された俺をよそに、識さんが質問する。
「それは? 今やってる作業は、何?」
「これは単なる日常業務よ。各学年の廊下に意見箱が置いてあるでしょ? 投書されたものに目を通し、選定して、カテゴリー別に振り分けるの。学校側に掛け合えそうな意見に関しては、企画書として提出、月末に行われる職員会議にてプレゼンテーションをするの」
「つまり、私たちも手伝えるよね?」
しかし一之瀬さんは小さく首を横に振る。
「大丈夫よ。いつも私がやっていることだから、すぐに終わるわ」
「うん、だから手伝うって」
「いえ、本当に大丈夫だから」
――まさかこいつ……。
俺はふと思った。
一之瀬さんは誰かに何かを任せるのを恐れているんじゃないか? と。
だったら――
椅子を引き寄せると、俺は一之瀬さんの正面に座った。
そして書類の山から一枚手に取ると、目を通しながら言った。
「こっちの山が、意見として通すってことだよな? どういう風にカテゴリー分けしていけばいいんだ?」
「ちょっと夏木くん! いいって言ってるでしょ!」
「俺も生徒会の一員なんだ! 日常業務ぐらいできなくてどうすんだよ!」
強く出た俺の態度に、一之瀬さんはびくりとしてきまりが悪そうにうつむく。
「そ、そんなに大きな声……出さないでよ」
「な、何だよ急にしおらしく」
そういえば、ストーカーと間違えて馬乗りになった時もこんな感じだったな。妙に乙女チックというか。
男が嫌いで男には毅然な態度を取るくせに、強く出られるのは苦手らしい。
つかどうして一之瀬さんは男をこれほどまでに毛嫌いするんだ?
あれこれ考えているうちにも、紅茶を飲み終えた識さんが、書類の山に手をつけ始める。
「京矢、あんたサイテー。女の子に手を上げるなんて」
手は、上げてないですよね!?
声は上げちゃったけど……。
その後に俺たちは、一之瀬さんの適切な指示のもと、なんとかホームルーム前までには仕事を終えた。
「でも、どうしてこんな作業を、わざわざ朝一でやるんだ? 意見箱の選定とかって、別にそんなに重要な仕事とは思えないけど」
教室へと向かう途中で、俺は一之瀬さんに聞いた。
「何を言っているの? 意見箱は、数多にある生徒会の仕事の中でも、最も重要な仕事の一つよ」
「え? そうなの?」
「生徒会の存在意義」
顔の前で人差し指を立てる。
「生徒会は学校側と生徒の橋渡し的存在。いわば私たちは生徒の代表なの。生徒たちの意見を拾い上げ、学校という社会に反映し、よりよい学校生活を作る。それがゆくゆくは生徒たちの笑顔に、幸せにつながるのよ」
「一之瀬さん……」
一之瀬さんの気迫に、識さんが息を呑む。
「だから私は、徹底的にやるの。こんなの他の誰かに任せられない――任せない。私は絶対に、途中で投げ出したりなんてしない」
一之瀬さんの生徒会に対する意気込みを聞いてからは、俺たちは休み時間の度に生徒会室に足を運ぶようになった。
もちろん一メンバーとして早く仕事を回せるようになりたかったというのもあるが、それよりも、この調子で仕事を続けては、一之瀬さんがどこかで限界を迎えてしまうと思ったからだ。
『他の誰かに任せられない――任せない。私は絶対に、途中で投げ出したりなんてしない』
と彼女は言った。
一体何なんだ?
どうしてそこまで責任を感じるんだ?
どれだけ考えても、一之瀬さんの気持ちなんて分かりはしなかった。




