第27話 空気の読めないりりこ先生は、やはりというか何というか、俺を女子更衣室へと強制連行してゆく
女装を終えた俺は、侵入時とは違い堂々と女子トイレから出ると、そのまま昇降口へと足を向けた。
途中、幾人かの生徒とすれ違ったが、どうやら俺が男だと全く気付いていないようだ。
ほんと……自分が情けなくなる。
下駄箱に着き、一華の靴を捜していると、不意に背後から声をかけられた。
「あら、小笠原さんじゃないですか」
この声は、もしかして……。
振り向くと、そこにはやはり、りりこ先生がいた。
手には抱えるようにして、脚立と未開封の蛍光灯を持っている。
「…………」
声の出せない俺は、無言のまま会釈で応える。
「ちょうどいいところで会ったわ」
え?
「ちょっと手伝ってほしいんです。一緒にきてくれますか?」
もちろん俺は首を横に振り断った。
そんなことをしている暇はない。
しかしりりこ先生はそんなのお構いなしといった体で俺の腕をがしっとつかむと歩き出した。
ちょっ、おまっ、空気読めよ!
これだから二十九にもなって独身なんだよ! ……つい先日、同じようなことがあった気がする。
ということは、まさか……。
「大丈夫です。部活棟の、女子更衣室の電気を交換するだけなので、本当にすぐに終わりますから。先生が脚立に上って、小笠原さんが下から蛍光灯を渡す、それだけです」
やっぱりね!
いや、でも諦めるのはまだ早い。
終業からしばし時間が経っているため、もしかしたらもう誰もいないかもしれない。
皆着替え終わって、既に校庭やら体育館に移動してしまっているかもしれない。
だから、まだ……諦めるには早すぎる!
更衣室の扉を開けると、なんとそこには本当に誰もいなかった。
予想通り運動部の生徒たちは今頃各々の部活動に勤しんでいることだろう。
俺は安堵に胸を撫で下ろすと、りりこ先生の後に従い更衣室最奥へ、ちかちか明滅する蛍光灯の下へと踏み込んでいった。
「うーん、取れないですね……これ」
脚立に上ったりりこ先生が言った。
どうやら蛍光灯をソケットから取り外すのに苦戦しているようだ。
違うって。それはこう手前に回すんだよ!
心の中で訴えるが、何もできない。
声を出せば男だとばれるし、先生の代わりに脚立に上れば、スカートの中のボクサーパンツが見えてしまうかもしれない。
がやがやと、遠くから大勢の人の声が聞こえ始めたのは、それから間もなくであった。
気のせいか、どんどんこちらに近づいてきているような気がする。
「遅くなっちゃったねー」
ドアの向こうから聞こえる女子の声。
「つか稲田のやつ話長すぎ」
まさか……。
「部活前にミーティングとかって、普通終わった後でしょ」
まさかまさかまさか……。
がしゃんというドアの開く音と共に、麗しき女子たちが更衣室内に入ってきた。
そして当然のごとく、皆制服を脱ぎ着替え始める。
「最近暑くなってきたからブラとか超むれるよねー」
「あ、分かる。ていうか男子いなかったらマジでスカートの下から扇ぐし」
お、女の子がそんな……はしたない!
「あー暑い。もう私今日ノーブラでやろっかなー」
「何それ? 透けちゃうじゃん」
「まあ、絆創膏でも貼るとか?」
「じゃあ私が貼ってあげるよーうりうりっ!」
「きゃーっははは」
ていうか、これってまずくないか?
その場にうつむいた俺は、だらだら汗を流し考えた。
追試の替え玉に、女子身体測定への侵入、そして今回は女子更衣室への侵入だ。
もしも第三者にばれたなら、社会的死どころの騒ぎじゃない。死刑だ!
俺は女子たちに殺される!
「あ、やっと取れました」
頭上から降ってきたりりこ先生の声に、俺の意識が現実に戻ってくる。
「小笠原さん、これ受け取ってくれるかしら? あと新しい蛍光灯お願いしますね」
俺は差し出された蛍光灯を受け取ると、換えの蛍光灯を渡すため、顔を上げりりこ先生を見た。
――!?
そこにはなんと、先生のスカートの中が露になっていた。
こちらに手を伸ばす際に、脚立の数段下に脚を伸ばしたのが原因だ。
ガ、ガガガ、ガーターかよおおおぉぉぉー!
ふわふわした雰囲気の割に、もしかして脱いだら凄いみたいな感じなんすか!?
「ちょっ、ちょっと小笠原さん!? あまりじろじろ見ないでくださいよ! 恥ずかしいじゃないですかぁ。まあ、小笠原さんは女の子だから別にいいんですが……」
頬を赤く染め、恥ずかしそうにスカートを押さえるりりこ先生。
もしかしてこれは、担任教師のスカートの中をのぞいた刑が追加されたんじゃないか?
もう死刑じゃ足りないかもしれない。
七代先まで危ぶまれるかもしれない。
取り換えの仕組みが分かったりりこ先生は、その後スマートに作業を終え、ようやく俺は解放された。
大丈夫、更衣室の件に関しては誰にも見られていない。
単に一華がりりこ先生の作業を手伝った、それだけのことだ。




